Strange tea

酔った勢いだったのだと思う。
三日ぶりに宿に泊まれて、温かい食事がとれて、確かに酒もすすんでいた。
しかし、それも今更だ。

「この町の限られた畑でしか取れない特殊な茶葉があるんですが、飲んでみませんか?」

宿の主人にそう茶を勧められたのは食堂での夕食後だった。

「私、飲んでみたい」

「せっかくのおすすめですし、試してみたいですね」

と八戒が乗り気になったので、それを淹れてもらった。

「おいしい」

「ええ、口がさっぱりしますね」

「んー、普通のお茶?」

「つか、これ、薄くね?」

と八戒には好評だったようだが、悟空と悟浄にはそうでもないようで、三蔵も後者に同意だった。

「あえて薄く淹れてるんです。実はこのお茶ですが……」

と、始まった主人の説明によると、この茶葉には様々な効能があるらしい。
だが効き方が不安定過ぎるのだという。

「別名『度胸試しの茶』と申しましてね。
飲んだ人間の体質やその時の体調、食い合わせとかによって、身体にどんな変化が起こるかわからないんです。
前に飲んだ時こうだったからといって次に飲んだ時、同じになるとは限りませんし。
ああ、別に命に関わるようなことはありませんよ? まあ、せいぜい腹をくだす程度です。
もちろん何も変わらない人間もいますし、酒が強い人間には効果が出にくいようですね。
飲んですぐに効果が表れる人もいれば、時間が経ってから効き始める場合もあります。
お茶自体に常習性はありませんし、薄く淹れれば何の問題もなく飲めます。
油分を分解するので食後のお茶には最適なんですよ」

いかにも胡散臭い話だったが……

「おもしろそう! そっち飲んでみたい!」

「『度胸試し』ってネーミングがいいねぇ。男なら飲まなきゃだろ」

悟空と悟浄が面白がってしまった。

「くだらん」

三蔵はそう一蹴したのだが

「言うと思った」

呆れたような口調とは裏腹の悟浄のその挑み顔にムッとした。

「ちょっとした遊びじゃねーか。ヤだね〜、遊び心もない堅物サマは」

続けられた言葉が挑発だということは承知していた。
やけに絡んでくるのは悟浄も飲み過ぎていたからだろう。
だから聞き流してやろうと思ったのだが――

「ま、坊さんは度胸試しより、読経の方が得意に決まってっか」

「ふざけたことばかりぬかしてんじゃねえぞ、クソ河童」

カチンときたと意識する間もなく、反射的に言い返していた。

そこからの、売り言葉買い言葉の応酬はよく覚えていない。
やっと少し頭が冷えたのは

「いいか! 一気に飲み干せ!?」

「たりめーだぁ!」

そのやり取りの直後、口に流し込んだ茶の渋みを感じた時だった。
もちろん件の茶だ。
新たに淹れなおされたそれは当然、薄くはなかった。
しかし、もう後戻りはできなかった。

酔った勢いだったのだ。

互いに飲み下して鼻を鳴らす三蔵と悟浄の周りで、

「にっが〜〜」

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

「身体に良い効果だといいなぁ」

悟空と八戒とも、三者三様の反応を見せていた。

そういえば、悟浄と二人で『お前らも飲め!』だの、『高みの見物、決めこんでんじゃねえよ』だの、言った気もする。
つまり、五人全員、怪しげなものを口にしてしまったわけだ。
だが、もう取り返しはつかない。

「で? 何か変わったことがある奴はいるのか?」

誰も特に変化があるようには見えなかったが、場と気を取り直すために言ってみた。

「俺は別に、なんも――」

言っている途中で悟空はガクッと頭を垂らし、そのままテーブルに突っ伏していびきをかき始めた。

「ああ、悟空には睡眠薬として作用したんですね」

先ほど聞いた薬の効能は『寝る』『腹をくだす』『胃痛が治る』『頭痛が治る』『熱が下がる』『咳が止まる』『花粉症の症状が治まる』等があった。
つまり、睡眠薬、下剤、胃腸薬、鎮痛、解熱、咳止め、鼻炎薬。
それだけの可能性がありながら、どう作用するかは運次第なのだという。
ただ『お茶のおかげで子宝を授かった』とか『お茶のせいで浮気がばれた』とかは眉唾だろう。
因果関係が不明だ。

「え? こんないきなり寝ちゃうの?」

「さ〜すがお猿ちゃん、消化吸収が早いね〜! ハハハハ‥ハ――」

小馬鹿にしたように笑っていた悟浄の声が徐々に乾いて止まった。

「悟浄? どうしたの?」

「ちょ……便所」

後半を消え入るような声で言って立ち上がった悟浄に同席者達は容赦ない。

「あなたも消化吸収がいいみたいですね」

「下剤か。まさにクソ河童だな」

「うるせー!」

言い返しながら足早に出入り口へと向かった悟浄は

「先に部屋に戻ってますよー!」

という八戒に手を振るだけの返事をして食堂を出て行った。

「じゃあ、僕は悟空を連れて行きますので」

と、悟空を抱えた八戒には変わった様子は見られない。
酒が強い者には効きにくいという話だったので、酒豪の八戒には平気なのだろう。

今日とれた部屋は二つなので2−3に分かれて泊まる。
三蔵とも席を立ち、一緒に食堂を後にした。

部屋に戻って順に風呂も済ませたが、三蔵もも特に変化は感じていなかった。
何も変わらないクチだったのだろうということで、一連の件を落着させた。

いつものように三蔵は椅子に腰掛けてタバコをくわえながら新聞を読み、は布団に入りベッドヘッドに寄りかかって本を読んで過ごしていた。

新聞を読んでいるうちに、三蔵はふと気づいた。

「なんだ?」

が度々こちらをチラッと見ているのだ。

「三蔵の様子は変わんないなと思って」

答えたがアッという表情をして口を押さえる。

その失敗したというような様子に少しばかりムッとした。

「変わった方がいいような口調だな」

「そんなことないけど、悟浄みたいなことになったら面白いかもって」

「ほう」

はっきりとムカついたが、同時に違和感も覚えた。
こんな三蔵が不機嫌になるとわかりきっていること、いつものなら言わずにごまかそうとするはず。

事実、は度重なる失言に慌てていて、読んでいた本が床に落ちたことにも気づいていない。
うかつにすぎる正直さと言ってしまった後でうろたえる態度がにしてはありえなさすぎる。

三蔵は新聞を畳んでテーブルに置き、タバコをもみ消した。

「どうした? 今夜はやけに素直だな」

「なんだろ? 口が勝手に動いちゃう……」

は明らかに困惑している。
確かに何か不満があるわけでもないのに憎まれ口をきくような奴ではない。

ということは何か他に理由があるはずだ。
そして、今夜、いつもとは違うことがあるとしたら心当たりは一つしかない。

「あれだな。お前にもあの茶の効果が出てるんだ」

言ってやると

「うそぉ〜〜!」

悲鳴にも似た声をあげて頭を抱えた。

「え? でも、どんな効用?」

不安そうなに確認をとってみる。

「意に反して発言してしまうんだな?」

「……うん……」

「だが、それは全部、本音なんだろ?」

「そうです。ごめんなさい」

叱られることを覚悟しつつ自供しているような様子に確信を持つ。

「あの茶がお前にどう作用してるかわかるか?」

「わかんないよ……」

半べそで答えるに言ってやる。

「自白剤だ」

「えぇ〜〜っ!? なにそれ〜〜っ!!」

『茶のせいで浮気がばれた』という話のタネ明かしは、たぶんこれだろう。

「つまり、今のお前は、なんでも白状しちまうってことだ」

「――っ!」

は声にならない声をあげ両手で口を覆った。
にとっては恐怖以外のなにものでもないだろう。
だが、三蔵にとっては面白いおもちゃを見つけたようなものだった。

三蔵はむかついていたことも忘れ、椅子から立ち上がった。
移動し、のベッドの上で片膝を立てて、と向き合う。

せっかくの機会だ。さあ、何を吐いてもらおうか?

「野宿の間、残っていた最後の缶ビールを飲んだのは誰だ?」

「……悟浄……です」

「昨日の休憩中、お前と悟空が蜂に追われた理由は?
ただ巣の近くを通っただけで蜜蜂が人を襲うとは思えんが?」

「……『蜂蜜でもないかなあ?』って……悟空が巣を触りました」

「今日、町に入る前、ジープが急停車した本当の理由は?」

「……『横でずっと居眠りされてるのは軽くイラつく』って……八戒が……急ブレーキを」

「『猫が飛び出してきた』ってのは嘘なんだな?」

「……そういった事実は……ありませんでした……」

ところどころ口ごもったり丁寧語になっていたりするのは、密告する形になってしまっている故の奴らへの罪悪感と三蔵の勘気を恐れてのことだろう。
小さくした身体を隠すように端を口の下まで引っ張り上げている布団の中ではきっと、三角座りの膝が胸に付いているに違いない。

「なるほどな」

あの三人に思うところがないわけではないが、それよりも、今はあっさりと口を割るで遊ぶことの方が重要だ。
少々暑く感じるのは、めったにないことに気が昂っているのだろう。

「で? お前は? 俺に言いたいことはないのか?」

「……ないと言ったら……嘘になります……」

内容によってはただじゃおかないが、とりあえず、聞いておこう。

「言ってみろよ」

「……三蔵の持ってるクレジットカードは旅の生命線だから……しっかり管理してて欲しいなって……思います……」

正論ではある。
ただし、決して口に出して認めてやる気はないが。

「他は?」

「……タバコが切れてイライラするんだったら、買える時にもっと買っておくとか、野宿の時は本数をセーブして調整するとか、して欲しい……です……」

「行き着いた店に十分な在庫があるとは限らんし、戦闘の中で駄目になることもある。よって却下!
……まだあるだろ?」

「…………感謝してます」

いきなり、内容のベクトルが変わって面食らった。

「感謝?」

「助けてくれて、旅に加えてくれて……こうして一緒にいられて……嬉しい……」

うつむいて途切れ途切れに言うの頬には赤みがさしていて、

「から……ありがとう」

言い終わると同時にこちらへ視線を寄越したその上目の表情に少なからず動揺した。
さっきから鼓動が速いような気がするのは思い過ごしだと自分に言い聞かせる。

だが、

「……大好き……だから、旅が終わっても……そばにいさせて……ください」

真っ赤になりながらそう言われて、平常心など吹き飛んでしまった。

そっと近寄って、恥ずかしさに耐えかねるように顔を伏せてしまったの真っ赤な耳に吹き込む。

「正直な褒美に教えてやろう」

「……なに?」

少しだけあげた顔はまだ赤い。

「俺にも茶の効用が出ている」

感じる自身の変化と聞いた話を突き合せればそうと結論付けるしかない。
『暑い』のではなく『熱い』のだ。
気持ちだけでなく身体も昂っている。
『茶のおかげで子宝に恵まれた』という眉唾の真相は間違いなくこれだ。

「え? どんな?」

問いかけるその声音には三蔵を心配する気持ちがあふれていた。
同じ茶を飲んで、自分もこんなめに合っているというのに、どこまでお人好しな奴なのだろう。

三蔵はひどく愉快な気分になって、言ってやった。

「催淫剤、もしくは精力剤だ」

虚を突かれたのか一瞬きょとんとしたように固まったの顔が再び真っ赤になる。

「茶のせいだ。あきらめろ」

詰めていた距離を幸い、三蔵はに襲い掛かった。

(――そういえば、「茶」という隠語もあったか――)

例の茶は渋かったが、これから味わう茶は甘そうだ。

end

Postscript

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