Suclptured amethyst-4
最初の夜三蔵が送った力を珠が吸収するのには時間がかかっているようで、次の夜もは仮の身体だった。
しかし、それだけ強力な力を送ってもらってるのだとは喜んでいた。
その夜は野宿だったが、は野営には慣れていたし、食べられる野草や木の実、薬草の知識も豊富だった。
『結構、サバイバル慣れしてるんですねぇ』という八戒の言葉に悟空と悟浄はうなずき、は照れくさそうに笑った。
翌日の日没後、人の形になったの首には、珠ではなく彫像の方が下がっていた。
「おー! こっちの方が可愛いじゃない!!」
本来の姿に戻ったは、仮の姿の時よりも少し大人びて見えた。
大きな瞳は変わらないが、どこか凛としたところがある。
しかし、笑うと一気にその印象は柔らかくなった。
表情が豊かなのだ。
顔も手足も、その肌は驚くほどに白い。
長い髪は後ろに束ねただけ、化粧っけの無い素顔、それでも十分美しかった。
「仮の身体が欠けても、本体の方に影響はないってことか」
はスラリとのびた両足で立っていた。
「像が欠けたのは初めてだったので、私も不安でしたけど……良かった」
は言いながら、屈託なく笑う。
三蔵は内心、少々ホッとした。
「なあ! 早くメシにしようぜ!!
も今なら食えるんだろ?」
「宿の部屋、五つ空いていて良かったですね」
そして、賑やかな食事が始まった。
その夜、は倖せな気分で眠りについた。
本来の姿の時に、まともな食事ができたのも、ゆっくり温かいシャワーを使うことができたのも、清潔なベッドに横になれたのも、本当に久しぶりのことだった。
今までは、夜明け前に眠り、昼過ぎに目を覚まして日没を待っていたが、夜間に移動する必要もなくなった事、自分一人が起きていては四人が眠りにくいだろうと考えた事から、夜に寝るようにサイクルを変えた。
夜明け前に起きて出発の準備をすませておけばいい。
最初、悟空と悟浄のケンカや、それを治める為の三蔵の発砲やハリセンには驚いたが、孤独な旅をしていたには、その騒がしささえ嬉しく思えた。
力を送ってくれるのは最高僧の三蔵法師で、旅の同行も許してもらえた。
それはつまり、今後も力を送ってもらえるという事。
彫像の姿で人に見つかりはしないかとビクビクする事も、胡散臭がられながら事情を説明する苦労も、もう必要ない。
三蔵一行に出会えたのは、にとって、仮の身体の片足を無くしても惜しくない幸運だった。
旅にが加わった事は、四人にとってそれほど負担にはならなかった。
日中のは小さな彫像なので、妖怪の襲撃を受けても敵の攻撃対象にはならない。
巻き添えでの破損を避けるため、彫像を入れた革の袋をジープが銜えて避難させた。
夜間に襲撃を受けた場合、仮の身体の時は杖をついている分、動きは鈍かったが少々の攻撃を受けても平気だったし、生身の身体の時も自分の身を守る程度には動けた。
護身用に短剣を持たせてはいたが、さすがに止めをさす事はできないでいるので、その点のフォローをするだけで良かった。
には初めのうちこそ、血なまぐさい戦闘の場にいることに対する恐怖や、出来立ての骸を見ることのショックもあったが、そのうちに慣れてしまった。
一人で旅をしている間にも、死体を見たことは何度もあったからだ。
特に妖怪が暴走を始めてからは、喰い散らかされた死体を見ることも、腐乱死体と白骨しかない村に辿り着いたことも少なくなかったのだ。
なにより、この人たちと一緒なら大丈夫だと思えた。
今も四人は、襲ってきた妖怪たちをあっという間に片付けてしまったのだ。
「皆さん、本当にお強いですね」
「えへへっ! でもこの程度の妖怪は弱すぎておもしろくねーんだ」
「ちゃんもなかなかのもんよー。
でも、もっと俺に頼ってくれてもいいんだぜ」
「そうですよ。くれぐれも無理はしないでくださいね」
「何か武術を習っていたと言っていたな?」
「えぇ、体術と剣術を少し。
強くなりたいって思って始めた事だったんですけど、こんなふうに役に立つなんて思いませんでした」
「てことは、術をかけられる前から?」
「はい。14の時からです」
14といえば、が家族を亡くしたと言っていた年齢だ。
身寄りをなくした少女が強さを求めるのは当然のことかもしれないが、ひどく健気なことのように思えた。
「女性であれだけ戦えるのなら、たいしたものですよ」
「あとは今の状態になってからの経験値ですね」
確かにの戦い方は武術を心得ているというより、ケンカ慣れしているという感じだった。
四人がそれぞれに感心している横で、は思っていた。
(殺されるかもしれないって覚悟はできても、殺す覚悟って難しいなぁ……)
戦闘中、四人が自分のフォローをしてくれていることには気付いている。
負担になってしまっていることが心苦しかった。
「もっと、もっと、強くなりたいなぁ……」
ぽつり、独り言のようなつぶやきが漏れた。
宿のフロントで鍵を受け取った八戒が振り向いて言った。
「さて、部屋割りはどうしましょう?
シングルがなくて、ツインとトリプルになるんですよ」
「じゃあ、俺とがツインで、残りがトリプルな!」
「それだけはぜーーったい! ダメだ!!」
「そうですよ。雲に隠れていますが今夜は満月ですから。
をそんな危険な目にはあわせられません」
「どうでもいいからさっさと決めろ。じき日没の時間だ。
の姿が変わる前に部屋に入るぞ」
結局、カードで決めることになった。
ハート二枚とスペード三枚をシャッフルし、一人一枚ずつひく。
残った一枚が。
その結果、悟空と悟浄がツインに、三蔵と八戒とがトリプルに入ることになった。
部屋に入るとすぐ、は人の形に戻った。
「すみません。
部屋がなくて、今日はこんな割り振りになってます」
「私なら平気です。
皆さんの会話も聞こえてましたから、事情はわかってますし」
そんな会話をしていたところでドアが開いて、自分たちの部屋に荷物を置いた悟空と悟浄が入ってきた。
「ちゃん、今日も可愛いねー」
「早くメシ食いに行こうぜ!」
全員で食堂に移動し、食事を始めてしばらくたった頃、雷が鳴り、雨が降り出した。
「降り始める前に宿に着いてよかったですね……
おや? 、食がすすまないようですが、具合でも悪いんですか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど、苦手で……」
「なんだ? 嫌いなもんがあるんなら、俺が食ってやるぞ」
「いえ、そうじゃなくて……」
が言いかけたところでひときわ大きな雷鳴が轟いた。
の体がビクッと固まる。
「……雷?」
呆れたようにつぶやいた三蔵に、がうなずき、
「ダメなんですぅ〜」
耳を押さえ、目をギュッと瞑りながら小さな声で言う。
「フッ」
「ははっ! 雷が怖いの?
ちゃん、か〜わい〜!」
「笑っちゃ失礼ですよ。誰にだって苦手なものくらいあります」
「ぷははっ! そういう八戒だって笑ってんじゃん!」
「怖いなら、俺が添い寝してやろうか?」
「そっちの方がよっぽど怖いですって!」
「じゃあさ、交替で徹マンでもする?
あ、、麻雀できる?」
「うるせぇ! とっとと食え!」
四人のいつものやりとりに少しだけ気が紛れるだった。