Suclptured amethyst-6
数日後の夜。
ジープでの野宿にも慣れたはずなのに、は眠れないでいた。
後部座席で、悟空と悟浄に挟まれて毛布にくるまっている。
本体の時は風邪をひかないために。
それ以外の時は、両脇の二人が感じるであろう石でできた身体の硬さを少しでも和らげるために。
そっと手を動かして、胸に下がった珠に触れてみる。
一行に初めて会った時、深い緑色だったそれは、明るい緑、黄緑、黄色と徐々に色を変えていき、今は赤に近いオレンジになっていた。
この分だと術が解けるのはもうすぐだろう。
それは嬉しいことのはずなのに、何故こうも胸が苦しいのだろう……
無意識のうちにため息がこぼれた。
「眠れないんですか?」
声をかけられて少し驚いた。
緑色の瞳が振り向いている。
「えぇ……星がきれいすぎるせいかな?」
微笑んでみせるだが、その笑顔は八戒にはひどく儚げに見えた。
だから、いつか機会があったら言おうと思っていたことを言うことにした。
「」
「はい?」
「もう少し肩の力を抜いてみませんか?」
「え?」
唐突なその言葉の意味がにはよくわからない。
「言葉のとおりです。
前に悟浄も言ってましたけど、もう少し僕たちに頼ってくれていいんですよ?
……それとも僕たちでは力不足ですか?」
「いいえ! そんなことありません!
今だって十分すぎるくらい助けてもらってます!」
「そうですか?」
「そうです!
戦ってるとき、皆が私のこと、さり気なく庇ってくれてるの、わかります。
それに、八戒さんはいつもこうやって私のことを気遣ってくれるし、悟浄さんは女の子だったら絶対に喜ぶようなことばかり言ってくれるし、悟空さんは見てるだけでこっちまで元気になれる気がするし、三蔵さんは……三蔵さんは……わかりやすい優しい言葉はかけてくれないけど、言ってくれた言葉に重みがあって……すごく救われました……
私、皆さんには本当に感謝しています」
『力不足か?』という問いは、にとって思ってもみなかったものであり、完全に否定しなければならないものだった。
「だったら、もう少し楽にしててください。
あなたが一生懸命なのはわかります。
でも、あまり気を張り詰めていると、いつか倒れてしまいますよ」
「……私、そんなにテンパってました?」
ほんの少しだけ、くだけた言葉を使ったに八戒の顔はほころんだ。
「えぇ、それはもう」
「そっかぁ……気がつかなかったな……」
八戒の言葉にも笑う。
「八戒さん。私ね、すごい甘えん坊だったんです」
「……そうは見えませんけど」
「本当なんですよ。
うちには父がいなくて、母が働いてたから、兄と二人で過ごす時間が長かったんです。
母はいつも『自分のことは自分でしなさい』って言ってたけど、私、いつも兄に甘えてた。
兄も八つも下の私のことが可愛かったみたいで、結構、甘やかしてくれて……
今、思うとブラコンだったかなぁ。ふふっ」
「仲の良いご兄妹だったんですね」
「えぇ。でも、だから、一人になった時、何もできなくて……
人に頼ったり、甘えたりしてばっかりじゃダメだなぁって……
自分の弱さや、無力さが情けなくて、強い人間になりたいって思ったんです」
だから、これ以上、甘えることはできない。
言外にそう匂わせる。
「……」
「でも、そんなにガチガチになっちゃってたら、できるものもできなくなりますよね。
これから気をつけます。ありがとう」
こちらの言いたいことをきちんと理解して受け止めつつ、自分の思いを主張することも忘れない。
そしてその後のフォローもしっかりしている……
賢い人だと、八戒は思った。
は自分を弱いという。
だが、それは自分を知らないだけだ。
自分の境遇や運命を受け入れ、その中で前向きに努力する。
それは真っ直ぐな強さだ。
しかし、今のは、何かのはずみでポキリと折れてしまいそうな危うさも感じさせる。
支えてやりたい。
そう思うのはエゴだろうか?
「もう寝ましょう。明日も早いですからね」
「えぇ……おやすみなさい」
「おやすみなさい……」
しかしその後も、はなかなか眠れなかった。
八戒との会話で、術が解けることを素直に喜べないでいる理由に、これ以上、四人に甘えられないと思う本当の理由に気づいてしまったので……
翌日は大きな町に着き、宿に泊まることができた。
部屋も一人に一つずつ。
食事も済んで各々の部屋に入った。
でも寝るには少し早い気がして、は散歩でもしようと部屋を出た。
宿のすぐ隣に公園があったはずだ。
片足の欠けた仮の身体だが、杖にももう慣れたし、少々夜風が冷たくても寒さを感じることもない。
空には下弦の月。きっと気持ちがいいはずだ。
公園の中を一周し、宿に戻ろうかと思ったところで、木の根元に小さな白い塊を見つけた。
白に茶のブチのある仔猫が体を舐めている。
「可愛いね」
頭を撫でても大人しくしてるので、抱き上げて、そばにあったベンチに座ってみる。
小さな命のぬくもりを感じることはできないが、柔らかい感触だけは伝わってくる。
「君、ひとりなの? 私と一緒だね」
確かに今は一緒に旅をしている人達がいて一人ではないかもしれない。
でも、それは期間限定の事だ。
かけられた術が解ければ、彼らと一緒にいる理由はなくなってしまう。
彼らと別れれば独りになってしまう。
あの森での出会いから約二ヶ月。
この15年、ずっと一人で旅をしてきたはずなのに、彼らと出会う前の自分がどういうふうだったかを思い出せないほど、今は毎日が楽しくて……
それは危険なこともあるけれど、一人で旅をしていても危険な目には合ってきたわけだし。
何より、哀れむわけでも同情するわけでもなく、ごく自然に自分に接してくれる人が、普通に話をしてくれる人がいることが嬉しかった。
だから、術が解けることが怖い。
『肩の力を抜け』と言ってもらえたことは嬉しかった。
足手まといにならないように、負担にならないように一生懸命だった。
必要以上に親しくなれば別れが辛くなること。
だからといってよそよそしくし過ぎては相手が窮屈に感じてしまうことは、今までの経験から学習していた。
だから四人に対しても、その微妙な距離感を保とうと必死だった。
それが気を張り詰めているように見えたのだろうか?
でも、今以上に頼ること、甘えることはできない。
今でさえこんなに胸が痛むのに、これ以上、皆に甘えたら、これ以上皆と親しくなったら、きっと、一人でいることに耐えられなくなってしまう。
14の時から一人で生きてきた。
だからなんとかなると思ってた。
今までは……
でも、彼らに出会ってしまった。
気持ちよさそうに撫でられている膝の上の仔猫に話しかける。
「ずっと一緒にいたい、なんて、絶対に言っちゃいけないよね………」
彼らは重要な目的を持って旅をしている。
自分にその手助けが出来るとは思えない。むしろ足手まといだ。
「私、どこに行けばいいんだろうね? ……帰れる場所なんてないよ……」
故郷の村には帰れない。
15年以上前に消えた人間が、当時とあまり変わらない姿で戻っても気味悪がられるだけだ。
ずっと、術を解くために頑張ってきた。
でも、今はそれが不安でたまらない。
「しっかりしなくちゃ……しっかりしなくちゃ……しっかりしなくちゃ…………」
繰り返し自分に言い聞かせても、うまく気持ちを切り替えられない。
しばらくの間、ぼーっと仔猫を撫で続けていた。
ふいに仔猫が身体を起こす。
見ると、近くに似たような模様の猫がいた。
「なんだ。お母さんいたんだ」
そっと地面に降ろすと、仔猫はその猫の方へ駆け寄った。
「今のうちに、いっぱい甘えとくんだよ」
二匹が植え込みの向こうに見えなくなるまで見送った。
いつまでもここでこうしていても仕方ない。
宿に戻ろうと立ち上がった時、背後に人の気配を感じた。
「カ〜ノジョ! 猫なんか相手にしてないで、俺たちと遊ぼうよ」
見知らぬ男が三人。にやにや笑いながら立っている。
妖怪ではないようで、少しホッとする。
「ごめんね。私、もう帰るから。他をあたって」
そう言って脇を通り抜けようとする腕をつかまれた。
「硬っ! 何? 腕、ギプスでもしてんの?」
「だったらどうなの?」
「そんなつれないこと言わないでさぁ。こんなイイ男が誘ってんだぜ」
「放してもらえる?
それに、イイ男なら間に合ってるのよね。
今、すっごいイイ男四人に囲まれてるから」
「またまたぁ。だったら、夜、こんなとこに一人でいるわけないっしょ」
「っ! ……放っといてよ!!」
つかまれた腕を振りほどく。男たちの表情が変わった。
(マズった!)
ナンパ男のあしらいなんて慣れていたはずなのに『一人』という言葉に過剰反応してしまった。
今の身体なら女としての危険は心配ないし、妖怪ではないのなら自力でなんとかなるだろう。
しかし、騒ぎになってしまうのはマズイ。
この足では走っても逃げ切れない。
ならばせめて少しでも人目につかないようにしなければ!
は公園の中に向かって走り出した。
男たちも追ってくる。
「待てよ! こらぁ!」
「待つわけないでしょ!? バカ!!」
公園のなかほどで追いつかれ、囲まれる。
だが、ここのところ妖怪たちを相手に戦ってきたにとって、人間の男三人は敵ではなかった……