Potential episode-2-4
自分のことを呼ばれたという意識はなかったが、悟空はその声に振り向いた。
目に飛び込んできたのは眩い金色の光。
(俺は……これを知ってる…………さん……ぞ……う……?)
ふわりと柔らかいものに包まれた。
光の中から現れた、細い腕。
「…………?」
「うん、私よ……やっと……名前、呼んでくれたね……」
ぎゅっ、と抱きしめられて、あたたかくて、気持ちよくて、少しずつ意識が遠くなる。
「落ち着いて……いつもの悟空に戻って……
私は、素直で優しい悟空のことが、大好きだよ……」
耳元で優しく囁くの声を聞きながら、悟空は気を失った。
目の前で起こったことを、三人は信じられない思いで見ていた。
宿に残してきたはずのの声が聞こえた。
悟空の前が、突然、金色に光り、その中から現れたが悟空を抱きしめた。
そして、光が消えると同時に二人の身体が倒れこんだ。
身体が金縛りにあったように動けなかった。
襲われそうになった男が逃げていく声と音で、やっと正気を取り戻す。
悟空とのもとに駆けつけると二人は意識をなくしていた。
「「「 ………… 」」」
三人は言葉もなくこの現実を受け止める。
に守るように抱きしめられたままの悟空の額には、新たな金鈷がつけられていた。
宿に戻って二人をそれぞれの部屋のベッドに寝かせた三人は、の部屋に集まっていた。
悟空は眠っているだけだ。明日の朝には目を覚ますだろう。
今、問題なのはだ。
激しく体力を消耗しているらしく、顔色は悪く、苦しそうな息を繰り返している。
「……あン時と同じだな」
「ええ……」
「…………」
『あン時』――が瀕死の三蔵を癒した時と同じ、金色の光と、不可思議な現象、事後のひどい衰弱。
『悟空! ダメぇっ!!!』というの声は三人にも聞こえた。
何故、があの状況を知っていたのか。
何故、あの場に現れたのか。
何故、金鈷を付け直すことができたのか。
考えても答えが出るはずのない問いだが、考えずにはいられない。
「三蔵、意識が戻ったら、から話をきいてもらえますか?」
「ああ……」
「……悟空のことは俺らが引き受ける」
「……そういえば、なんで奴の金鈷は壊れたんだ?」
三蔵の問いかけに悟浄と八戒の視線がぶつかる。
「……そりゃー、お前……」
「……相当、ショックだったんですよ」
「何が?」
少しイラついた三蔵の声に八戒と悟浄はため息をつきたい気分になる。
「……おメェらのことだよ」
「『俺ら』?」
「……ええ。三蔵とのことです……
とうとう悟空も気づいちゃったんですよ」
「‥ッ……」
三蔵はぐっと言葉に詰まり、バツが悪そうにそっぽを向いた。
この二人のことだから早い段階から気づいているだろうとは思っていたが、やはり面と向かって指摘されるときまりが悪い。
そして、朝からの悟空の不審な様子にやっと合点がいった。
言うつもりがなかった事を言ってしまって居心地が悪いのは二人も同じ。
「じゃ、俺らは悟空の方に行ってっから」
「いや、俺が行く。お前らはここにいろ」
一旦、立ち上がった二人を引き止めて、三蔵は悟空の部屋に向かった。
(寝顔はガキの頃のまんまだな……)
爆睡する悟空の顔は初めて会った頃の印象と変わらない。
寺に連れ帰って間もない頃、悟空の金鈷が壊れた時の事を思い出す。
取り押さえた時、悟空は泣いていた。
『…だって だっ… 俺また …置いてかれたんじゃって 思っ……』
「……中身も成長してねえんだな、お前は……」
ついたため息と悟空の寝息がハモった。
翌朝、目を覚ました悟空は、ベッドサイドの椅子に腰掛けたまま眠っている三蔵を見つけた。
(三蔵……なんでここに……?)
不思議に思って
「あ……」
昨日のことを思い出した。
(うわ……どうしよう……三蔵、ぜってー、スゲェ怒ってるよな……)
三蔵との前でどんな顔をすればいいのかわからないまま半日以上を過ごし、妖怪相手とはいえ大暴れしてしまった。
いや、妖怪相手だけではない。
不運にも居合わせてしまった『人間』にまで血塗れた手を振り上げた。
記憶はないけど身体が覚えてる。
止めてくれたのは……だった……
そして、今、三蔵がここにいる……
まだ完全に整理がついたわけではないけれど、少し、だが確実に昨日とは気持ちが違っていた。
横になったまま天井を見上げて、目を閉じる。
ため息をついて……
「……腹減った……」
いつものセリフが口からこぼれた。
スパーーン!!
「ってーーっ!」
顔面に強烈な一発をくらって飛び起きる。
「いつまで寝てやがる!
だいたい、テメェが一人でフラフラしてっからあんな事になるんだろうが!!
このウスラバカ!!」
いつもと変わらない叱り方、いつもと同じ怒鳴り声。
「うわぁっ!」
頭を抱えて縮こまる自分も、いつもと一緒。
「……とっとと顔洗ってこい」
言いながらドアに向かった背中に
「三蔵……」
思わず声をかけた。
「あのさ……その……ごめん……」
立ち止まった三蔵がため息をつく。
「……『置いてきゃしねえ』つっただろうが……バカ猿……」
(……え……?)
悟空が言葉を失っている間に三蔵は出て行った。
悟空は思い出していた。
三蔵と出会ってすぐの頃、寝ボケて暴れたことがあった。
あの時のことはよく覚えていないけれど……
『置いてきゃしねえよ …こんな どーしょーもねェバカひとりで――――』
そう言われたのはたぶん、夢じゃない……
三蔵と入れ替わるように悟浄と八戒がやってきた。
「起きたか? バカ猿」
「気分はどうですか?」
「……別に……悪くない」
「いや、そうじゃなくてだな」
「 ? 」
「少しは気持ちが落ち着きましたか?」
「……あぁ…………うん……まぁ……」
少々、歯切れは悪いが、確かに悟空の表情は昨日と少し違う。
「腹、減っただろ? ホレ、食え」
悟浄が差し出したものに悟空の目が再び?マークになる。
「何? ……弁当?」
「……が作ったんですよ。昨日ね」
「が?」
「悟空、昨日の朝、食べなかったでしょう?
後で食べられるようにって……」
「お前が食わなかったおかず詰めて、握り飯にぎって……
感謝しろよ?」
受け取った弁当に目を落とす。
すぐに蓋を開けられないのは気になることがあるから。
「……、どうしてる……?」
訊かれた悟浄と八戒の表情が少し曇る。
「まだ寝てる……つーか、意識が戻らねえ」
「え? ……どっかケガでもしてるの?」
「いいえ。でも、ひどく体力を消耗しているようです」
「…………」
「悟空、お前、何か覚えてるか?」
「……うん……が、俺のこと、止めてくれた……」
「それだけですか?」
「……突然、目の前にが現れて……あとは……よくわかんねえ……
でも、なんでが……」
「俺らにもわかんねえよ……」
「後は、快復してから本人に訊きましょう……
お弁当、ちゃんと食べてくださいね。
せっかくが用意したんですから」
「……うん……」
二人が出て行ってから、悟空は弁当を開けた。
二段重ねの折り詰め弁当。
中にはシュウマイ、から揚げ、春巻き、エビチリetc.のおかずにおにぎり。
最初におにぎりを頬張った。
(あ……)
おにぎりの具は悟空の好きなシャケだった。
(ちゃんと皮つきだ……)
――が目を覚ましたら部屋に会いに行こう――
――『弁当美味かった』って、『ありがとう』って、言おう――
いつもならあっという間に胃袋に流し込んでしまう量を、悟空はゆっくり噛み締めながら味わった。