Under the rose  忍夜恋曲者

次の町を目指して走るジープの上で、悟空が声を張り上げた。

「あー! ハラ減ったー!」

「はぁ? さっき昼メシ食ったばっかりだろーが!
まったくおめーはよー」

「なんだよぉ! 減るもんは仕方ないだろ?
、なんか食いもん持ってない?」

「んー、持ってない。あ、そうだ悟空、ちょっと耳かして」

「うん?」

は自分に向かって頭を傾けた悟空の耳たぶを、ギュッとつまんだ。

「いてっ! なにすんだよっ!」

は笑いながら返した。

「ここはね、ダイエットのツボなの。
強く刺激すると食欲が治まるんだって。
弱い刺激だと逆に食欲増進になるから、痛いくらいじゃないとダメなんだよ」

「ふーん。ここ?」

そう言うと悟空も笑いながらの耳たぶをつまんだ。

「痛っ、痛いっ!」

「だって痛いくらいじゃないと効かないんだろ?」

「私はお腹すいてないっ! 痛いってば! 離して!」

「そっちこそやめろよ!」

(あー、実に楽しそうにじゃれあってますねえ)

も案外、悪戯好きだよな)

八戒と悟浄は微笑ましい気分で二人を見ていたが、約一名、そうでない者がいた。

「うるせぇ!」

スパン! パン!

お互いの両耳をつまみ合っていた二人にハリセンがとぶ。

「「 いたー 」」

悟空とは、相手の耳から手を離して頭を押さえ、

「フン!」

三蔵は鼻を鳴らして、前に向き直った。

(心なしか、の方は手加減して殴ってますね)

(前だったら銃ぶっぱなしてたよな)

八戒と悟浄はそれぞれに、三蔵の微妙な変化に気付いたが、それは言わなかった。

「もうすぐ町に着きますから、もう少し我慢してくださいね。悟空」

「あー、、耳赤くなっちゃって。
悟空、お前、ちっとは加減しろ」

「え? ほんと?」

悟浄の言葉に、は耳をさすった。

「……ごめんな」

「ううん。最初に始めたの私だし。こっちこそごめんね」

「こうしてみると、の耳っていい形してるな」

「へ?」

「おいしそー」

(((( ……セクハラ河童…… ))))

「……悟空、席、変わって」

「あ、冷て」

「当然だ。エロ河童」

「なんで、三蔵が怒ってんだ?」

「くだらなさすぎて、聞くに堪えん」

(それだけでしょうかねぇ?)

思っても口には出さない。

が悟空とじゃれている間から三蔵の不機嫌度が上がっていったのを、隣に座っている八戒は敏感に感じ取っていた。

「ほら、町が見えてきましたよ」

「やったー! メシメシー!」

「メシったって、次は晩メシだろーが!」

「じゃあ、おやつ!」

「はいはい」

そんな会話を載せて、ジープは見えてきた町並みに向かって行った。

着いたのはなかなかに賑やかな町だった。
人通りが多いので歩いて宿を探す。

歩く時、は四人に合わせるため少し急ぎ足になる。
それでもいつも遅れてしまうのだが、体格差があるので仕方がない。

大して身長が変わらない悟空にも遅れてしまうのは、体力の差だろう。
少々遅れても目立つ連中なのではぐれる心配も少なかった。

「きゃ!」

いきなり横から飛び出してきた男とぶつかってはしりもちをついた。

「おい、なにぶつかってんだよ」

相手はいかにもなチンピラの二人組みだった。

わざとぶつかってきたのは明らかだ。
下手に謝ればつけこまれる。
は強気に出た。

「そっちからぶつかってきたんでしょ?」

起き上がりもせず、睨みつける。

「威勢のいいネーチャンだな」

チンピラの一人が面白そうに言った時、

「おい。どうした?」

、なに座ってんの?」

悟浄と悟空の声がした。

「この人たちとぶつかって転んだの」

悟浄は差し出した手を借りて立ち上がったの肩にその手を回した。

その間に八戒と三蔵も戻ってくる。

「僕たちの連れが何か?」

八戒が声を掛け、三蔵はその後ろから睥睨している。
四対二では不利とみたチンピラは這這の体で逃げていった。

「なんだ。あれ。ダセェの」

「大丈夫でしたか? 

「うん。平気」

「あー、もー、行こ。行こ」

「……悟浄……手……」

「いーじゃん、いーじゃん。
こうしてりゃ、もう変なのは寄って来ないって」

(それはそうかもしれないけどぉ……)

が思わずチラリと視線を向けたが、三蔵はもうこちらに背中を向けて歩きだしている。

「……うん……」

心中複雑なとは裏腹に、
悟浄は宿に着くまで、気分よくの肩を抱いていた。

宿の部屋。
三蔵は一人、いつものように新聞をめくっていた。

他の四人は買出しに行っている。

一人でいる時のこういう静けさは心地よかったはずなのに、何故か、今は落ち着かない。

最近、わけもなくイラつくことが多い。

「チッ」

タバコに火をつけようとしたライターもガス欠のようで点火できず、最後の一本だったマルボロを銜えただけでへし折った。

「……出る前に茶ぐらい淹れてけってんだ」

最近、お茶汲み役を引き受けていたは『の着替えも買った方がいいですね。悟空の服を借りてばかりじゃ可哀想ですし』という八戒の言葉を受け、一緒に出かけていた。

その時、フラッシュバックした場面

――悟空とじゃれて楽しそうにしている笑顔――
――悟浄に肩を抱かれている様――
――大喜びで八戒に付いていった姿――

に、眉間の皺が増えたが、その事に三蔵は気付いていない。

(なんだってんだ。まったく……)

それは不可解極まりない居心地の悪さだった。

「遅ぇんだよ……」

主語のないそのつぶやきが、タバコを指しているのか、他のものを指しているのか、三蔵にもわからなかった。

「ただいま〜!」

主に食料の入った袋を両手に抱えた悟空はご機嫌で帰ってきた。
きっと、買い食いもしてきたに違いない。

「遅くなりました」

「俺にばっか、重えモン持たせてんじゃねーっての!」

八戒も悟浄も大荷物だが、いつものことではあった。

「おい、アイツはどうした?」

の姿が見えない。

「なんか、買い忘れたもんがあるんだと」

「男が一緒だと、しにくい買い物もあるでしょうからね。
妖気の類も特に感じませんから、大丈夫ですよ」

なるほどとは思うが、どうにも心もとない。

三蔵にとってのは目を離すと何をしでかすかわからないという印象がある。
実際、この町にきてからのわずかな間にも、チンピラにからまれたりしていた。

「どこ、行くんだ?」

ドアを出ようとする三蔵に悟浄が声をかける。

「タバコが切れてんだよ」

「あ、タバコなら――」

『買ってある』と続けようとした悟空の口は悟浄の手によってふさがれた。

「いってらっしゃい」

意味ありげな笑顔を浮かべた八戒が更に言葉を続ける。

「もし途中でに会ったら、連れて帰ってくださいね。
カードも預けてますから」

「知るか」

三蔵は不機嫌なオーラをまといながら出て行った。

「なんだよ? 悟浄?」

悟空が悟浄の手をどけながら口を尖らせる。

「お子様にゃあ、わかんねえことだ」

「素直じゃない人ですからねぇ」

「つか、あれは本人も、まだわかってないんじゃねえ?」

「ああ。それはありえますね」

「だから、何が?」

やっぱり悟空にはわけがわからなかった。

外に出た三蔵だったが、タバコを買おうにもカードも現金も持ってないことに気付いた。

しかし、部屋に戻るのもしゃくだ。

(アイツを探すしかねえってことか?)

してやられた気分に舌打ちする。

ここのところ、何か、どこか、調子が狂っている。
ため息をつきながら、三蔵はニコチンの必要性を感じていた。

もてあまし気味の苛つきを抱えたまま、勘だけで歩いていたのに、を見つけられたのはさすがというべきだろうか。

は左手に買い物袋を抱え、右手の甲に息を吹きかけながら歩いていた。

「おい! その手はどうした?」

声を掛けられたが驚いたように振り返る。
その顔には『マズいとこ、見られた!』と書いてあった。

「これ?」

の右手は指の付け根が赤く腫れ、ところどころが痣になり、中指の付け根の関節部分からはわずかに出血していた。
何かを殴りつけた時にできる傷だ。

「さっきのオニーサンたちに会っちゃって……
転ばされたお礼してきたの」

「……ったく。目を離してるとろくなことしねえな。お前は」

「だって、降りかかる火の粉は払わないと、ね?」

「減らず口が」

「ちゃんと自力で対処したじゃない? なんで怒るの?」

「今回はたまたまだろうが。
それに俺は面倒に巻き込まれるのは嫌えなんだよ」

「はい、ごめんなさい……今後は気をつけます。」

「そうしろ」

そう言って、三蔵は歩きだし、はその後に続いた。

歩きながら、は言ってみた。

「ねぇ。ひょっとして、迎えに来てくれたとか?」

「タバコを買いに来ただけだ。くだらねえことを言うな」

予想していたとおりの答えには笑ってしまった。

「タバコなら、さっき八戒が買ってたよ。入れ違いになっちゃったの?」

「かもな……」

「もう買ったの?」

「まだだ」

「じゃあ、買ってくるね。ちょっと待ってて」

は小走りで店に入っていった。

「はい」

その声と共に三蔵に差し出されたのはマルボロ赤のソフトと使い捨てライター。

「ライターのつきも悪くなってたよね?」

三蔵は無言でそれらを受け取り、早速、火をつけた。

タバコにありつけて、やっと、さっきまでのイラつきが消えた。
礼の代わりに言ってやる。

「帰ったら、茶を淹れろ」

口に出して言ってやるつもりはないが、コイツの淹れる茶は美味い。

は嬉しそうに笑いながら「うん」とうなずいた。

気持ちが落ち着いたのはタバコのせいだけではないことに、三蔵はまだ気付いていなかった。

…………シノビヨル コイハ クセモノ…………

end

Postscript

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