Suclptured amethyst-10

ふと目を覚まして、三蔵は自分が椅子に座ったまま眠っていたことを知った。

八戒は同じように椅子に座ったまま、悟空と悟浄は腰掛けていたベッドの上に眠っている。
窓を見れば、空は白々としており、日の出が近いことを知らせていた。

の様子を見にベッドに近寄った。

静かに眠り続ける様子は、昨夜と特に変わりはなく見える。

「……いつまで寝てるつもりだ。いい加減、起きやがれ……」

呟いて、タバコを取り出し火をつける。

一本吸い終わる頃、窓から日の光が射し込んだ。

はそのまま眠っている。

(術が解けたことは確かみてぇだな)

あとは目を覚ましさえすれば……

椅子に戻ろうとしたが視界の隅で何かが動いた気がして振り返った。

「 ! 」

のまぶたがピクピクと動いている。

「おい! !! 起きろ!!!!」

その声に三人が目を覚ます。

「なんだ?」

「どうしました?」

?」

覗き込んだ四人の前で、は少しずつまぶたを開いた。

長い夢を見ていた。

楽しい夢だった。

ずっと一人だった自分を旅に加えてくれた人達がいた。

とても倖せな夢だった。

目を覚ましたの視界に真っ先に飛び込んできたのは金色の光と、紫暗の瞳。

(……夢じゃなかったんだ……)

見慣れた四人の顔。
でも、まだ頭がぼうっとしていて何がなんだかわからない。

「「「 良かった…… 」」」

「…………」

四人の口から安堵のため息がもれた。

「……えっと……わたし……?」

には、なにが『良かった』なのかわからない。
必死で記憶をたどる。

「たしか……さっきまで外に……」

はゆっくりと身体を起こしながら状況の把握に努める。

「……『さっきまで』じゃねぇ。ひと月も前だ」

「俺たちすっげぇ心配したんだぞ!」

「え?」

やっぱりにはわけがわからない。

「なんも覚えてないの?」

「……殺したと思った妖怪が生きてて……
襲われそうになったところまでは覚えてるんですけど……」

「まぁ、朝食でも食べながらゆっくりご説明しますよ」

八戒の言葉にが驚く。

「朝食……?」

「ええ、わかりますか?」

その言葉と共に手で示された窓の外は明るい日差しにあふれていた。

「あ……」

の目は驚きに見開かれ、口は両手で覆われる。

次の瞬間、はいきなり左手の人差し指を噛んだ。

「なにやってんだよ?」

悟浄が慌てての手を取り上げる。
その第一関節と第二関節の間にくっきりと歯形が残り、うっすら血まで滲んでいた。

「……痛い……」

は笑いながら言う。
その痛みが教えてくれている。

「術が……解けたんですね……」

「『元に戻してやる』と、言っただろうが」

「ありがとう」

の両頬をつたう滂沱の涙。
嬉しくても涙が出ることを思い出した。

「ありがとう……!」

こぼれるごとに今までの辛かったこと、苦しかったことが浄化されていくようなそんな涙だった。

が四人の前で初めて見せた涙。
その重みはにしかわからない。

気が済むまで泣かせてやろうと思った。

四人はが泣き止むまで静かに見守っていた。

宿の食堂。

初めて五人で囲む朝食の席で、はこのひと月のことを聞いた。

そんな状態になってもあきらめずにいてくれた四人に感謝した。

そして、ふと気付く。

一緒にいる理由がなくなってしまったことに……

食が進まないことを心配され、胸がいっぱいなのだと答えた。

それが精一杯だった。

「そろそろ出発しますよ」

八戒の声に促され、宿の外に出る。

15年ぶりに生身の身体で受ける陽光は暖かく、目に沁みるほど眩しかった。

が感慨にふけっている間に四人がジープに乗り込む。

助手席に座った三蔵がに声を掛けた。

「早く乗れ。
お前が降りたいと思ったところで降ろしてやる」

そして、それきりになってしまうのだ。

わかってはいたことだが、やはり辛い。

「それじゃあ、が降りたいと思わなかったら、ずっと乗っててもいいってことですよね? 三蔵」

一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
思わず四人の顔を見渡す。

三蔵の仏頂面からは何も読み取れないが、三人は笑顔だった。

「…………いいんですか?」

問いかけるの声が震えた。

「フン! 好きにしろ」

それが肯定の意味であることは、一緒に旅をしていた間にわかっていた。

! 早く乗れよ!」

「お手をどうぞ、お姫様……それからもう敬語、丁寧語はナシね。
名前も呼び捨てでいーからさ!」

「え?」

「これからも一緒に旅をするんですから、気楽にいきましょう」

「……スイッチはオフにしとけ」

「あ……」

(覚えてくれてたんだ……)

いつか夜の公園で言ったことを思い出す。

「え? 何? なんのこと?」

「なぁに二人にしかわかんねー会話してんだよ」

「うるせえ!……お前もとっとと乗れ!」

「は……うん! 乗る!!」

初めて青空の下で見たの笑顔は輝くようだった。

ジープに乗り込んだが、後部座席、悟空と悟浄の間に座る。

「出せ。八戒」

「はい」

ジープがゆっくりと動き始める。

五人での旅が、今、始まった。

end

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