Radical lady-2
町への道をふさぐようにの前に立つ妖怪が四人。
(こんな時に!)
自分のうかつさには唇をかみしめる。
「いけねーなー。若い娘がこんなところに一人でさ」
「自警団作ったからって安心するのは間違ってるよなあ」
(私を町の人間だと思ってる?)
「今日は仕事の予定が無くて退屈だったんだけどよ。
ウサギ狩りができるとは嬉しいね」
(『仕事』って盗みとか? じゃあ、刺客や賞金稼ぎじゃないのね?)
街中に戻っては他の人を巻き込む恐れがある。
は林の中に向かって走り出した。
「ウサギが逃げたぞ!」
「追え、追えー!」
「捕まえた奴に一番いいとこをやるよ!」
林の中に逃げたのは失敗だったかもしれない。
いつの間にか追いかけてくる妖怪の数が更に四、五人増えていた。
息が切れるのがいつもより早い。足が止まったところで囲まれる。
クラクラする頭は考える力を失っていた。
経験からくる反射神経だけで戦っているような状態だった。
十人たらずとはいえ、貧血の体には過重負荷の戦い。
三、四人はのしてやったと思うが、体力は限界だった。
目が霞み、足がふらつく。
転びそうになったところを後ろから殴られて、前のめりに倒れた。
そのまま押さえ込まれる。
「やっと捕まえたぜ。ずいぶん元気のいいウサギだったな」
「殺すなら、さっさと殺しなさいよ!」
「気の強え女だな。それに、あっさり殺すには惜しい美人だ」
その舐めるような視線にもう一つの危機を感じる。
必死で抵抗するが、所詮、力では敵わない。
後ろ手に縛られ仰向けに返された。
足を押さえられ、シャツが引き裂かれる。
露にされた白い肌に妖怪達が卑しく笑う。
「たっぷり可愛がった後、骨までしゃぶってやるからよ」
屈辱に涙がこぼれた。
最後の抵抗とばかりに舌を噛もうとした口はこじ開けられ、シャツの切れ端を詰め込まれる。
無意識のうちに心の中でその名を叫んでいた。
(三蔵!)
妖怪の手がジーンズにかかる。
絶望感に目の前が暗くなった時、数発の銃声が響いた。
血を吹きだしながら倒れていく妖怪達の姿が、スローモーションに見える。
首だけ動かしたの、涙でぼやけた視界に映ったのは、金の光をまとった白い法衣。
(来てくれた……)
でも、こんな姿は見られたくなかった。
身をよじって、うつ伏せに隠した。
三蔵は近づきながら、が気絶させただけの妖怪にも止めの銃弾を打ち込み、落ちていたの短剣でその両手の戒めを解いた。
「着ろ」
三蔵が法衣を脱いで、の身体に被せる。
は三蔵に背を向けたまま、ゆっくりと身体を起こし、口に入れられた布切れを取り出すと法衣に袖を通した。
「立てるか?」
「……うん……」
立ち上がろうとしたがふらついた。
体力はとうに限界を超えていたし、精神的なショックも大きかった。
意識を保っているのが不思議なくらいだった。
三蔵に支えられて、思わずその胸にしがみついた。
心臓の鼓動が聞こえて、とても安心できた。
「怖かった……!」
がはっきりと恐怖を口にしたのは、この旅に加わって初めてのことだった。
「……もう大丈夫だ」
その三蔵らしからぬセリフを聞きながら、は気を失った。
「おい!?」
腕の中で脱力したを抱いた三蔵がその頬をピタピタと叩いてみるが反応はない。
血の気のない冷たい頬だった。
「無茶ばっかりしやがるからだ。バカが」
その時こみあげてきた感情がなんなのかは三蔵にはわからなかった。
妖怪に押さえつけられているの姿を見て、一気に頭に血が上ったわけも。
三人がを探しに出た後、三蔵も落ち着かない気持ちで外に出た。
ここに来たのは妖気を感じたからだった。
間に合ったことに、安堵している己を自覚した。
守りたかったものをなくした時、守らなくてもいいものが欲しいと思った。
それは今でも変わらないはずだ。
なのに、こんなに庇護欲を掻き立てられるとは……
『無理についてくることはない』
そう言ったのは、まだ今ならを手離すことができると思ったからだ。
自分たちと旅を共にすることが、にとってどれだけ危険かは十分承知している。
しかし、が言ったように、今の桃源郷には人間が安全に暮らしていける場所などない。
ジープから降ろしたとしても、自分たちの知らないところで、知らないうちにが命を落とす可能性がないとは言えなかった。
第一、こんな危なっかしい奴、一人にしたところでこっちは気が気じゃない。
……もう、とっくに手離せないところにきていたのかもしれない。
それどころか、ろくに目も離せやしない。
「……まったく、厄介なもん、拾っちまったな……」
そうひとりごちて、三蔵はを抱え上げた。
その頃、悟空、悟浄、八戒の三人は感じた妖気が消えたことに戸惑っていた。
妖怪が立ち去ったのなら遠ざかる気配がするはずだが、突然消えたのだ。
「どういうこと?」
「確かにこっちから感じたよな?」
「ええ。方向に間違いはないはずなんですが……」
手分けしてバラバラにを探していた三人が、妖気を感じた方に移動して合流したのだ。
妖気の存在やその方角に間違いがあるはずはなかった。
「でも、あっちから血の匂いがする!」
「本当か?」
「うん」
「行ってみましょう」
三人とも妖気を感じた時から妙な胸騒ぎがしていた。
それを確認する必要があった。
やがて出会ったのはを抱えた三蔵だった。
「お前ら、来るのが遅えんだよ」
三蔵の腕の中のには意識がなく、その顔は紙のように白かった。
「何があった?」
「妖怪に襲われた」
「……襲われたというのは、その……?」
三蔵の法衣を着たの両手首には拘束の痕がアザになって残っている。
殺されかけただけではないことは一目瞭然だった。
「シャツを破かれただけだ。死ぬような怪我もしちゃいねえ」
「そうか……良かった……」
「……でも、よほど怖い思いをしたんでしょうね……可哀想に……」
の顔には幾筋もの涙の痕が残っていた。
「顔色が悪いけど、大丈夫なのか?」
「あれだけ出血した後で、妖怪四人気絶させるくらい暴れてんだ。
体力なんざ、残ってねえだろう」
「早く宿に戻りましょう」
それまで八戒の肩にとまっていたジープが変身する。
後部座席にを寝かせ、乗り込んだ。
意識を取り戻したの目に流れる空が映る。
(……あれ……? 動いてる?)
「あ! 目ぇ開いた!」
その声と共に、視界に悟空の顔が飛び込んできた。
「気分はどうだ?」
反対方向から悟浄も覗き込んでくる。
「……悪くはないよ……ちょっと、フワフワしてるだけ……」
「まだ起きちゃダメですよ。もうすぐ宿に着きますからね」
八戒も運転席からそう声を掛けた。
「……ごめんね。私、いつもこんなで……」
「無事だったんだから、いいんだよ」
「そうそう! 気にすんなって」
悟浄と悟空に言われて、香花は目を閉じた。
皆の声と表情が優しかったのが嬉しかった。
宿の前にジープが止まると、悟浄がを抱え上げた。
「自分で歩くよ」
「いーから無理すんな。これも役得ってね」
そう言って片眼をつむる笑顔につられて、も微笑んでいた。
「……さっきの話だけどな、目の前でお前に死なれて、俺たちが平気でいられると思うのか?」
まっすぐ前を見て歩きながら言った悟浄の横顔は真剣だった。
「俺、そんなこと、絶対、嫌だからな! 認めねーからな!」
「あなたを失くしたくないという、僕等の意思もあるんですよ」
悟空と八戒も真顔だった。
「……戦闘中は俺のそばから離れるな」
先頭を歩く三蔵は振り返りもせずに言ったが、には嬉しい言葉だった。
(これからも一緒にいていいってことだと思ってもいいの……?)
「うん……皆、ありがとう……」
そう礼を言って微笑んだの笑顔を、四人は改めてかけがえのないものに感じた。
温厚で穏やかな表情の裏に、驚くほど激しい感情と大胆な行動力を隠している。
だから、目が離せない。
end