I wish you every happiness.-6

「おはよう!」

翌朝、朝食の席に向かった四人をの明るい声が出迎えた。

「今日の朝ごはんは私が作ったのよ」

「だいぶ、元気になったみてーだな」

「うん、もう平気! いつでも出発できるからね!」

「……ホントに?」

悟空の問いは『旅を続けるのか?』という意味だったが、は体調のことと受け取ったようだ。

「もう咳も出ないし、早起きもできたし、快調よ」

そう答えてにっこりと笑った。

「……じゃあ、買出しとかの準備をして……」

「午後には出発する。それでいいな」

「うん、了解」

一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、別れの辛さは増す。
に異存はなかった。

賑やかな食事風景の中、も笑顔だった。

限られた時間を出来るだけ笑って過ごそうとしている二人が、少し切なかった。

「作るのはにしてもらったから、後片付けは私がするわ。
出発の準備もあるでしょ?」

「うん、ありがとう」

食後、とそんな会話をした

「買い物に行きたいの。付き合ってお店の場所とか教えてもらえない?」

と頼み、うなずいたと一緒に、早速、出掛けていった。

「じゃあ、僕たちも買出しに行きましょうか。
悟空、悟浄、荷物持ちに来てください」

「おー」

「食いモンいっぱいな!」

そんな会話をしながら席を立とうとすると、が声をかけた。

「嫌な人たちねぇ」

「「「「 ? 」」」」

「そんな、あからさまにホッとした顔しないでよ」

「……そんなにわかりやすかったですか?」

「まあね。私が何年、女やってると思ってるの?
男の顔色の見方くらい上手くなるわよ」

「えー、俺が見たとこじゃー三十……」

「そこ! 余計なこと言わないっ!!」

言いかけた悟浄をはビシッと指差して遮った。

よく軽口や冗談を言い合っていたし、この二人は案外、似たタイプで気が合うのかもしれない。

「……あんた、わざとやったな」

三蔵の言葉には悪戯っぽく笑った。

「あの部屋の仕切りが薄いのなんて、私が一番よく知ってるわ」

隣に聞こえていると知っていて、あの時、あの話をした。

「あなたたちがどんな反応をするか、見てみたかったのよ」

大事な『妹』だから、が選ぶ相手がどんな人たちなのか、知りたかった。

「可愛い妹、持ってかれちゃうんだから、それくらいの意地悪はさせて」

そう言う笑顔は少し寂しげに見えた。

「あ、ちょっと待って」

三人が買い出しに出かけ、部屋に戻ろうとした三蔵をが呼び止めた。

振り向いた三蔵にが深々と頭を下げる。

のこと、宜しくお願いします」

「何故、俺に言う?」

「旅のリーダーみたいだし?
それに、が泣き虫だって話をした時に肯定したの、あなただけだったから」

「後者がよくわからんな」

「あの子、家族を亡くしてからは、人前では絶対に泣かなくなったわ。私の前でも、歯を食いしばって堪えてた。だから言ってやったの。
『誰か一人でいいから、安心して泣ける相手を持っていなさい。自分独りで溜め込んだ涙は心を根腐れさせるわよ』って。
そうしたら、私の前でだけは泣いてくれるようになった……
あの子の泣き顔を見るのは辛かったけど、一人で泣いてると思うよりはマシだったもの」

それから三蔵に優しい微笑みを見せて続けた。

「今のあの子は、あなたの前でなら泣けるのね……安心したわ……
だから、あなたに頼むの」

に対して肉親に近い想いを抱いていることは、三蔵にも十分わかっていた。
ここは何か言葉を返しておくべきだろう。

「『任せておけ』なんてことは言えねえな。
だが……アイツの笑った顔を見るのは、悪くないと思っている」

は苦笑した。

こういう時は普通、『任せておけ』と言うものだろうに……

しかし、不確かな約束はしないという誠実さもある。
この青年はそういうタイプなのだろう。

「私も、あの子にはいつも笑ってて欲しいわ」

みなまで言わずとも、彼にはわかるはずだ。

――その笑顔を守ってやって欲しい――

が想いを寄せている相手なのだから託してみよう。
は『妹』の選択を信じた。

そして、出発の時がきた。

「本当にいろいろありがとうございました」

「二人とも元気でな!」

「……世話になった」

「帰りにはまた寄るわ。それまでイイ女でな」

「ええ、もちろん!」

ジープの上からかけられる声には明るい笑顔で答える。

「その時にはの声が聞けたら嬉しいな」

「二人で頑張るわ。ね?」

は顔を見合わせてうなずきあった。

さんを宜しくね」

「それって逆でしょ?」

不満そうにの額を小突いたの指が、そのまま、の手を掴まえた。

「……元気でね」

「うん……さんも、元気で……」

「会えて良かった」

「うん、嬉しかった」

言葉少なのやりとりをする二人の目は潤んでいたけれど、笑顔の頬が濡れることはなかった。

「じゃ、気をつけて……」

「……ありがとう……」

二人の手が離れる。

八戒はエンジンをかけた。

「じゃあな!」

「またな!」

悟空と悟浄の声を残して、ジープが動き始める。

その姿が見えなくなるまで、は手を振っていた。

町から離れた頃、悟浄がに訊いた。

「……良かったのか?」

「なにが?」

「……あんな、あっさりした別れ方でさ」

「いいのよ」

はそう答えて、視線を前に戻した。

あれ以上ゆっくりしていれば、きっと泣いていた。

それに話したいことは昨夜、全部、話した。

だから、あれで良かった。

最後にが手話で送ったメッセージ。

気持ちは同じだった。

――あなたの倖せを祈ってる――

自分も、いつも、あなたたちの倖せを祈るだろう。

「それより、五日も寝込んじゃってごめんね」

は謝ることで話を変え、四人はそれにのった。

「いいんですよ。僕たちもいい骨休めになりましたから」

「あそこのメシ、うまかったしー」

「お前、それだけかよ?」

「元はといえばお前のせいだろうが」

「でもね、お陰で珍しいものが見れたのよ」

「「 なに? 」」

「三蔵が食事運んでくれる姿なんて、そうそう見れないでしょ?」

「えー! 三蔵、そんなことしたの?」

「そりゃー、確かに珍しいわ!!」

「あれはな!!」

思わず振り向いて反論しようとした三蔵を、

「わかってる。頼まれて断れなかったんでしょ?」

と、遮って

「でも、すごく嬉しかったのよ」

そう続けて、笑った。

それは、三蔵が久しぶりに見た、自分に向けられたの笑顔だった。

end

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