Brothers  三文芝居

その時、一行は分かれ道で行き先に頭を悩ませていた。

思い起こせばひと月程前。
隊商が妖怪の盗賊団に襲われているところに出くわし、見て見ぬ振りもできず助けてやった。

その後、それが思わぬ展開をもたらしてしまったのだ。

その隊商の連中が行く先々でその事を話題にしたらしく、『この近辺に三蔵法師一行がいる』と広範囲に知れ渡ってしまったらしいのである。

最初の半月はやたらと妖怪の襲撃があり、他人を巻き込む事を恐れてほとんどを野宿で過ごす事になったし、襲撃が少なくなり付近の妖怪は一通り退治できたようだと安心して立ち寄った町や村では、素性を知られた途端、大歓迎された。

人々の善意や厚意は有り難く受けるべきなのかもしれないが、三蔵にとっては崇められたり説法をせがまれたりというのは煩わしいことでしかなく、『歓迎』と称して大騒ぎされるのは妖怪を呼び寄せることにも繋がりかねない。
いずれにしろ喜ばしい状況ではなかったのだ。

そして、今、次に行くべき場所を選びかねていた。

一つは割りと大きな町。
買出しや宿をとるには適しているかもしれないが、町自体が古くからある寺の門前町として栄えているらしいことから『三蔵一行』だと知れた時の反応が怖かった。

一つは村。
当然『町』よりも規模は小さく、物資の購入や宿の確保が十分にできるかどうかには不安があるし、ルートとしても少々遠回りになる。
更に村だからといって三蔵一行の来訪に過剰反応をしないという保障も無い。

「どっちにしましょうか?」

地図を見ながら誰にともなく訊いた八戒に返ってきたのは

「美味い飯屋のある方」

「美人が多そうな方」

「煩え、バカ共、死ね」

というやりとり。

それで、

はどちらがいいと思います?」

と、軽くため息をつきながら、まともな答えをくれそうな相手に水を向けたのだが、返事はなかった。

? 寝てるんですか?」

振り向いてみると、はそこで初めて気付いたように顔をあげた。

「あ、ごめん……ぼーっとしてた」

その返事の、起き抜けの様な、それでいて眠気は感じさせない声に違和感を覚えた四人の視線がに集中する。

「顔色が悪いな」

三蔵の言葉に、悟空も

「うん。真っ青だ」

と、同意した。

「どれ?」

と、の額に手を当てた悟浄が驚いた声をあげる。

「おい! お前、すげえ熱あんぞ!?」

「……ごめんなさい」

小さく呟いたは目を開けるのさえ辛そうで、それが目的地を決めさせた。
より近く、医者がいそうなのは町だ。

要は正体がばれなければいいのだ。

(……あの手を使いますか……)

ジープを走らせながら、八戒はその策に頭を巡らせていた。

帳場で宿の主人は飛び込みの客を相手に少なからず面食らっていた。
場所柄、参拝客や旅行客は多く、中には変わった客もいたが、この一行の怪しさは格別だ。

全員が頭からすっぽりと布を被っているが、巡礼や遍路の類には見えない。
サングラスをかけた四人は男のようで、そのうちの一人に支えられるようにして立ち、牛乳瓶の底のようなメガネをかけているのは女のようだった。

女はどうも体調が良くないようで、それを支えている男が俯いたままなのは、女を心配しているようにも、顔を隠しているようにも見えた。

そして、怪しさに更に拍車をかけたのが宿帳に書かれた名前だった。

   『 ハヤブサ 太郎
            次郎
            三郎
            花子
            四郎 』

……なんとも胡散臭い。

「ご兄弟ですか?」

思わず訊ねると

「ええ」

簡素な肯定が返って来た。

客に対してあれこれ詮索するわけにもいかず部屋へと案内したが、少し気をつけていた方がいいかもしれないとは思った。
たまたま傍にいた母親に『心配しなくても大丈夫だ』とは言われたが、元はこの宿を取り仕切っていた大女将でも、引退して人を見る目は鈍っているかもしれない。

この町に集まる人間の中には、たまに、寺院の仏像等を狙う盗賊もいたりするのだから、用心するに越したことはない。
比較的、従業員の詰め所に近い部屋へ通したのもその為だった。

「あのオヤジ、犯罪者でも見るような目で俺らのこと見てたな」

内容の割りに楽しそうに笑いながら言った悟浄に

「仕方ありませんよ。このいでたちですからね」

八戒は苦笑した。

宿が用意してくれた部屋は二つ。
いつものように2−3に分かれることにしたが、取り急ぎを寝せた部屋に全員が集まっていた。

「なあ、、大丈夫?」

ベッドで眠っているは、まだ熱も高いし、ぐったりとしていて悟空は心配だった。

「寝てりゃ治る。医者もそう言ってただろうが」

三蔵は答えながら、無意識のうちにタバコに伸ばしていた手を止めた。

宿に入る前に見つけた個人医院で診てもらったところ、過労と鉄欠乏性貧血とのことだった。
点滴と鉄剤の処方を受け、二、三日の安静を言い渡された。

「このひと月、なにかと慌しかったですからねえ」

「野宿は多かったし、宿に泊まった時もいろいろ騒がれてゆっくりできなかったからなー」

「まともな飯もあんま食ってなかったよな。缶詰とかばっかで」

「……こうなった以上、しばらくここに泊まってなきゃならねえんだ。
正体がバレるような真似はすんじゃねえぞ」

素性が知れた時の反応はただでさえ煩わしいのだ。
がこんな状態なら、騒がれたりそれが元で妖怪の襲撃を受けたりする事態は、なおさら避けなければならない。

「ええ。この町にいる間は『旅行中の五人兄弟』って事で……
いいですね? 皆さん」

「うん、わかった。"三郎兄ちゃん"」

「"太郎兄さん"は外出禁止な。格好とかデコとか見られたら一発でバレちまう」

「貴様らな……」

「自重してもらわなきゃいけないのは"次郎兄さん"もですよ。
個人的な外出は控えてもらいます」

「ええー? "三郎"ったら、キビシー」

「ぎゃはははっ!」

「楽しんでんじゃねえよ! てめえら!!」

「ああ、そんな大声出すと"花子"が起きちゃいますよ?」

咄嗟に見たはよく眠っているようで、四人はホッとした。

「冗談はともかく、正体を悟られない為にも他人との接触をなるだけ避けた方がいいのは事実です。
この宿は食事を部屋まで運んでくれるみたいですから、必要な場合以外は極力、部屋から出ないでいましょう。
部屋にいる間も――」

「『コレ』被って『サングラス』……だろ?」

「ええ、僕たちの特徴も伝わってないと限りませんからね」

「こんなカッコとか、大人しくしてなきゃなんないのはウゼェけど、しょうがないかあ……
"花子姉ちゃん"には元気になってもらわなきゃだもんな」

「だったら、こんなとこで話し込んでねえでてめえの部屋へ戻れ」

言う事に一応の理屈は通っていても、この状態を面白がっているとしか思えないような三人の態度に、三蔵のこめかみには青筋が立ちっぱなしだった。

「はいはい。買出しに行きますし、おいとましますよ」

「"花子姉ちゃん"になんか美味いモン買ってくるから」

「お留守番よろしくねん"太郎兄さん"」

「行くならとっとと行け!」

三人が出て行った後、三蔵はテーブルの上の湯呑みに口をつけた。
が、八戒が淹れた茶はすっかりぬるくなっていた。

自分で淹れ直す気にはなれない。
いつもならが淹れてくれるのだ。

「……一人で寝こけやがって……」

眠り続けるに悪態をつきながら、それでも、その顔色が少しはマシになっていることに安心していた。

は宿に泊まらない事にも食事の内容にも何一つ文句を言わず、元気に振舞っていた。
説法をせがまれて不機嫌な三蔵をなだめるのはの役目だったし、『三蔵様御一行』を訪ねて来る人々の対応を一手に引き受けていた八戒の気苦労に配慮して、その他の雑用を引き受けたのもだった。
いつもニコニコ笑って、それなりに楽しそうにしていた。

しかし、そんな日々の中で、身体には少しずつ疲れが溜まっていたのだろう。

その事に、気付いてやれなかった。

元々、自分は静かな時間を過ごす事を好んでいるのだ。
部屋に缶詰になることもそれほど苦ではない。
何よりには休養が必要だ。

そう思えば今の状況はそう悪くもない――

――そう悪くもない――と、思えなくもなかったのだ。
あの時の三蔵には……

「あー! "次郎兄ちゃん"が俺のおかず盗ったー!」

「ハッ! 油断してる方が悪いんだよ!」

「ああ、もう、二人とも今日くらい行儀よく食べられないんですか?
"花子"は体調が良くないんですよ?」

「だったら、なんで、てめえらまでこの部屋で飯食ってんだよ!?」

「だって、大勢で食った方が美味いじゃん」

「ベッドが二つしかねえ分、こっちの部屋の方が広えしな」

「持ってくるのはともかく、後片付けはこの方が楽でしょうからね。
何日か滞在するんですから、少しくらいは宿に気を使わないと」

食事の膳を運ぶ宿の人間の前で繰り広げられる、いつもと同じようでいて、いつもとは違うやりとり。

そう、三蔵にとって『悪くない』はずだったのだ。

こんな猿芝居に付き合わされることさえなければ!

「いいじゃない。
私も熱はだいぶ下がったし、皆で食べる方が楽しいもん」

まだ少し熱はあったがも同じテーブルについていた。

一眠りして、支えなしで歩けるようにはなっていたが、動きや喋りはまだ、いつもよりかなりスローテンポだ。

三人が買出しから帰った頃に目を覚ましたは、聞かされた『この町にいる間は五人兄弟』という設定を面白がった。

変装用の瓶底メガネも何故か気に入ったらしく『このメガネをかけるなら』と、髪をおさげに結ったりしている。
つまりは悪ノリしているのだ。

それだけ回復したのだと喜べる程、寛容にはなれない。
三蔵はサングラスの奥で眉間の皺を深くしていた。

そんな三蔵をよそに悟空と悟浄は食事を始め、八戒は給仕の仲居と他愛のない話をしていた。

「そう言えば、皆さん、部屋の中でもサングラスなんですね」

「ええ、目が光に弱い家系でして、もう癖になってるんです」

「そーそー。顔は似てねえのに、変なとこばっか似ちゃってんの」

八戒の口からでまかせに乗って口を挟んだ悟浄のセリフに、八戒は更に乗って言葉を返した。

「顔が似てないのはしかたないですよ。皆、母親が違うんですから」

確かにそれは嘘ではない本当のことなのだが、傍にいた仲居はきまりの悪そうな表情を浮かべ、そそくさと部屋を出て行った。

「悪ふざけが過ぎるぞ」

三蔵はもう突っ込む気にもなれず、それだけ言って食事にとりかかった。

「でも、それで、仲居さんすぐに出て行ってくれたでしょう?
居座られてボロを出したらまた面倒なことになりますよ?
それに、複雑な家庭事情を匂わせておけば、客商売をしている以上、正面から訊いてくることはなくなるでしょう。たとえ内心では興味津々でもね」

八戒の言うことにも一理ある。

こうして『旅行中の五人兄弟』に『腹違い』という要素がプラスされた。

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