I wish you every happiness.-3
翌日。
まだ熱は38度台までしか下がっていなかったし咳も酷かったが、はと話をしたがった。
それはも同じだったので、午後、医者の往診を受けた後の、薬で症状が落ち着いている時を見計らっての部屋へ行った。
悟浄は町へ出かけ、八戒はの勉強をみてやることになり、悟空とジープもそれに付き合っている。
おかげでのいる部屋のあたりは静かだった。
「具合はどう?」
「しんどいけど、昨日よりはマシ」
「大体の話はあの人たちから聞いたわ」
「うん……ね? ひょっとして、怒ってる?」
「怒ってるわよ!
事情はあったにしても、いきなり消えて人のこと散々心配させて、またいきなり現れるんだもの。
しかも、どう見たって実年齢より若いし、高熱出してウンウンうなってるし?
もう、びっくりしたなんてもんじゃなかったわ」
「ごめんなさい……」
「でも一番怒ってるのはね、どうして私に何も言わずに一人で旅に出たのか、ってとこよ。
知ってたら、私、どんなに大変でも協力したかったし、あなたと一緒に頑張りたかったわ」
「うん、さんならそう言ってくれると思ってた」
「だったら!」
「だからよ!
……だって、さん……結婚が決まったって聞いたから……」
「……あの頃……?」
はコクリとうなずいた。
「さんには倖せになって欲しかったし、自分がその邪魔をするのは嫌だったのよ」
「だからって……」
「その頃でもう一年経ってたし、何年かかるかわからないから、たとえ術が解けても村には帰れないってわかってたし、このまま何も言わないで行く方がいいと思ったの……
『これでさんの倖せを守れるんだ』って嬉しかった。
自己満足だけどね」
「……言ってくれて良かったのに……あのダンナとはすぐに別れたのよ」
「嘘……」
「ホント。
あなたがいなくなった後、探すのを手伝ってくれたり、慰めてくれたりした人だったから、その勢いで子供ができちゃってね。
で、結婚したんだけど、あの野郎……人が流産して死にかかってる時に他の女と浮気なんかしてやがった」
「…………」
「許せなくて、グーで殴った後、こっちから三行半、叩きつけてやったわ」
「……辛い思いしたのね……」
「昔のことよ。それに辛かったのはあなたも同じでしょ?
今、私にはがいるし……
あの時、流れちゃった子供をちゃんと産めていたら、丁度、と同じくらいなのよ。
昔のあなたとも重なったし、今はあの子の声を取り戻すこと、あの子に倖せになってもらうことが生きがいなの」
「いい『お母さん』だね……」
「母親になれるとは思ってないわ。
でも、あの子の成長を見届ける役をもらえたのは良かったと思ってる」
「そんなことないよ。
ずっとついててくれたからとは話をしたのよ。
さんには感謝してるって、会えて良かったって、言ってた」
「そう……嬉しい……」
「……から聞いたんだけど、さんがここに来たのは妖怪が暴走して、村にいられなくなったからだって……」
「ええ」
は話していいものかどうかためらったが、はもう、村に何事かが起こったことは察している。正直に言うことにした。
自我を失くした妖怪が村を襲い、何人かは直接殺され、何人かは妖怪が放った火による火事で亡くなった。
折からの強風に煽られた火は村の約半分を焼失させ、は親と家を失ってしまった。
焼け出された者の多くが村を離れ、人口が減った村での生活は困難と、火災を免れた者たちも次第に村を離れた。
「今、あそこにはもう誰もいないわ……」
「そう……」
帰れない場所だとは思っていたが、実際に村自体が無くなってしまったというのはやはりショックだった。
の家が焼けたのなら、近所にあった自分の家も焼けてしまったのだろう。
平凡だけど懐かしい村の風景と、何人かの村人の顔が目に浮かぶ。
「ねえ! 道場の辺りは? あの辺も燃えちゃった?」
「いいえ。あの辺りは大丈夫だったわ。先生のご家族も無事だった」
「良かった……」
「しばらくは道場を焼け出された人の避難所にされてたの。
立派な方たちよね……あなたが好きになった人だけのことはあるわ」
「……知ってたの?」
「見てればわかるわよ。
だから最初、あなたが消えた原因は失恋かしら? って思ったのよ」
「……告白しようなんて思ってなかったわ。師範代に恋人がいるのは知ってたもの。
大好きだったけど、それ以上に、私にとっては恩人だったから……困らせたくなかった」
「『大好きだった』って過去形なのね」
「うん、過去形。
あ、でも、前に昔の師範代そっくりな人を見かけてびっくりしたことがあってね。さすがにあの時はいろいろ思い出して感傷的になっちゃった」
「会いたい?」
「……40過ぎた初恋の人に会うのは、ちょっとね……」
「ふふふっ。美しい思い出のままでいて欲しいか」
「そうそう」
そう返事をしたところで、は咳き込んだ。
「ああ、ごめん! あんまり話すと疲れちゃうわね。
そろそろ店の仕込みを始める時間だし、今日はここまでにしましょう」
「うん。仕事、頑張ってね」
二人の会話は、薄い仕切りを挟んだだけの隣の部屋で新聞を読んでいた三蔵にも聞こえていた。
旧知の女同士の気が置けないやりとり。
知らなかったの過去、想い……
相手の倖せを自分の喜びとし、自分の気持ちより相手の気持ちを優先した。
それは自分を通せない弱さだと思われがちだが、の場合、それだけではない。
『これだけは』というポイントでは、頑なにそれを貫こうとする強さもちゃんと持っている。
強さという名の優しさ。
『自己満足』だと言い切れるのは、それを決して相手に押し付けていないからだろう。
見返りを求めない、心の豊かさ、優しさという名の強さ。
の根底にあるのはそれなのだと思った。
「なんだ? これは?」
切れたタバコを買って帰った三蔵の前に八戒がそれを差し出した。
「の夕食です。
部屋に戻るついでに持って行ってください」
「俺が、か?」
眉間に皺を寄せた三蔵に八戒は構わず続ける。
「も僕たちも開店の準備を手伝っていて、ヒマなのは三蔵だけなんですから……
それとも掃除、いえ、エプロンつけて料理の下ごしらえしますか?」
……どれも嫌だ……
しかし、そう言う間もなく盆を押し付けられてしまった。
まあ、一番楽なことには変わりないのだが。
渋々、歩き出した三蔵の背に更に言葉が投げられる。
「食事の後は薬、飲ませてくださいね。
直後じゃなくて30分くらい経ってからですよ。
はすぐに飲もうとするから注意してください。
飲むときはお茶じゃなく、水で、ですよ」
(うるせェよ! テメェいつから看護士になりやがった)
口に出しても三倍くらいの毒舌が返ってくるのは目に見えている。
聞こえないふりをしての部屋に向かった。
「おい! メシだ」
そう言って食事の盆を手に部屋に入ってきた三蔵を見て、は驚いた。
「……三蔵が、持ってきてくれたの?」
「…………悪いか」
たぶん、か八戒に頼まれて断りきれなかったのだろうという予測はつく。
性に合わないことをさせられて不機嫌なのもわかった。
「イエ、ありがたくイタダキマス……」
触らぬ神に崇り無し……
はそれだけ言うと、起き上がって中華風のおじやをレンゲで掬った。
しかし、横で腕組みしてふんぞり返っていられると、どうにも食べにくい。
それに、三蔵と二人きりになったのはあの夜以来だ。
まだ熱が高いせいもあるのかもしれないが、せっかくの食事なのに味が良くわからない。
でも、間が持たなくて、黙々と食べた。
「ごちそう様でした」
そう手を合わせたが次に取ろうとした薬の袋を三蔵が取り上げた。
「すぐには飲むな」
「でも『食後』の薬でしょ?」
「この場合の『食後』は食ってから30分後なんだよ」
「30分も起きて待つの、しんどいんだもん……」
「横になってりゃいいだろうが」
は『待ってる間に寝ちゃいそうなんだもん』と言いたかったが、叱られそうなのでやめた。
「………そうさせていただきます……」
そう言って布団を被った。
その30分後、はやっぱり寝息をたてていた。
(そんな、すぐに寝るな!! のび太か? てめェ)
腹がふくれたせいか、と話して疲れていたのか……
さすがに熱を出して寝ている病人を無理矢理起こすのは、三蔵にも少々ためらわれる。
しかし薬を飲ませなかったら、後で八戒に何を言われるかわからない。
熱のせいで頬には赤味が挿しているし、少し荒めに吐き出される熱い息は薄く開いた唇を乾かせている。
今のに薬を飲むことは必要なことだった。
「……面倒かけやがって……」
三蔵は薬と水を含み、の口に直接、流し込んだ。
の喉がコクリと音を立てる。
重ねた唇は、やはり熱かった……