sweet or bitter  計画

「……おい、朝だぞ」

静かに声をかけられて、は目を覚ました。

(なんか、声、いつもより優しいね……雨、降るよ……?)

低血圧の頭はまだぼーっとしている。

(なんで、こんなにだるいんだろう……?)

思いながら目をこすって、腕がむき出しなことに気付いた。

(あ!)

昨夜のことを思い出して、顔から火が出た。

「起きられそうか?」

再び声をかけた三蔵はちゃんと法衣まで着ていて、は頭まで毛布に包まった。

「なに隠れてやがる」

「やっ! ちょっと、引っ張んないで!!」

毛布の中で確認した自分はやっぱり何も身につけていなくて、は慌てた。

「起きられるか、と訊いているんだ」

「……無理かも……すっごくだるい……」

毛布の隙間から顔だけ出してのの答えに、少々の後ろめたさを感じないわけでもないが、三蔵はそれをおくびにも出さない。

「寝てろ。今日の出発はなしだ」

「でも……」

「外は雨だ」

(本当に雨、降ってるんだ……)

朝食に行く三蔵に、自分はまた寝るからいらないと言って見送って、とりあえず服を着ようとは起き上がった。

下半身に鈍痛、身体には無数の赤い跡……

昨夜、脱がされた服は隣のベッドの周りに散らかっていて、そのベッドも酷い有り様で……

(ぅわ……)

思わず手を当てた顔が熱い。

そのまましばらく固まっているとクシャミが出た。

痛む身体を引きずって、どうにか服を着て、さっきまで寝ていたベッドに戻る。

(なんで、いきなり、あんなコトになっちゃったんだっけ……?)

昨夜、眠れないまま、三蔵の帰りを待っていた。

ここ最近、三蔵はずっと不機嫌で、どこか自分のことを避けていて、また不安になりかけていた。

ここにいていいのかどうか……
三蔵を好きでいていいのかどうか……

だから、帰ってきた三蔵に、思い切って訊いてみたのだ。

『ねえ? 私……ここにいても……いいのよね……?』

その返事が

『……くだらねえ……』

だった。

そして……

『理由をくれてやろうか?』

『欲しいなら、『ここにいる理由』とやらをくれてやる』

『……お前を俺のものにする』

……抱きしめられて、キスされて……

後はもう、断片的な記憶しかない。

委ねた三蔵の腕の中で、初めての感覚に翻弄され続けて……

でも、こう言ってくれたことは覚えてる。

『お前は俺のものだ。もう、くだらねえことは考えるな』

本当はずっと怖かった。

――いつか、三蔵に、『ジープを降りろ』と言われるんじゃないか――

(私、ここにいていいんだね……)

『いていい』とか『いちゃいけない』とか、考えることが『くだらねえ』のだろう。

(……三蔵のことも、好きでいる……)

三蔵は、好きだとか、そういったことは言わなかったけど……
行為の後は優しかった。

(嫌いな相手や、どうでもいい相手には、優しくなんてしないよね?)

三蔵に愛された身体が愛しい。

は無意識のうちに自分を抱きしめていた。

(お願い……本当に叶っちゃった……これで、一緒にいられる……)

は最高に倖せな気分で眠りに落ちていった……

「で、の具合ってどうなんだ? 風邪?」

朝食も終わる頃、空腹が治まって少し考える余裕が出来た悟空が訊いた。

「さあな」

食後の一服を味わっている三蔵から返ってきたのは短い一言だけだった。
悟浄と八戒は内心、ため息をつく。

(本当のことなんざ……)

(言えるわけありませんよね……)

しかし、何か言ってやらないと気が済まない。

「ここんとこ、野宿が多かったし、疲れでも溜まってたんじゃねー?」

(って、俺も白々しーよな……溜まってたのは三蔵の方だっての!)

「女性の身体は男と違ってデリケートですからね。体力も違うわけですし」

(本当に、その辺、ちゃんと考えて気遣ってあげないと可哀相ですよ?)

「今日は一日、ゆっくり休ませてやろーぜ、な? 三蔵?」

「ですね」

二人は当たり障りのない言葉を選びつつ、三蔵にそう釘を刺した。

(……今の二人の言い方って、なんかトゲなかった?)

悟空が気付いたくらいなのだから、それを感じていないわけはないのだが、三蔵はしれっとタバコを燻らせていた。

「なあ、、今夜ゆっくり眠れると思うか?」

小雨の中、買い出しをしながら、悟浄が八戒に小声で訊いた。

「あの様子じゃ……難しいかもしれませんね……」

悟空も後ろからついてきているが、買ったばかりの肉まんを倖せそうにほおばっていて、二人の会話は耳に入っていないようだ。

「……激しく邪魔してやりてー気分」

「賛成しますよ。には休養が必要です。
運んだ昼食も結局食べなかったし、その時も死んだように眠ってましたからね。
顔色もあまり良くなかったし……」

「あの生臭……ちったぁ加減しろっつーの」

「で、どうします?
ルートの確認とかなんとか言って、二人の部屋に居座りますか?」

「いっそのこと、その時に一服盛るってのはどうよ?」

「いいかもしれませんね。薬局に行って睡眠薬、買いましょう」

動機に違いこそあれ、三蔵とにはおとなしく眠ってもらうという目的は一致していた。

上手くいけば三蔵の鼻を明かしてやることもできる。

二人の悪巧みはこそこそと交わされ続けた。

夕食の席になってはようやく姿を見せ、悟浄と八戒は複雑な気分になった。

の想いが成就したことは祝福すべきなのだが、二人が逃がした魚は大きすぎた。

醸し出す雰囲気がより柔らかく、よりたおやかになっているように感じるのは、そういう目で見てしまっているからだろうか。

いつもより口数が少なかったり伏し目がちだったりするのは、体調のせいなのか、気恥ずかしさを隠しきれていないのか……

それが三蔵によってもたらされたものだと思えば面白くないのだが、少しはにかんだような笑顔を綺麗だと思ってしまう。

この分では、昨夜と同じことが繰り返されるのはほぼ確実だろう。
悟浄と八戒は計画の実行を決めた。

食事も済ませてそれぞれの部屋に戻り、しばらく経って、そろそろ事を起こそうとした時、それを感じた。

――近付いてくる妖気――

『ルートの確認』や『の見舞い』といった半ば無理矢理な口実など放り出して、悟浄と八戒、そして悟空は三蔵たちの部屋に駆けつけた。

「三蔵! 妖気だ」

「ああ、わかってる」

「あれ? は?」

「風呂だ。そのまましばらく出てくるなと言ってある」

「ああ、その方がいいでしょうね。
まだ戦えるような状態じゃないでしょうから」

そして、妖怪たちが窓を破って侵入し襲撃をかけてきた。

はユニットバスの中で耳を澄ませていた。

湯船につかっている時に、激しいノックと共に、しばらく出てくるなと、じっとしていろと、言われた。

言われなくてもその後のことの予想はついた。
今の自分は足手まといにしかならない。

とりあえず服を着て、後はじっと外の様子に意識を集中させている。

銃声と金属音、物が壊れる音、怒号と悲鳴がドア越しに聞こえる。

しかし、やがてそれも治まって、ドアが静かにノックされた。

、もー出てきてもいーぞ」

聞こえたのはいつもどおりの悟浄の声。

「終わった? 皆、お疲れ様……うわー、また派手に……」

部屋の中はめちゃくちゃだった。

「すみません……今夜は僕たちの部屋の方で休んでください……」

その後、宿に確認もしたが、他に空いている部屋はなく、結局、二組の布団を運んでもらって、一部屋に五人で寝ることになった。

(ま、結果オーライだな)

(今後、必要なようだったらいつでもできる事ですしね)

計画が実行されることは無かったが、結果的に悟浄と八戒の目的は達成され、二人は満足だった。

そして、は穏やかに、三蔵は忌々しい思いを抱えながら、その夜の眠りについたのだった。

end

Postscript

HOME