To keep you alive 本当のこと
次の町へと移動の途中、普段は静かだろう森に悟空との声が響いていた。
「これー?」
「ううん、もうちょっと右ー!」
「あっ! これだ!」
「そう! それなら食べ頃!」
野宿の後、携帯食での昼食では全然量が足りなかった悟空が、果物の生っている木を見つけ登っているのだ。
まだ青い実が多い中、が下から熟れている物を探し、悟空に指示を出している。
山野において食べられる物を見つける能力が高い二人の賑やかな連携プレイを、他の三人はやれやれといった様子で見ていた。
「猿が木に登ってはしゃぐのはわかるけどよ」
「止めなきゃ、も登っていきそうでしたからねえ」
いい遊び道具を見つけた子供のような顔で木に近づいたを、『危ないから』と、四人がかりで言い聞かせて止め、今の状況に至っていた。
「……はねっかえりもほどほどにしとけってんだ」
「あの後しばらく、あまり眠れていないようだったんで心配してたんですが、これならもう大丈夫そうですね」
「誰かさんが寝せてねえのかとも思ったけど、野宿の時もなかなか寝付けねえみてぇだったからな」
「うるせぇんだよ。黙れ」
が夜、あまり眠れていないことには皆気付いていたが、誰も何も言わなかった。
原因の想像はついたし、それならが自分で何とかしなければならないことだからだ。
同室になることが最も多い三蔵は『そろそろちゃんと眠らせないと』という頃合には、実力行使に出て、半ば無理やりにの意識を飛ばせた。
甘えるように、縋るように、しっかりと抱きついて『この腕の中なら安心して眠れるのだ』というようなの寝顔に庇護欲を掻き立てられた。
そんな夜を何度も過ごして、が以前のように眠れるようになったのは、最近のことだ。
眠れていない間は日中もぼんやりしていることが多かったが、あんな風に笑えるのならもう大丈夫だろう。
その安堵感がこの道草を大目にみさせてくれていたが、それも時間によりけりだった。
「おい! てめぇらいい加減にしとけ!」
そう声を掛けた三蔵にが困った顔を見せる。
「だって、悟空が『あと一個』ってきかないんだもん」
「今から急げば、夜には町でちゃんとした食事が出来ると思ってたんですけど、この分じゃ今夜も野宿ですかねえ」
八戒が気持ち大きな声で出した助け舟の効果は絶大だった。
「え? マジ? すぐ降りるー!」
「早く来ねーと置いてくぞー!」
いつもより少し長くなってしまった休憩の後、果物の甘い香りを乗せてジープは次の町へ向かった。
数日ぶりに辿り着いた町の宿で、食事や入浴を済ませた後のゆったりした時間に新聞を読んでいた三蔵が、ふと聞こえた声の方に目をやると、テーブルの向かいで本を読んでいたが欠伸をしているところだった。
口こそ両手で隠してはいるものの、漏れた声や覆えなかった部分の表情を見れば、その盛大さがわかる。
面白くて見ていると目を開けたがバツの悪そうな顔をした。
「……見た?」
「ああ」
「もう……変なとこ見ないでよ」
「変な声出したのはそっちだろ?」
「だって出ちゃったんだもん、仕方ないでしょ? 生理現象だしさ。
眠くなってきちゃったし」
は照れ隠しのように口を尖らせた後で
「もう寝よっと。せっかく今日はベッドで眠れるんだしね」
と、伸びをした。
なんの悩みもなさそうなリラックスした表情に、三蔵は日中の八戒の言葉を思い出した。
『これならもう大丈夫そうですね』
「カタはついたんだな?」
言ってしまった後で、我ながら、らしくない事を訊いたものだと思った。
「え?」
唐突な言葉にが不思議そうな顔をする。
「しばらく、ろくに寝てなかっただろう?」
言ってやると、寝るために席を立とうとしていたがまた椅子に座った。
「やっぱり、気付いてた?」
「当然だ」
「……うん……あのね……」
躊躇うように視線をさまよわせた後、自嘲するように小さく笑っては話し始めた。
「……今だから白状しちゃうけど……眠るのが怖かったの」
「何故?」
「珠の力を使いすぎた時のことで、一つだけ思い出したことがあるの」
身体がどんどん広がって空気に溶け込んでいくような、意識が身体から離れていくような、不思議な感じがした事。
「……でも、その感覚自体は全然怖くとかなくて、むしろ逆に気持ちいいくらいで……
だから、もし、またそういう感じがしても抗えない気がして……それが怖くて……」
意識が眠りの中に吸い込まれていく時の感じが、あの時のあの感覚に似ている。
それが怖かった。
「また身体が消えるんじゃないか、このまま寝たら、もう目が覚めないんじゃないか、って、眠るのがすごく怖かったの」
力があることよりも、それで一度、自分が消えてしまったのだという事実が怖かった。
「でもね、気付いたの。
術が解けてからずっと珠は私の中にあって、その間に危ない事だって何度もあったけど、あんな事になったのはあの時が初めてだった。
だから、何もない平和な時にそんなことが起こるわけない、って。
刃物や火と同じだな、って」
「なんのたとえだ?」
「刃物も火も、使い方を間違えれば、人や自分を傷つけたり、大事な物まで燃やしちゃったりするけど、気をつけてちゃんと使えば便利だったりするでしょ?
必要以上に怖がらなくてもいいんだ、って思ったの」
そう、あの時、決めたはずだ。
望みの通りに術を解いてもらった結果、三蔵たちと出会った結果なのだから、すべて受け入れると。
あの時も、三蔵がいるなら、皆と一緒なら大丈夫だと思った。
そんな大切なことを、夜毎、不安と戦っているうちに忘れていた。
それを思い出して、また一つ気付いた。
自分が眠れずにいたことには、たぶん、皆、気付いてたはず。
誰も何も言わず、見守っていてくれたことに感謝した。
「そんなことがわかるまでにちょっと時間がかかっちゃった……
きっと、皆に心配かけてたんだよね? ……ごめんなさい」
「てめぇの問題をてめぇで解決するのは当然のことだ。
誰も心配なんかしちゃいねえよ」
必要な回り道というものもある。
一見、無駄に見える、悩み迷う時間も、納得できる結論に行き着くのには必要な過程なのだ。
「そっか……そうだね」
苦笑するを見て、三蔵は少しキツイ言い方をしてしまったかと思った。
フォローの代わりに言ってやる。
「菩薩が言っていた。
『珠は術をかけられた人間の魂と魄、肉体の三つを繋ぐためにある』と、『宿主の生命維持が役目だ』と、な」
神妙な顔つきをするの目を見据えて続けた。
「珠はお前を生かす為に存在している」
大きなリスクを伴っていても、それが紛れも無い事実なのだ。
「それを忘れるな」
「……うん……ありがとう……」
礼を言うの穏やかな笑顔に三蔵の口角もわずかに上がる。
「もう寝るぞ」
そう言って席を立ったのは照れ隠し。
そして、も、つい言ってしまいそうになったことが、口に出すととても恥ずかしい内容だったと気付いて、密かに顔を赤らめていた。
『でも、三蔵が抱きしめてくれてる時だけは安心して眠れたのよ』
なんて、本当のことすぎて言えない。
『誘ってんのか?』とかって言われそうで言えない。
(……でも、いつか教えてあげるね)
――また、抱き合って眠る夜に、ね……――
end