Suclptured amethyst-9
四人の目の前に飛び散る紫色の破片。
昇ったばかりの月の光にキラキラと輝きながら舞う無数のかけら。
その中に赤い珠をみつけ、三蔵は咄嗟に手を伸ばしてつかんだ。
珠を握り締めた手を引き戻すのと同時に反対の腕を伸ばし、銃を構える。
ガウン! ガウン!!
二発の弾丸は妖怪の額と心臓を貫いた。
そして、一帯に静けさが戻る。
「…………嘘だろ?」
立て続けの出来事に悟空は茫然としていた。
しかし、辺りに散らばった欠片が、持ち主をなくして転がっている杖が、それが現実であることを知らせている。
「バカヤロウ……」
悟浄は結局守ってやれなかった自分に腹を立てていた。
「……ツメが甘いんだよ……」
内容とは裏腹に三蔵の声は喉の奥から絞り出したようだった。
「そうだ! あの珠は?」
八戒は自らの思いつきに気を取り直した。
「……珠って……三蔵が力を送ってるアレ?」
「ええ。彫像が欠けても、の本体には影響がなかった。
さっき砕けたのが仮の身体なら、珠さえ無事なら大丈夫かもしれません!」
「そうか! この辺に転がってるかもしれねえな! 探すぞ!」
「……ここにある……」
言いながら三蔵が差し出した手の上の珠を三人が覗き込む。
「キズとかはついてないみたいだな。よかった!」
「おとといが新月で、昨日、力を送ったんだよな? 吸収するのを待つか」
「とりあえず本体の無事の確認が出来ればいいんですけど」
「……『元に戻してやる』と、言っちまったからな……」
やがては別れが来ることはわかっていた。
でもそれはこんな形じゃない。
決死の覚悟で自分たちの危機を救ってくれたを、このままにはできない。
全員がそう思っていた。
最後の希望である珠は、三蔵が持っていることになった。
翌日。
日中は何も変わらない。
ただ、誰もが無口になっていた。
そして日没。
あるはずの笑顔が見えない。
その喪失感は予測を超えていた。
一緒に過ごしたのは、ほんの二ヵ月半ほど、しかも夜間だけだったのに。
大切なものを失い、後悔と自責の念を抱え、深い孤独の中で、それでも無理にでも自分ひとりの力で立っていようとしていた。
それは四人にも共通していることだった。
誰もがの中にかつての自分を見つけていた。
だから、手助けしたかったのだろうか?
だから、守りたかったのだろうか?
だから、支えたかったのだろうか?
だから、元に戻してやろうと思ったのだろうか?
違う。
あの笑顔に癒されていた。
その存在が心を穏やかにしてくれた。
それが、いつの間にか、かけがえのないものになっていた。
明日には珠が力を吸収してしまうだろう。
再会を願わずにいられなかった。
しかし、翌日の夜にもが姿を現すことはなかった。
「なんでだよ? 今までだったら、ちゃんと元の姿に戻ってたのに!」
「珠の色が変わったことに関係しているのかもしれませんね」
「確か、最後に金色になるって言ってたよな?」
珠の色はまばゆいばかりの金色になっていた。
「最終段階に入ったら術が解けるまで本体は解放されないということか?」
「はっきりとはわかりませんが、そういう可能性はありますね」
「もしくは仮の身体が破壊された時点で手遅れだったか、だな」
「三蔵! そんな言い方って!」
「可能性の問題だ……
無事だったとしても自身、この状態が何を意味しているのかはわからんだろう」
「でも、色が変わったってことは、珠は力を吸収してんだろ?
だったら、術が解けるまで様子を見てみてもいいんじゃねーか?」
「……あぁ……この俺がここまでしてやったんだ。今さら放り出せるか」
万一、手遅れだったとしても、せめてその亡骸を埋葬してやりたい。
でも、それは誰も口には出せなかった。
次の満月の夜にも、の姿を見ることはできなかった。
三蔵は力を送り続ける。
最後に目が合った時の、あの瞳が目に焼きついていてはなれない。
もう一度見られるものなら見てみたいと、ガラでもないことを考える自分に苦笑する。
(生きていろよ。
ここまで手間かけさせられてんだ。
それを無駄にしやがったら、ただじゃすまさねえ)
三蔵が力を送るごとに、珠の金色は徐々に薄くなり、やがて中がうっすらと透けて見えるようになった。
母親の胎内で羊水に浮かぶ胎児のように、小さく丸くなっているの本体。
琥珀に閉じ込められた虫のように見えた。
辿り着いた町の宿。
夕方、買出しに行っていた三人が戻ってきた。
日没の時間には必ず全員がそろう。
今日も裏切られるだろうと思っても、期待してしまう。
あの柔らかな微笑みに会えることを。
「……もう、日が落ちるな」
「ええ。それに今日は新月です」
「三蔵。珠、見せて」
が消えて約一ヶ月。
珠は純度の高い水晶のように透き通り、の姿がはっきりと見えるようになっていた。
その瞳は閉じられており生死の判別はできない。
生きていると信じたかった。
誰も無言のまま時が過ぎる。
窓の外では残照が夜の闇に溶けている。
今日もダメか……そう思った時だった。
「……見ろ」
三蔵の手の上の珠が光っている。
白、紫、藍、青、緑、黄、橙、赤、金、その中間色。
珠は様々な色に点滅しながら宙に浮かんだ。
浮いた珠はゆっくりと回転を始め、次第に光は強く大きくなっていく。
一瞬、目もくらむほどの閃光が室内を白く照らした。
「「「「 !!!! 」」」」
眩しさに閉じた目を開いた時、四人の瞳に映ったのは、宙に横たわるの姿だった。
光が消え、浮力をなくしたの身体を三蔵が受け止める。
「!」
「! おい! 生きてるか?」
「脈も呼吸も正常です。大丈夫! 生きてますよ!」
「……術が解けたということか」
「そうだと思いますが……明日の朝になればはっきりするでしょう」
「朝になっても消えなかったらオールオッケーってわけね」
「なあ、、起きないぞ? 本当に大丈夫か?」
「とりあえずベッドに……」
八戒が抱え上げ、ベッドに運んだ。
外見上、に異常は認められない。
ただ眠っているだけのように見えた。
しかし、意識が戻らない限り安心は出来なかった。
「なんで目を覚まさないんだろう……?」
「俺が知るかよ」
「とにかくしばらく様子を見ましょう」
「…………」
それきり会話は途切れた。
誰も寝ようとしないまま時だけが刻まれていく。
いつの間にか、いることが当たり前になっていた少女。
なくして初めて、その存在が大きくなっていることに気付いた。
待ち望んだ再会だった。
早くその目に自分たちを映して欲しかった。