Wreath of white clover

よく晴れて暖かい春らしい午後だった。

「ハラ減ったぁ!」

悟空はいつものセリフを口にしながら大の字に寝転がった。
見上げた空は高く澄んで、時折吹くそよ風も気持ち良かった――

野宿の後でジープを走らせ、昼をまわったあたりでこの村に着いた。
小さな村だが、遅めの昼食をとった食堂の飯も美味かったし、食料品店や薬局、雑貨屋もあって買い出しも出来た。
しかし、惜しいかな宿屋だけはなかった。

連続の野宿覚悟で出発するか、どうにかして泊まれるところを探すかと相談していた時、居合わせた村人に言われたのだ。
『泊まれそうな場所がある』と。

詳しく話を聞いて、管理している人間に宿泊の許可をもらったその場所は村の集会所だった。
多目的な用途で作られたらしいそこは、メインの広間の他にトイレと小さな台所、さらに何故かシャワー室まであり、一晩の宿には十分だった。

普段の日中は広間に長机と椅子を並べて学校代わりに使われているとかで、一行が訪ねて行った時は子供たちが勉強していた。

「では、僕と悟浄で布団を借りてきますから」

「俺は? 行かなくていいの?」

「ジープの後ろに布団、五組も置くんだぞ?
いくらオメーがチビでも乗れねーだろ」

「じゃあ、悟空、授業が終わってから私とここの準備をしようよ。
机を動かして二つ並べればベッド代わりにできるでしょ?」

四人がそんなふうに作業の割り振りをしている間に、三蔵は台所の隅にあったパイプ椅子に座りタバコをふかしていた。
だが、三蔵のそういう性格は全員が知っているので誰も何も言わない。

ほんの少し困ったことになったのはその後だ。

布団が届く前に「あとは敷くだけ」という状態にしておきたいのに、授業が終わった子供たちは友達同士で遊んだりお喋りしたりで、なかなか帰らないのだ。

もう、子供たちがいても仕方ないとあきらめて広間に入っていった悟空とだったが、あっという間に取り囲まれた。
『だれ?』だの『どこからきたの?』だのの質問攻めにあい、答えるうちに子供たちの口から出るものは質問から『あそんで』の要求へと変化していった。

そのままでは収拾がつかなくなりそうで、なにより子供たちの勢いに圧倒されて、つい、二人して『わかったから!』と言ってしまい、『用事が済んだら一緒に遊ぶ』と約束してしまったのだ。

机を並べ替えたり拭いたりの『用事』は二人でやるとすぐに終わった。
そして、すべきことがなくなった二人を子供たちが待ち構えていたのだった。

走り回るのが好きな子もいれば、静かに遊ぶのが好きな子もいるようで、自然と前者を悟空が、後者をが相手することになった。

集会所のすぐ横には芝の野原が広がっている。
悟空はそこで元気いっぱいの子供たちと鬼ごっこをした。
散々、追いかけて、追いかけられて、悟空自身も楽しくなって、はしゃいで、笑った。

そうして遊んでいる間に、疲れたり、お腹が空いたり、親が迎えに来たりして子供たちの数は少しずつ減っていき、やがて、鬼ごっこ組は解散となった。
『バイバイ』と手を振りながら帰っていく子たちを悟空も手を振り返しなから見送った。

「ハラ減ったぁ!」

言いながら寝転がって、日差しの眩しさやよく運動した後の爽快感に、少し昼寝をしてもいいかと目を閉じた……のだったけれど――

「あー! ここ、ダメだっ!」

身体を起こした悟空は立ち上がって、背中や足をはたいた。

服の布越しに芝がチクチクして、眠るどころではない。
『痛い』というよりも『痒い』に近いその感覚はとても我慢できなかったのだ。

ふと見ると、最初は部屋の中で子供たちの相手をしていたはずのが外にいた。

野原の一角、芝ではない雑草が茂っているあたりに、二、三人の女の子と座り込んでいる。
ヒマなのでそっちに行ってみることにした。

、なにしてんの?」

声を掛けると、下を向いていたが顔を上げた。

「四つ葉、探してるの」

そういえば、たちが座っているところに生えている草はクローバーだ。

誰から聞いたのかまでは覚えていないけれど、クローバーの葉が普通は三つ葉で、たまにある四つ葉がラッキーアイテムとされていることは悟空も知っていた。

「あった?」

「ううん、なかなか見つかんない。
子供たちは探すのに飽きて花で遊びはじめちゃった」

はそう苦笑しながら子供たちへと視線を送り、それにつられて悟空もそちらへと顔を向けた。

女の子たちはにこにこしながら白く丸い花を一輪ずつ摘んでは、手を動かして何かを作っていた。
よく見ると、皆、クローバーの花で編んだ首飾りとか、花冠とかをつけている。
子供たちが小さな手を動かして素朴なアクセサリーを作っている図というのは微笑ましかった。

「上手に作ってるな」

一番幼く見える子の横に座って言うと、その子は悟空の顔を見上げてにっこり笑った。

「おにいちゃんもつくる?」

「え? 俺?」

思ってもみないことを言われて戸惑った。
だけどニコニコ笑いながら自分に摘んだ花を差し出している小さな女の子をがっかりさせるのは可哀想な気がする。

「覚えてっかなぁ?」

そう言いながら花を受け取って、悟空は手に残った記憶を頼りに指を動かした。
半分以上は勘だったけれど、どうやら当たっていたようだ。
貰った数本の花は一つに連なった。

「おにいちゃん、じょうずー!」

女の子はパチパチと手を叩いて喜んでくれて、

「あら、本当」

も少しびっくりしたような顔をしている。

悟空はなんだか嬉しくなった。

「じゃあ、もうちょっと続けよっかな」

気を良くした悟空が次に編む花を摘もうと手を伸ばした時、

「花の編み方なんて、よく知ってたね」

知らないうちに移動していたがそう言いながら隣に座った。

「あ……そういや……いつの間にか知ってたな」

「『いつの間にか』?」

「うん、三蔵んとこの寺に行った後さ、悟浄や八戒に会うまでの間って遊んでくれる人なんていなくて、三蔵が仕事してる間は一人で遊んでたんだ。
その頃にもたまに編んだけど……なんで知ってたのかは俺にもわかんねえや」

昔のことを思い出しながら考えてみたけど、岩牢を出た後で誰かに教えてもらったわけじゃないようだとしかわからない。

「そっか……
でも、『三蔵に教えてもらった』とかじゃなくて良かった。
そんなこと言われても驚いていいのか笑っていいのかわかんないもの」

のそのセリフを聞いた悟空の頭に、三蔵の仏頂面が浮かんだ。
想像の中のその金色の頭には白いクローバーの花冠が載っている……

「ありえねえ〜!」

「よね〜!」

そう二人で笑って、悟空は続きを編み始め、も下を向いた。

――……ごめんね――

その呟くようなボリュームのの声は悟空にはよく聞き取れなかった。

「ん? なんか言った?」

「ううん、なんでもない」

は四つ葉、見つかってる?」

「ぜんぜんダメ」

そんな会話をしているうちに迎えの人がきた子供たちは帰っていき、その場には悟空との二人だけになった。
臨時の保育士の時間は終わりのようだ。

「中に戻ってお茶でも飲もうか?」

に言われて腹が減っていたことを思い出した。

「もうちょっとだから、先に戻ってて」

少し迷ったけれど、そう返して言葉を続けた。

「ここまで編んだんだから、ちゃんと輪っかにしたいんだ」

「わかった。じゃあ、用意して待ってるね」

そう言って立ち上がったは集会所に戻っていき、悟空は自分の手の中に目を落とした。

ある程度の長さになっている花のロープを丸くしてみる。
首飾りには足りないけれど、花冠になら丁度いい感じだ。

一番難しい、輪にして留める作業をしながら思った。

――最初に、俺にこれの作り方を教えてくれたのは誰だったのかな?――

なんとなく、どこの誰であれ優しい人だったのだろうという気がする。

――覚えてない頃の俺も、こんなふうに誰かのために花を編んだことあったのかな?――

その時の自分も、相手に喜んでもらえるかどうか、わくわくしていたのだろうか?

「出来た!」

無意識のうちにそう声に出して、悟空は両手で花冠を掲げた。

久しぶりだったからちょっと不安だったけど、ちゃんと丸くすることができたし、少しくらい振っても解けたりしない。
上手くできたようだ。

悟空は立ち上がって早足で歩き出した。

さあ、届けに行こう。
きっと、『おかえり』と、『おやつあるよ』と、優しく迎えてくれる人に。

、喜んでくれるかな?)

少しドキドキしながら建物の中に入ると目指している部屋からお茶の匂いが漂ってきた。

大好きな人の笑顔まで、あともう少し。

end

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