Potential episode-3-5
かろうじて息を吹き返しただったが、良くない状態はしばらく続いた。
早い段階で医者を呼び、出来うる限りの処置を施してもらったが、体温も血圧も低く、たまに薄く目を開けることはあっても意識は朦朧としているようで声を掛けても反応はなかった。
バイタルの数値が正常の範囲内に戻り、やっと一息つけたのは今日の午後。
……あの夜から丸三日と半日が過ぎていた。
「あとは意識が戻るのを待つだけですね」
「だな。顔色もだいぶマシになってきてっし」
「良かったぁ〜〜!」
喜ぶ三人を尻目に三蔵の顔色は渋かった。
意識が戻るまでは安心できないと思っているし、まだ他にも気になることはある。
「……問題はこの後だ」
「『問題』?」
悟空は不思議そうな顔をしたが他の二人には思い当たることがあった。
「まーな……」
「今のうちに少し話し合っていた方がいいかもしれませんね」
「何を?」
「またこんな事があっちゃたまんねーって話だ」
「『次はない』って、言われてますしね……」
過去の事例と今回の件で明らかになった事を材料に、まだわからない事を推測し、今後の対策を立てる必要がある。
の傍にはジープを残し、四人で隣の部屋に移った。
テーブルに三蔵と八戒、それぞれのベッドに悟空と悟浄が腰掛ける。
八戒は悟空にもわかりやすいように、そして、自分自身の考えを整理するように話を始めた。
「の力に関することでわかっているのは五つです――」
・その源が術を解く為に力を送っていた珠であること
・本来、使えるはずのないその膨大な力の一部を引き出してしまっていること
・その事がの身体に多大な負担を強いてしまうこと
・もう一度、暴走させたなら命の保証がないこと
・しかし、が生きる為には、その珠が必要不可欠であること
「珠がないと生きていけないけれど、それが存在することで背負うリスクもある……
身体のダメージは精神衛生上にもよくありません。
それを防ぐには珠の力を使わせないことです」
「でも、肝心なトコがわかんねーんだよな……」
「ええ。どんな時、何をきっかけに力を使ってしまうのか……最も重要な部分がわかりません。
それで、僕なりにいろいろと考えてみたんです。
まず『どんな時』ですが――」
が力を使ったのは今までに三度。
一度目は三蔵が重傷を負って瀕死の状態になった時。
二度目は悟空の金鈷が壊れた時。
三度目が土砂崩れに巻き込まれそうになった時。
「……つまり、誰かがなんらかの危機的状況に陥った時です。
そして、ここでポイントなのは『必ずしも自身の危機という事ではない』という点です」
「力を使えばその反動で何日も寝込む。
珠の力で一時的に目の前の危機を回避しても、その後でぶっ倒れてりゃ状況は大して変わらねえ。
それがわかってんだろう」
口を挟んだ三蔵の分析に八戒も同意する。
「たぶん、そうだと思います。
それがわかっていて力を使ってしまうのは何故か、そのきっかけは何なのか……
考えた結果、きっと、それは理性的な意思ではなく、本能的な感情なのではないかと……」
「感情?」
「そういや、最初の時は、は眠ってて何も覚えちゃいなかったな……
夢でもみるような感覚で力を使ったんだとしたら『感情がきっかけ』つーのも頷ける」
――では、どんな感情がきっかけに……?――
考えて黙り込んだ四人は同時に口を開いた。
「「「「 ……不安な時…… 」」」」
三蔵がケガをした時、にはその詳しい容態を知らせていなかった。
自分のせいでケガをさせてしまったと思っていたは三蔵の身を案じて、自分を責めて、食事も喉を通らなかった。
悟空の一件があった日、朝から様子がおかしかった悟空のことをはずっと心配していた。
斉天大聖の気を感じて部屋を出る三人のただならぬ様子も感じ取っていたはず。
先日も、崩れる山肌を見た時から土砂がジープに追いつくまでの間に恐怖や不安を感じていただろうことは想像がつく。
「でも、それだけじゃねー気もすんだけどな」
「妖怪が襲ってきたりで危ないのっていっつも、だもんな」
「ええ。不安な気持ちに、何かもう一つの要因が重なって……というところでしょう」
「……もし――」
珍しく仮定で切り出した三蔵に他の三人の視線が集まる。
「――精神的に不安定な状態にある時、が『命と引き換えにしても構わない』という程、強く何かを願ったとしたら――」
――その願いを、珠が叶えるとしたら――
全ては推論。
しかし、それはパズルのピースのように欠けていた部分にピタリとはまった。
人が『我が身を捨てても』と、思うのは、守りたい大切な何かがある時……
は三蔵を愛している。
その回復を願っただろう。
は悟空を弟のように思っている。
その暴走を止めたいと願っただろう。
そして、はこの旅の無事を願っている。
実際、もし、あの土砂崩れに巻き込まれていたら、全員無事では済まなかった。
「……つまり、こういうことですね」
――が力を使うのは、自分たち四人を守るため――
その結論は、四人にとってひどく重かった。
「……守ってるつもりだったんだけどなー……」
悟浄は悔しそうに呟き、
「、言ってた……『皆、大好きで、大事だ』って……」
悟空は前に聞いたの言葉を噛み締め、
「情けないですね……」
八戒はそう自嘲した。
「……俺を守ろうなんざ、百年、早えんだよ」
自分の不甲斐なさがの身を削らせている。
に向けた言葉を吐き出しながら、三蔵は自分自身に対する苛立ちに歯軋りしていた。
「……さっきも言いましたけど、大切なのは、今後、珠の力を使わせないようにすることです」
再び重苦しくなった部屋の空気を振り払うように八戒は話を本筋に戻した。
「どういった時にそれが使われるのかを推理して、一つの結論に行き着いたわけですが、ここで、また、問題点が出てきます」
「なに?」
悟空は悟空なりにこの会話についていこうと必死だ。
「珠の力がにとって大切なものを守るために使われるのなら、たとえジープから降ろして僕たちから離したとしても、それで済むわけではないということです」
「なんで?」
「どっか別の場所で新しい生活を始めても、そこで別の大切なモンを見つけたら、同じことだろ?
誰と何処にいても、の中に珠がある限り、使っちまう危険はあるってコトだよ」
「悟浄の言うとおりです。
それに、事情を知らない人の前で使ってしまったら、それがどんな結果になるかわかりません。
気味悪がられたり、利用しようとする人間が出てきたりしないとも限らない」
「じゃあ、ずっと俺たちと一緒にいりゃいいじゃん」
「それでは、最初にした『降りたいと思った所で降ろす』という約束を反故にすることになります。
それに、この先、西に向かうに従って旅の危険度は増すでしょう。
誰かがケガをしたり窮地に陥ったりしたら、は、また力を使ってしまう……」
「どっちにしても堂々巡りだな」
悟空はだんだんイライラしてきた。
暗いことばかり言う八戒も、軽口の一つもない悟浄も、ムスッと黙り込んだままの三蔵も、どうして重くなってしまう部屋の空気もうんざりだ。
悟空にとって、珠の力がどうとかの話は正直どうでも良かった。
大切なのは……
――これからもがそこにいて、元気に笑っていること――
「あ゛ーーっ! もう!! 皆、なんだよ!? 簡単なコトじゃん!!」
たまらなくなって悟空は立ち上がった。
「俺らがもっと強くなりゃいいだけだろ?」
「「「 は? 」」」
面食らったような顔の三人に悟空は続けた。
「だって、そうじゃん!?
俺は、がケガしたり寝込んだりしてるとこなんて見たくねえし、離れ離れになんのも嫌だし、こないだみたいに消えちまうなんて絶対、認めねえ!」
それは三人も同じこと。
「だから、が不安になったり心配したりしないくらい、誰にも負けないくらい強くなればいいんじゃん!!」
それが悟空の中で出された答。
「が力を使うのは俺たちの事、大事に思ってくれてるからだろ?
八戒、前、言ったじゃんか!? 『応えることだ』って!
だったら強くなるしかないじゃん!!」
実に悟空らしい単純明快な理論だった。
しかし、だからこそ、その言葉はストレートに響く。
「には元気でいて欲しいから!
いつも笑ってて欲しいから!!
だからっ!」
怒鳴るように一気にまくし立て、息を切らした悟空の言葉が止まった。
その先は聞かなくてもわかる。
――だから、強くなる――