刹那-3

それから三週間。
ささいな言い争いが日常茶飯事になり、同じベッドで眠るのにも抵抗を感じなくなった頃、三蔵はやっと普段の体調を取り戻していた。

「呆れた……1ヶ月はかかるって言われたのに」

「俺は並外れて頑丈なんだよ」

「そうみたいね。私、買物行ってくるけど……
黙って出てったりしたら許さないんだから」

「……ああ」

、一緒に行く?」

「ニャ――」

差し出された腕に飛び乗って鼻を鳴らす。

「ついでに医者に往診頼んでくるわ。すぐ来ると思うから留守にしないでよ」

「ああ」

「じゃあ行ってきます」

を抱いた靴音が遠去かって行く。

「……ウルセェ女……」

ぼそりと呟いて寝転び、そのまま目を閉じた。

「さてと……これで全部買ったかな」

買物袋を提げたの前に、チンピラ風の男が立ちはだかる。

「……あんた……龍仭……」

「久し振りだな、。相変わらずイイ女じゃねェか」

「あんたと話す事なんかないわ。二度と現れないでと言ったはずよ」

「気が強ェトコも変わんねーなァ」

無視して通り過ぎようとしたの腕を掴む。

「放しなさいよ」

「そうつれなくすんなよ……昔の男に向かってよ」

「勝手に女を娼館に売ろうとした男になんか用はないわ。
さっさと消えてちょうだい」

「いーじゃねェか。娼館に行きゃー、メシやねぐらの心配しなくてすんだんだぜ」

「大きなお世話よ、放っといて!……っ!」

ぎり、と腕を締め上げる。

「そーはいかねェんだよ。お前にゃあ、ちっと役に立ってもらいたくてな」

「な……んの事よ」

「簡単な事さ。お前の所にいる坊主を渡してくれりゃいい」

「何の話?」

「調べはついてんだよ。お前の所に三蔵法師がいるってのはなァ」

「だったら何よ」

「そいつと、そいつの持ってる経文を俺に渡せ」

「冗談……言わないでくれる?誰があんたなんかにッ……!」

「腕折ってまでかばう事ぁねーだろ?」

ぎりぎりと締め上げる。

「ッ……!」

「なあ、悪いようにはしねェからよ……」

「ふざけんじゃないわよ、このバカ!」

痛む腕をかばいもせず、頬に平手打ちを喰らわせる。

「っのアマ……調子乗ってんじゃねーぞコラ!」

「うあっ……!」

更に締め上げようとした龍仭の腕が、不意に力を弱めた。

「そこまでにしときなよ、ヤクザなにーちゃん」

龍仭の片手を逆に締め上げて、ニヤッと笑ったのは紅い瞳。

「嫌がる女にムリヤリ手ェ出すなんざ、みっともねーぜ」

「大丈夫ですか、さん」

「あなた達……どうして……」

「あなたの所にお邪魔しようと思って歩いてたら、に会いまして」

が……」

「酷く鳴き喚いて連れて来られたんです」

「ありがとう……助かったわ……」

「なっ……何だ、テメェら!」

「俺?美人の味方」

くすっと笑って更にねじ上げる。

「うあ……!畜生……ッ!」

叫んだその声が合図だったかのように、妖怪の一団が現れた。

「おーおー、昼間から大勢で……」

さんは僕の傍から離れないで。――いいですね?」

「ええ」

「ズリーぞ八戒。美人守るのは俺のキャラだろーが」

「早い者勝ちです」

「ひっで――……」

「畜生……やっちまえ!」

一斉に飛びかかってくる妖怪達を次々に倒していく2人を、は呆然と見ていた。

「見かけによらないってこの子達みたいな人のコト言うのね、きっと……」

「畜生ッ……!こうなりゃ、を……!」

いきなり飛びかかってきた龍仭を、は避けきれなかった。

「ちょっと!離しなさいよ!」

「うるせェッ!お前を盾にしてでもッ」

「サイテ――男ッ!」

が叫んだ時、屋根の上から何かが降ってきた。

「うりゃああッ!」

ばきいっ!と鈍い音がして、龍仭が倒れていく。

「お待たせッ!大丈夫か、ねーちゃん」

「おちびちゃん……ありがとう」

「悟空、遅えぞ!」

「ワリィ!」

「悟空。悟浄、頼みましたよ。僕はさんを」

「美人にケガさせたら承知しないぜェ」

「判ってますって。さ、さんこっちへ」

を背後にかばいながら、妖怪を倒していく。
全てを倒した後、残ったのは龍仭だけだった。
意識を取り戻して尚、うずくまる彼を取り囲むように立つ3人。

「さあってと……コイツの始末はどうつけるよ」

「三蔵助けてくれたねーちゃんに手ェ出すなんてふざけてるよなァ」

「しかも女性を盾にするような卑怯者ですからねえ。
再起不能はお約束ですよね」

何がコワイと言って、ニコニコと笑いながらそんな台詞を吐く八戒が何よりコワイ。
龍仭も瞬時にそれを悟ったのだろう。八戒を見て怯えた顔をした。
と、つかつかと龍仭に近付く

「ねーちゃん?」

さん」

「…………悪かった!助けてくれッ!」

ほっとしたような龍仭の前にかがみこみ、にっこりと笑って。
――――それはそれは、強烈なパンチを顔面に叩き込んだ。

「ぐあっ!!」

思い切り吹っ飛ぶ龍仭と、パンチを繰り出した姿勢のまま息を荒げてるを見比べて思わず拍手する3人。

「すっげ― ねーちゃん!」

「やるじゃん」

「ふう……。ありがと、助けてくれて。足手まといになっちゃってごめんなさいね」

「いいえ、あなたにケガでもさせたら僕達が三蔵に怒られます」

手を差し延べて笑う八戒に、も笑顔で応えた。

「ありがとう。――痛……ッ」

「あ……腕、ねじられたんですね?」

「ええ、でも大した事ないから大丈夫」

「動かないで」

肩に掌を当て、気を送り込む。

「あ……あったかあい……」

「これで大丈夫でしょう。少し動かしてみてくれますか」

「うん。――すっごい、全然痛まないわ。ありがとう」

「いいえ」

「なーんか八戒、全部オイシートコ持ってってない?」

「そんな事ありませんよ。
じゃあ家まで悟浄がエスコートしてあげればいいじゃないですか」

「お♪いーねェ、それ。お嬢さん、お手をどーぞ」

「あは、ありがと」

悟浄にエスコートされたの後ろを歩きながら悟空が八戒に言った。

「なーなー、ねーちゃん大丈夫かなア。悟浄と一緒でさ」

「大丈夫ですよ、悟空。悟浄が何かしたら僕がこらしめてやりますから」

「そっか」

答えながら悟空は、

(俺、ねーちゃんの傍に寄るのやめよう……)

と、心秘かに誓った。

悟浄がに悪さをする事もなく家につくと、三蔵が往診を受けている最中だった。

「遅かったな」

「ちょっとね。具合、どう?先生」

「もうすっかり回復してるよ。大した精神力と体力だ」

「よかった。ありがと、先生」

「それじゃ私はこれで」

「ありがとうございました」

医者が出て行くと、三蔵はを見て言った。

「何があった?」

「ちょっとね、昔の男に襲われかけたのを、みんなが助けてくれたの」

「いやー、凄かったな、あのパンチ」

「もう、やめてよ。今お茶淹れるから」

がキッチンに立つと、悟浄がぼそりと言った。

「妖怪に襲われたんだよ。お前と経文を渡せってな」

「これ以上ここにいたら、またさんに危害が及びます」

「そうだな……そろそろ潮時か」

「何ぼそぼそ内緒話、してるの?」

テーブルにカップを並べて、がくすっと笑う。

「そうだ。さんには色々お世話になっちゃいましたから、夕食、ごちそうさせて下さい」

「え?」

「傷も治ったし、これ以上世話になる訳にもいかねーからな」

「そっか…… 行っちゃうんだ」

「ああ」

「淋しくなるなあ……。そーゆー事なら夕食、ごちそうになっちゃおうかなっ」

にっこり笑った顔は、どこか淋し気で。何となく顔を見合わせた4人を、は見渡した。

「どーしたの?さっきの騒ぎでお腹空いちゃったわ。早く行こっ」

「そーだな!メシ、メシ♪」

と悟空が出て行った後を追い、3人も部屋を出た。

ご提供者:水城るな 様