Suclptured amethyst すべてはここから
夕焼けの森の中は、大量の妖気に溢れ、殺気に満ちた声に包まれ、揺れていた。
そこに銃声、攻撃音、金属音、破壊音が加わり、更に空気を震わせた。
しかしやがて、断末魔の叫びも消え、本来の静けさを取り戻していくのだった。
「今日はちょーっと団体さんだったかなー」
「八戒、スゲェなぁ! あんなでっかい木、気功で倒してさぁ」
「人によっては『自然破壊だ』って責められてしまう事かもしれませんけどね」
「……手間とらせやがって」
「じきに日没ですが、とりあえず少しでも先に進みましょう」
「今夜も野宿? なぁ、メシどうすんだよ。俺、ハラ減ってもう死にそうだよぉ」
悟空のいつものセリフに、悟浄がいつものように『脳味噌胃袋のバカ猿』と返し、二人の低レベルな口喧嘩が始まる。
「……うるせぇ……」
爆発の予兆であるその呟きも当事者の耳には届いていない。
「エロ河童! ゴキブリ河童! 赤ゴキブリエロ河童!!」
「ガキ猿! バカ猿! チビ猿!! アホ猿!」
もはや双方の悪口ボキャブラリーも尽きる様相を呈してきた。
「……うるせぇっつってんだろぉがぁっ!」
ガウン!
怒号と共に放たれた弾丸は、今にも噛み付かんばかりに角突き合わせていた悟浄と悟空の顔面の間を通過していった。
二人が固まった次の瞬間、
カシャン!
乾いた小さな音がした。
「ん? 今、なんか割れたような音しなかった?」
「あぁ、したよな」
「でも、弾道から考えて、着弾したのはあの木のあたりですよ?」
三人はあり得ない音がした方を見る。
三蔵はマルボロをふかしながら、
(まったく、あいつらは……)
と眉間にしわを寄せた。
「あ、なんか落ちてる!」
そう言って木のそばに走り寄った悟空が見つけたのは、手のひらほどの大きさの彫像だった。
全体は紫色で、悟空は
(三蔵の目みたいな色だな)
と、思った。
両腕と膝を立てた右足とで、大事そうに丸い深緑色の珠を胸に抱え込んでいる少女の座像は、伸ばしている左足のひざ下の途中から欠けていた。
「やっぱ、これに当たったんだ」
拾い上げた悟空はそう言いながら三人のところに戻った。
「片足が欠けてるし、あの辺の地面に細かいかけらがキラキラしてる」
悟浄と八戒も悟空の手の中のそれを見て言った。
「へぇ、ひょっとして、なかなかいい品なんじゃねぇ?」
「そうですね。アメシストでしょうか?」
「あったところに置いてこい」
三蔵の声は明らかに不機嫌だった。
「なんで? キレイなのに」
「ま、不自然っちゃ不自然だよな」
「確かに」
「 ? 」
悟空には三蔵が不機嫌なわけも、悟浄と八戒の言う意味もわからない。
「俺の撃った弾が当たったって事は、そいつは木の上にあったって事だ。
なんで、そんなもんがそんなとこにある?」
そう説明されて、やっと悟空にも理解できてきた。
「怪しすぎる。ろくでもないもんを拾って、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ」
「……わかったよぉ……」
「グスグスするな。行くぞ」
悟空は、さっきの木の根元にそっと彫像を置き、三人の後を追った。
結局、その後移動できたのはわずかな距離でしかなかった。
進むにつれ木の生い茂り方が密になり、ジープでの走行は困難になったのだ。
適当なところで止まり、夜明けを待つことにした。
「あのぉ……」
いきなりかけられた聞き覚えのない声に、四人は驚き身構えた。
妖気や人の気配には敏感な四人が四人とも、声をかけられるまで相手の存在に気づかなかったのだ。
ただごとではない。
声の主は少女だった。
木の陰からこちらを見ている。
「何者だ? キサマ」
三蔵が銃の照準を合わせたまま問う。
こんな時間、こんな深い森の中に、人間、しかも女がいる事は通常まずあり得ない。
罠の可能性が高い。
「あっ、あのっ、皆さんに危害を加えるつもりはないんです!」
その不審者は慌てたように言った。
確かに目の前の少女からは妖気、邪気、殺気の類は感じられない。
しかし、人間としての気配さえ感じられないのだ。
得体の知れないものであることには間違いなかった。
「本当です。敵意はありません」
少女は木から離れてホールドアップの姿勢をとり、
「ひゃっ!」
間抜けな声と共に転んだ。
(((( なんなんだ? いったい…… ))))
呆気にとられる四人の前で少女は顔を上げた。
「あのぉ……私の話を聞いていただけないでしょうか……?」
転んだ体勢のまま見上げてくる少女の表情は、まるで雨に打たれて震えている捨てられた仔犬のようで、四人は完全に毒気を抜かれた。
苦笑しながら立ち上がろうとした少女だが、また身体のバランスを崩し、そばの木につかまった。
「あれ、お前、足……」
悟空が気づいたくらいだから、他の三人も気づいている。
少女の左足は七分丈のレギンスの裾のあたりから先の部分が見当たらない。
「夕方にお会いした者なんですが……」
その言葉に、嫌な予感を覚える。
しかし、この少女の話を聞かねばならない理由が、自分たちにはありそうだった……