Suclptured amethyst-3

戦いの最中に四人も見ていた。

顔の前にかざした右腕で剣を受け止める少女の姿を。
敵が怯んだ隙に、そのまま左手で刀身の部分を掴むと右足を軸に見事な蹴りをくらわせたシーンを。

四人が他の妖怪を片づけてしまった時、少女は、奪った刀の切っ先を倒れた敵の喉元に突きつけたまま動きを止めていた。

その金縛り状態を終わらせたのは、一発の銃声だった。

「襲ってくる以上は敵だ。生き残りたきゃ迷うな。殺せ」

その僧侶とは思えない言葉が彼女の耳にどう響いたのかはわからないが、緊張状態は解けたのだろう。
膝立ちだった少女がその場にへたり込んだ。

まだ半ば茫然としている少女に悟浄が声をかける。

「お嬢さん、すごいじゃない。俺ら、びっくりよ?」

その軽い口調に、少し、気を取り直したようだ。少女が答える。

「以前少し、武術を習っていましたから」

「蹴りの威力、スゲくなかった?」

「石の身体ですからね。生身の人間に蹴られるよりは痛いと思いますよ」

「お怪我……じゃなくて……欠けたりしたところはありませんか?」

「はい、大丈夫です。アメシストの硬度は7で、意外と硬いんですよ」

痛みを感じる事も血を流す事もない石でできた仮の身体というのは、どうやら本当の事らしかった。

とっさの事態に身体が反応できるのも、それだけの目にあってきたという事ではあるまいか。
さっきの話の信憑性が増した。

「それで、こちらのお嬢さんの『お願い』はどうすんの? 最高僧の三蔵サマ」

場や少女が落ち着きを取り戻したところで、悟浄が話を戻し、三蔵は考え込んだ。

断れば、少女はまた他の高僧を探すのだろう。
しかし、彼女の話を信じて力を送ってやる僧侶がどれだけいるというのか。

彼女のいうとおり、女が寺にというのは好ましく思わない者が多い。
再び旅を余儀なくされるだろうが片足をなくした今、その道中は、より困難で危険になるのは必至だ。

そして、偶然の事故とはいえ、彼女をそんな身体にしてしまったのは自分たちなのだ。

「コイツ、困ってんじゃん。助けてやれよ」

悟空の言葉が背中を押した。

「……仕方ねぇな……」

三蔵の口調は忌々しげだったが、その内容に少女の顔は輝く。

「俺たちは西に向かって旅をしている。
安全な旅とは言えん。
ついてくるのならそれなりの覚悟をしろ」

「はい! ありがとうございます!!」

明るい声で答えた少女は嬉しそうに笑っていた。

「まだ、名前、聞いてなかったね? 俺は悟浄。君は?」

です。お世話になります」

「んー、君みたいに可愛い子なら大歓迎だよー!」

「俺は、悟空。ヨロシクな!」

「こちらこそ」

「僕は八戒といいます。
次の町に着いたら義足か、せめて杖を探しましょうね」

「お手数をお掛けします」

「おい。珠を貸せ……力を送って欲しいんだろう?」

「あの、これは首からはずせないんです。
申し訳ありませんが、このままでお願いします」

(……面倒臭え……)

自己紹介も法力を使うことも三蔵にとっては煩わしいことでしかない。
しかし、一度、引き受けてしまった以上、仕方なかった。

今後、何度繰り返すことになるのかわからないが、術さえ解くことができれば、この厄介ごとから解放される。
三蔵は真言を唱え、力を送った。

明け方、悟空以外の三人は瞼の裏に光を感じ、目を覚ました。

光源はだった。

全身が淡い紫色の光に包まれ、それが徐々に小さく集束していく。
光が消えた後には、アメシストの彫像が転がっていた。

((( ……本当だったんだな…… )))

三つのため息が重なった。

翌日は町に辿り着き、八戒はのための杖を買い求めた。
義足を作るには技師のいる病院に本人が行かねばならず、夜間にしか動けないには難しかったのだ。

日が落ちると像が光りだした。
紫色の光球が大きく広がって、その中から昨日見たの姿が現れる。

首からは珠が下がっていることを見ると本体ではないらしい。
しかし、珠の色は昨日よりも明るい緑色になっていた。

「なあ、昨日は聞いてないけど、なんで、そんな術かけられちゃったんだ?」

全員で泊まることになった大部屋で悟空が訊いた。

「えーと……」

「悟空、女性にあまり立ち入った事を聞くのは失礼ですよ」

「あ……そっか」

「いえ、いいんです。
自分の話を聞いてくれる人がいるって事が、今すごく嬉しいから」

そして、は話し始めた。

彼女が暮らしていた村のはずれに、良い彫刻をする妖怪の職人がいた。
ある日、思いを打ち明けられたが、相手は偏屈なところがある上、年も20も離れていた。

自分には他に思いをよせている相手もいたので、そう言って断ったが、その妖怪はあきらめてくれず、ついには拉致。
『元に戻りたければ、俺のものになれ』と、術をかけ像に閉じ込めるという暴挙にでたのだ。

「結局は振られ男の逆ギレかよ! モテない男ってコワイねー!」

夜、が人の姿になった時も、家の外には出られないよう結界が張ってあり、助けを呼びに行くことはできなかった。
妖怪は夜毎、口説いてきたが、も『こんな奴の思い通りになってたまるか』と意地になっていた。

そんな状態が一年ほど続いた。
そしてとうとう、その妖怪はの目の前で、自らの命を絶ったのだという。

結界はとけ、夜間の移動はできるようになったが、それまでは毎夜生身の身体になれていたものが、月に二度になった。

『俺が死ねば、術は解けない。これでお前は俺のものだ』という妖怪の最期の言葉に絶望した。
しばらくは何もする気になれなかった。

しかし、ある時、宛の手紙を見つけた。

そこにはに対する愛がしたためられていた。

家族を亡くしても一人で懸命に生きている姿に、年甲斐もなく心を奪われてしまったこと。
をモデルにした彫像を幾つも作ったこと。
しかし、自分は愛情の示し方を間違えてしまった。
このままでは何をしてしまうかわからない。
だから念のために書いておく手紙だ。

そういう内容だった。

そして、最後には術を解く方法が書かれていた。

「ずいぶん恨みましたし、今でも許したといえば嘘になります。
でも、一人で旅をしているうちに『あの人も寂しい人だったんだな』とか『無理矢理にでも誰かにそばにいて欲しかったんだな』とか、思えるようになってきました……
私がもっと違う対応をしていれば、あんな死に方をさせることはなかったのかもしれません……」

憎むべき相手ではあっても、ひとつの命を死に追いやってしまった罪悪感は否めないのだろう。
話し終えたは辛そうに俯いた。

「死にたい奴は勝手に死ねばいい。お前が気に病む事はない」

三蔵が掛けた言葉に、はハッとしたように顔を上げた。

僧籍にある者のものとは思えないセリフだったが、だからこそ、余計に心に響いた。

「えぇ。術が解けたら、全部忘れて、新しい気持ちで生きていこうって、決めました」

そう言うの表情は穏やかだった。

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