Suclptured amethyst-2

少女は近くにあった倒木に腰を降ろした。

年の頃は17、8くらいだろうか?
大きな瞳が幼い印象を与えているが、全体的な雰囲気は落ち着いている。

しかし何より似ているのだ。あの彫像に。

「やはり、あなたは、僕たちが夕方に見た、あの?」

「はい。詳しく話そうとすると長くなるんですが……」

「手短にしろ」

「……心がけます」

三蔵の言葉に苦笑し、少女が話し始めた。

「私はもともと普通の人間でした。
でもある時、術をかけられ、彫像の中に閉じ込められてしまったんです。
以来、昼の間は身動きがとれません。
夜になると、像に憑衣するという形で、動いたり話したりできるようです。
術を解いてもらうために旅をしていますが、昼間はできるだけ人目につかないような場所に隠れているんです」

「なんで人目につくとマズイんだ?」

「私が閉じ込められた像は、なかなかの値打ちものらしいんです。
誰かに見つかって家に持ち帰られると、日が沈めばただの不法侵入者です。
突然現れた人間が『自分はあの像だ』なんて言っても信じる人はいません」

「まぁ、そうだろうな」

「今日は木の上にいたんですが、下の方が騒がしくなったと思ったら隣の木が倒れて、その振動で枝から落ちまして」

その原因に、身に覚えのある者がいた。

「運よく、途中の枝に引っかかったんですが、しばらくしてとんできた銃弾に弾かれて、地面まで落下したんです」

少女以外の全員の視線が集中するが、三蔵はしれっとタバコをくわえている。

「つまり、あなたが左足を無くしたのは、僕たち四人のせいなんですね」

「なんでオレらまで入んのよ?」

「そうだよなあ。木、倒したのは八戒だし、撃ったのは三蔵じゃん」

スパパン!

不満を訴える二人にハリセンがとんだ。

「お前らがバカ騒ぎさえしてなけりゃ、俺だって撃ってねぇんだよ!!」

三蔵のセリフに、多少、罪悪感を覚えたようだ。悟浄が訊ねる。

「……足、痛いか?」

「いえ、これは像に憑衣しただけの仮の身体です。
触覚だけはありますが、痛みや、暑さ寒さは感じません。
血も涙も汗も流れませんし、飲食もできません」

「でも、歩きにくいよな……」

悟空も責任を感じたらしい。

「えぇ、まぁ……皆さんに追いつくのには時間がかかってしまいましたね」

「で?」

三蔵は一言発して、その先を促した。

その責任の一端が自分にもある以上、まるっきり無視するわけにもいかない。
少女の話は頭から信用するにはあまりに突飛だったが、一応辻褄はあっている。

自らが発した言葉のとおり『ろくでもないもんを拾って、厄介ごとに巻き込まれる』ハメになったらしい事態に、三蔵の不機嫌度は通常の三割増しだった。

「苦情を訴える為だけに、僕らに追いついてきたわけじゃありませんよね?」

八戒もそう言って短かすぎる三蔵の言葉に補足を入れる。

「……はい。実は……勝手なお願いだとは思うんですけど……」

促され、口を開いた少女は言いにくそうに一旦、目を伏せたが、顔をあげ、きっぱりと言った。

「私にかけられた術を、あなたに解いていただきたいんです」

見つめられた三蔵はため息とともにタバコの煙を吐き出した。

「そちらのお坊様は、徳の高い素晴らしい法力をお持ちの方とお見受けしました。
この術を解くにはかなりの神通力が必要なんだそうです」

少女は話し続けた。

「私の本当の身体は、この珠の中に封じられています」

言いながら少女は首にペンダントのように下がっている深い緑色の珠を示す。

「あの像が抱えていた珠ですね?」

「はい。この珠に力を送っていただくと、段々色が変わっていきます。
最後は金色になり、それが透明になったら術が解けるそうです」

「術をかけた本人に解かせる方が早いんじゃないのかい?」

「それはできません。もう死んでしまったんです」

「そっか。そりゃ残念だな」

「術にも様々な種類がある。
大抵はかけた本人が死ねば解けるが、そうでない場合、解くのは難しくなるな」

「やっかいですねぇ」

「一度かけると、かけた本人でさえ解けない類のものもある」

「じゃあ、解く方法がわかってるだけマシだな」

「ええ。この珠も最初は黒曜石のような色でしたが、15年かかって、この色にまでなりました。
まず紫系の色になり、次は青系、今が緑ですから、虹のグラデーションのように変化するのかもしれません」

「15年って……お嬢さん、今、いくつ?」

「術をかけられたのは18の時でした。
でも、石で作られている仮の身体は老化しませんし、本体の方も珠に閉じ込められている間は成長が止まっています。
だから身体もまだ二十歳ぐらいのはずです」

「という事は、本体に戻れる事もあるんですか?」

「はい。時々は解放して新陳代謝をさせないといけないらしくて……
通常は月に二度、新月と満月の夜の間だけ本来の姿に戻ることができます。
ですから成長のスピードは普通の人の約30分の1になります。
本体に戻れた時は、珠ではなく像の方が首に下がりますので、力を送ってもらうことはできません」

「『通常は』って、そうじゃない場合もあるわけ?」

「ええ。力を送っていただいたら、新月や満月ではなくても本体が解放されます。
経験からの話になりますが、送っていただいた力が強力な程、吸収するのには時間がかかりますし、吸収している途中の珠に力を送ってもはね返してしまうようです。
受け取った力を珠が全て吸収できたその証拠として、本来の姿に戻るんだと思われます」

「じゃあ、同じ量を吸収するのなら、小さな力を三回送ってもらうより、大きな力を一回でもらえた方が、本体の成長を抑えられますね」

「はい。その事に気付いてからは、できるだけ徳の高いお坊様や、強い法力をお持ちのお坊様を探して旅をしてきました」

「なんで、旅なんかするんだ? 親や家族は助けてくれなかったのか?」

「私には家族はいないんです。
父は私がまだ物心つく前に亡くなりました。母と兄がいましたが、14の時に二人とも……
両親はかけおち結婚だったとかで、他の親族との付き合いもなかったんです」

「あ、そうなんだ……ごめん」

「いいえ、いいんですよ。
当然の疑問でしょうし、どうか気にしないでください……
えっと……旅をしてる理由でしたね。
寺院は女人禁制のところが多いですし、そうじゃない場合もいろいろと問題が……」

「ちょい待ち。話の続きは後でね……」

話を遮った悟浄の様子から、少女は何事かが起きようとしているのを察した。

「来るぞ」

「妖怪がきます。僕らの後ろに隠れて!」

「はい!!」

それぞれに武器を取り出す四人を見ながら、少女は木陰に隠れた。

「見つけたぞ! 玄奘三蔵一行!!」

「経文をよこせぇ!!」

戦闘が始まる。

目の前の光景に受けるショックは少なくなかったが、少女は四人の圧倒的な強さに見惚れた。

ふと、何かの気配を感じて振り向く。

その瞳に写ったのは、己に向かって振りおろされる刃だった!

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