something for you  「……」を買いに

「今夜のメニュー、どうしましょう?」

「う〜ん、調理器具がこれだけじゃねえ……」

八戒とは頭を悩ませていた。

山間部の町で一行が入ったのはバンガロー形式の宿だった。
簡単なキッチンがついていて、食材も大量に買い込んではいるのだが、悟空の食欲を考えれば鍋類の大きさや数はとても十分な量を作るには足りない。

しばらく考えこんでメニューを決め作り始めたが、一つ、足りないものに気付いた。

「私、ちょっと買ってくるね」

「大丈夫ですか?
この町は夜になると治安がよくないらしいですよ?」

買出しの中で聞いた話によると、昔は夏の避暑やウインタースポーツでリゾート地として賑わっていたこの町も、妖怪が暴走を始めてからは客足が遠のき、最近はタチの良くない連中も集まってきて、夜にはほとんどの店が閉まっているらしい。
だから無用のトラブルを避ける為、外食ではなく自炊できる宿を選んだのだが……

「別に妖気は感じないんでしょ? だったら大丈夫よ。
まだ開いてるお店あるかもしれないし」

八戒の心配をよそにはさっさと出かけていってしまった。

(まあ、大丈夫だとは思いますけど……三蔵の心配性が伝染っちゃいましたかね)

八戒は溜息をついて下ごしらえを続けた。

「おい、茶を淹れろ」

新聞を捲りながら言った三蔵は返ってくると思った声が聞こえず顔をあげた。

目の前にあるのは悟浄の『誰に言ってんだ?』という顔と、悟空の『お、俺が淹れなきゃいけないのかな?』という顔。

なら八戒とメシ作ってんぞ?」

「あ、俺、呼んでくるよ」

そう言って悟空は出て行き、無意識のうちに部屋にいない相手を呼んでしまった三蔵は、自分に舌打ちしながら煙草に手を伸ばした。
最後の一本を咥え、空になったケースを握りつぶす。

この二人の前でそんな言動をした自分に三蔵はイラついていた。

、いないって」

キッチンから戻った悟空の言葉に、三蔵の眉間に皺がよる。

「いない?」

「買い物に行ったって」

「って、ひとりでか?」

昼間、一緒に買出しに行っていた悟浄もこの町の夜の治安の悪さは耳にしていた。
どうやら悟浄にも心配性は伝染ってしまっているらしい。

三蔵は握ったままだったタバコのケースをテーブルの上に投げ、眼鏡を外して立ち上がり、ドアに向かった。

「どこ行くんだ? 三蔵?」

悟空の問いかけに三蔵は不機嫌そうに返した。

「見りゃわかるだろ。タバコがきれたんだよ」

二人のやり取りを見ながら悟浄は思っていた。

(相変わらずお子ちゃまな猿と素直じゃねー坊主だな……)

心配なのは自分も同じだが、自分が迎えに行くより、三蔵が行った方がは喜ぶだろう。

(あー、もう、勝手にしろっての!!)

三蔵の出て行ったドアの閉まる音を聞きながら、悟浄は酷くバカらしい気分になっていた。

(……結構、時間かかっちゃったなあ)

なんとか開いている店を見つけて目的の物を買ったは溜息をつきながら外に出た。

(えっと、宿の方角はあっちだから……この辺で曲がった方がいいかな?)

来る途中にも何度か、この町の人たちがいう『タチの良くない連中』に声を掛けられた。
帰りは別のルートにした方がいいだろう。

(早く帰らなくちゃ!)

は急ぎ足で歩き出した。

その頃、三蔵は『を一人にしておくとロクなことがない』という事を再確認させられていた。

の足取りを追うのは簡単だった。
ところどころに転がっている気絶している男たち。それを辿ればいい。

ケガの程度を見ればグループ同士のケンカというほど酷くはないし、ほぼ的確に一撃で急所を抑え相手を人事不省に陥らせている。
相手が妖怪でなければ、今のならそれくらいのことはできるだろう。

意識を取り戻してなおうずくまっている奴の『なんなんだ、あの女……』という呻き声がその推測を確定化させた。

(大した跳ねっ返りだな……)

途中の自販機で買ったタバコに火をつける。
その脳裏に、宿を出る前の八戒の言葉が浮かんだ。

を見つけても、叱っちゃダメですよ』

(チッ! ……できるわけがねえだろうが)

『単独行動は控えろ』と、『目立つようなことはするな』と、いつも言っているのにこの有り様だ。

怒鳴りつけてやらないと気がすまない。

の残した痕跡を辿って行き着いた店は、今まさに閉めようとしているところだった。
タイミングからいってがこの店で買い物をしたのは間違いないだろう。
今までに行き会わなかったということは、は来るときとは違う道を選んでいることになる。

(どこにいやがる!?)

夜に暴れまわり、普段は見慣れない旅行者と見れば因縁をつけたりケンカをふっかけたりする連中も、不機嫌倍増しで険悪なオーラを纏っている三蔵に近付く度胸はなかった……

(もう〜、何人目よぉ……)

数人の人影に行く手を遮られて、は溜息をついた。

(誰かについて来てもらえば良かったかなぁ?)

そう後悔したい気持ちになったが、しかし、八戒は料理の準備があるし、悟空と一緒だと余計な買い物が増えそうだし、悟浄だと騒ぎが大きくなってしまいそうだ。
三蔵は面倒臭がってついて来てくれたりはしないだろう。

すでにパターン化している言葉でのやりとりの後、襲い掛かってくる男たちの相手をしてやりながら、はもういい加減うんざりしていた。

二人片付けた時、小さな声が聞こえた。

「ミィ〜……」

(え!?)

思わず視線を落としたが自分の足元に見つけたのは、片手にも乗りそうなほどの小さな仔猫。

踏んでしまわないようにとっさに足の着地位置を変えたが、その拍子にバランスを崩した。

よろけて路地の壁にぶつかったに男の手が伸びる。

次の瞬間、全身にビリビリと強い衝撃を感じた。

わけがわからないままに遠くなる意識。
傾いていく風景の中に逃げていく仔猫の後姿を見つけた。

(無事だったね。良かった……)

意識を無くす直前、その向こうに白い人影を見たような気がした……

耳に入った人の声の方に足を向けた三蔵がその場に着いたのは、が壁にぶつかった時だった。

三蔵の目の前で、の身体が崩れ落ちる。

「へへっ、身体に傷をつけずに気絶させるにゃあ、これが一番だな」

得意げに言った男が手にしている物はパチパチという音を立て青白い光を放っていた。

(スタンガンか……こんな所にそんなもん持ってる奴がいるとはな……)

「さっさと運んじまおうぜ」

「おい、足、持て!」

そんなことを言いながら、を抱え上げようとしていた男たちが近付く三蔵に気付いた。

「なんだ? てめえ」

「なに見てんだよ!」

に意識があったなら、この上なく怖いもの知らずの発言だと思っただろう。

三蔵は、低くドスの効いた声で発した。

「……そいつから離れろ」

「あぁ?」

男はスタンガンをチラつかせながら三蔵を睨み返す。
それが火に油を祖族結果になるとは思っていないらしい。

「人のモン、勝手に触ってんじゃねえよ!!」

ガウン!

そのセリフと共に放たれた弾丸は、スタンガンと男の掌を一緒に貫いた。

「うああぁっ!!」

「こ、こいつ、銃なんか持ってやがる!!」

男たちは慌てて逃げ出して行った。

(フン! 他愛もねえ……)

に視線を落として、三蔵はそれに気付いた。

気を失ってもしっかりと握ったままのレジ袋。

その白いビニールに透けて見える中身……

(……こんなもんのために……バカが……)

「おい! 起きろ!!」

声を掛けながら身体を揺すると、は意識を取り戻した。

「ん……三蔵……?」

「一人でほっつき歩いてんじゃねえよ!」

「ごめんなさい……」

は立ち上がりながら謝る。

「もういい! ……帰るぞ」

見つけたら叱り飛ばしてやろうと思っていたが、その気は失せていた。

宿を出る前の八戒とのやりとりには続きがあった。

『誰のために何を買いに行ったと思います?』

『あん?』

『自分で訊いてください』

宿に戻る道中、は言い訳に終始していた。

「悟空の食欲を考えたら、どうしてもお鍋の大きさや数が足りなくて、メニューを決めるのに困ってね」

「そしたら、八戒がバーベキュー用の大きな鉄板を見つけて」

「宿に借りた調味料を見たら作れそうだったし……」

「でも、これはほんの少ししか残って無くて、絶対足りないと思ったのよ……」

何も言わずに歩き続ける三蔵が怒っていると思うは必死だった。

ふいに三蔵が足を止める。

「……三蔵……やっぱり、まだ怒ってる……?」

三蔵は何も言わない。

「面倒かけちゃって悪かったなとは思ってるわよ。でも……でもね!」

「よく動く口だな」

三蔵の手がスッとあがる。

ハリセンで殴られると思ったは反射的にギュッと眼を瞑った。

しかし、次にが感じたのは殴られた衝撃ではなかった。

抱きしめられた拘束感。

そして、唇を塞がれた感触……

唇が離れても、はまだ三蔵の腕の中にいた。

「別に怒っちゃいねえよ」

「ホントに……?」

「呆れてはいるがな」

あんなものをわざわざ買いに出かけたと、今の自分に…………

三蔵の言葉に苦笑したを離して

「さっさと帰るぞ」

照れ隠しにそう言って、三蔵は歩き始めた。

その背中を追いながら、はとても嬉しかった。

口ではどんなに冷たそうな事を言っても、危ない時にはいつも助けに来てくれる。

いくら夜でも、人気がないからと言っても、路上であんなことをする人だとは思わなかった。

言葉で言ってくれたことはないけれど、自分に対しての気持ちがちゃんとあることを態度で示してくれる……

とてもとても倖せな気分だった。

「お帰りなさい」

「おメェら、遅えよ」

「俺、もう腹ペコだよ〜〜!!」

二人はそんな声に迎えられ、全員で夕食に取り掛かった。

「さあ、焼くぞー!」

「あー! 俺、ブタ肉と、イカと、エビと……」

「えー? 悟空、シーフードならシーフードでまとめようよ」

「はいはい。材料は沢山ありますから、好きなように焼いてください」

「……揚げ玉も入れろ」

いつにも増して賑やかに、思い思いのお好み焼きが焼かれる鉄板の少し横では、の買ってきたマヨネーズが出番を待っていた……

end

Postscript

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