Radical lady だから目が離せない
何故だろう? 不思議な感覚がつきまとう。
そこで笑っているが、今にも消えてしまいそうな。
「なあ、やっぱ、もうちょっと可愛い服、買っても良かったんじゃねえ?」
荒野を西へ向かうジープの上、今の後部座席の話題はの服装のことだった。
「えー? でも動きやすい方がいいし」
が着替えに買ったのはシャツ、Tシャツを数点ずつとボトムスにはジーンズ。
夜間の襲撃も考えて就寝時用もパジャマではなく、シャツとイージーパンツの組み合わせにした。
「でも、そのシャツ男ものだろ?」
「うん。メンズの方が作りがしっかりしてるのよ。
色使いとかも好みが合うの」
が選んだトップスはすべて男物で、色も黒や茶、ネイビーといったダークカラーが多かった。
「意外と渋い趣味なんですねぇ」
「んー、いつの間にかこうなってた……
それに、これなら遠目には女には見えないでしょ?」
は一人で旅をしている間に、女の身の不自由さを嫌というほど味わっていた。
女相手なら勝てるとふんで襲ってくる輩は多い。更に別の危険もある。
一行と同行するようになっても、弱そうな相手から攻撃するのはセオリーのようで、まず狙われるのはだった。
「せっかくキレイな顔してんだからさ、もうちょっと明るい色にすれば?」
自分が勧めたスカートやチャイナは一枚も購入されなかったのが、悟浄には残念だったらしい。
「……くだらんな。何を着ていてもそいつはそいつだろ?」
「そうだよな。、何、着ても似合うしさ」
(……なんか、こいつら、今、サラリとスゲぇ事、言わなかったか?)
(二人とも、わかってて言ってるんでしょうかねぇ?)
思わず言葉を失った悟浄と八戒だったが、は『ありがと』と笑った。
そんな平和な会話は前方に迫った大量の妖気に中断させられた。
行く手を遮る妖怪の数は優に百を超えている。
そして、ジープから降りた五人を取り囲み、一斉に襲い掛かってくきた。
も短剣を手に戦ったが、今回の相手は少し荷が勝ちすぎたようだ。
防戦一方で、いつの間にか四人との距離が離れてしまっている。
間合いを計っている目に敵の刀の反射光が入り、一瞬、その姿を見失った。
あっ、と思った時には短剣をはじき落とされていた。
首筋に当たっている冷たい刃の感覚。
本能が身体に動くなと命じている。
だが、不思議と恐怖はなかった。
「あれだけの数で来たのに、もうほとんど残ってねえのか」
の身体越しに戦闘の様子を見た妖怪が忌々しげに舌打ちした。
「少しでも長生きしたかったら、妙な真似するなよ」
刀をの首にあてたまま近づいた妖怪が、の鳩尾に軽く拳を打ち込む。
妖怪にとっては軽い力でも、人間の身体にとっての衝撃は少なくはない。
意識を失うまではなかったが、息がつまり、吐き気がこみ上げ、目の前が霞んだ。
その隙に身体は反転させられ、後ろに回された細い手首がひとまとめに掴まれた。
「そこまでだ! 三蔵一行!!」
その声に振り返り、四人は初めての窮状に気づいた。
一行と旅を共にする間にの戦闘力もそれなりに向上していたので、賞金稼ぎ程度の雑魚なら大丈夫だろうとの油断があったのだ。
妖怪はの首に刀身を添わせたまま、その身体を完全に盾にしていて、三蔵も銃を構えてはいるが発砲はできない。
他の三人の攻撃法ではなおさら手が出せない。
「経文を渡してもらおうか」
「だめ!」
(こんなのは嫌!)
は人質にされるのを嫌い、敵が首筋に押し当てている刀に自分からその肌を食い込ませた。
「なにっ!?」
思ってもみなかった行動に敵が驚いて一瞬の隙ができる。
ガウン!
の頭が動いてできたわずかな隙間を狙って放った三蔵の銃弾が妖怪をしとめた。
力が抜けたようにその場に膝をついたに八戒が駆け寄る。
「まったく、なんて無茶するんですか!? あなたは!」
気功で傷をふさぎながら叱り付ける。
頚動脈までは達しなかったものの傷は浅くはなく、出血も多かった。
「でも、それで、相手を倒せたわけだし……」
「そういう問題じゃないだろ?」
「下手したら死んでたんだぞ?」
悟浄と悟空も語気が厳しい。
普段、優しい三人のこんな口調は初めてで、はしゅんとなる。
「ごめんなさい……」
(だって、人質なんかになって、皆の邪魔するの嫌だったんだもの……)
喉まで出掛かったセリフを飲み込んだ。
『だったらジープを降りろ』と言われそうで怖かった。
宿に着くと、は血で汚れた服を着替え、洗った。
今はハンガーに掛けた服に、部屋にあったドライヤーの風を当てながら乾かしている。
平気なふうを装っているが、顔色は良くない。
さっきのことを話したいのに、それを拒絶する雰囲気があった。
「」
口を開いたのは三蔵だった。
「ん? なに?」
はドライヤーを止めた。
「……無理についてくることはない」
三蔵のそのセリフにの表情が凍りついた。
一番、恐れていた内容の言葉だった。
「……無理なんかしてない」
答えながらは、自分の顔が強張っていることを感じた。
「今日みたいなことをしていたら、そのうち死ぬぞ」
「……死んでもいい……」
口調と表情からそのの言葉が単なる買い言葉ではないことはわかる。
「人間が安全に平和に暮らしていける場所なんて、今の桃源郷にはどこにもないわ。
私は、危なくても、皆と一緒にいたいと思ったの。私が自分の意思で選んだのよ。
守ってくれなんて言わない。怪我をしようが、死のうが、それは私が決めたことの結果でしかないわ。私の自己責任よ。
三蔵、言ったじゃない! 『降りたいと思ったところで降ろす』って。
私、降りたいなんて思ったこと一度もない!」
進むごとに言葉は激しく、大きくなっていった。最後の部分なんて激昂と言っていいレベルだ。
四人の前でがこんな表情を見せたのは初めてだった。
四対の瞳が一様に驚きの色を浮かべていることに気付いて、は目を伏せた。
「ごめん……大声出しちゃって……」
なんだかとても、いたたまれない気分になった。
「ちょっと、頭、冷やしてくるね」
そう言うとは部屋を出て行った。
付きまとっていた不思議な感覚の意味がわかった。
がすぐにも消えてしまいそうに思えるその理由。
『皆の足ひっぱるくらいなら、喉かっ切って死んでやる!!』
以前発した言葉どおりのことを、今日、実行しようとした。
あの場にいた者の中で、の行動に一番驚いていたのはあの妖怪だった。
四人には『なら、ああいうこともやりかねない』という思いが無意識のうちにもあったのだろう。
驚きよりも『やっぱり』という感じを覚えた。
『守ってくれなんて言わない』
いささかひっかかりのある言葉だったが、それもの本心だろう。
見かけによらずプライドが高いらしい彼女は、常に人生の選択肢の一つに「死」を用意している。
生への執着がないわけではないだろうが、命を捨ててでも守りたいものを持っているようだ。
この旅の中、自分たちが油断をしていれば、はいつでも最悪の形で四人の前から姿を消してしまうだろう。
「……一人にしていいわけ?」
「最近、この町も妖怪の被害を受けるようになってきたって、さっき宿の人が言ってましたよ?」
「三蔵があんなこと言うからだろ?」
「うるせえよ」
「僕たちは探しに行きますからね」
「勝手にしろ」
三人が出て行ったドアの閉まる音がやけに大きく聞こえた。
部屋を出てきたものの行く当てがあるはずもなく、は落ち込んで、ただ歩いていた。
頭がクラクラする感じなのは、出血して貧血気味な上に興奮してしまったからだろう。
(あんなふうに、あんなこと言っちゃったら、嫌われるに違いないのに……)
好きなのに……でも、好きだから、言わずにいられなかった。
対等になれるとは思わない。
でも、ただ守られるだけの存在でいるのは嫌だった。
三蔵と、皆と一緒にいたい。
でも、だからこそ、彼らの負担になってしまう自分は許せない。
それが今のにとって唯一の望みであり、戦う上での矜持だった。
これだけは譲れない。
戦力で劣るのは仕方がない。だから、いつでも覚悟を決めて戦っている。
戦闘以外のところでも彼らの役に立てるなら、なんでもしたかった。
自分にもできることがあると、信じたかった。
どこをどう歩いて来たのかはわからないが、いつの間にか町外れまで来ていた。
道の先は林道へと繋がっている。
(心配かけてるかもって思うのは自惚れかな?)
今のにとって『帰る場所』は彼らの元だった。
でも、どんな顔をして帰ればいいのかわからない。
立ち尽くし、悶々と考え込んでいた。
聞こえた下品な笑い声に顔を上げたときは遅かった。