Violence of her 覚悟
照りつける太陽の下。
ジープは日射しを遮る木すらない荒野を走っていた。
「あーちー」
「ー。大丈夫かー?」
「……なんとかー」
「もうすぐ次の町に着きますからね」
「喋るな! 暑苦しさが増す!」
日よけの布を頭からまとってはいるが、全員がこの暑さに辟易していた。
特に、こんな熱気に包まれるのは十数年ぶりのの消耗は激しく、すっかりグロッキーだった。
そんな一行の前に突如、砂煙が立ち上る。
止まったジープの前には30人ほどの妖怪がいた。
「三蔵一行だな?」
「経文とその命、置いていってもらおうか」
もう聞き飽きた口上に一行はうんざりした。
「チッ! うぜぇな……」
「暑い中、ご苦労さまですねぇ」
「かったりーよー」
「。隠れてな。今のお前じゃ戦うのは無理だ」
「……うん。ごめんね……」
「気にすんなって。すーぐ片付けて戻るからさ」
直接攻撃が主な悟空と悟浄が飛び出していく。
三蔵と八戒はの残ったジープのそばから離れず、射程距離の長い攻撃で妖怪たちを倒していった。
炎天下での戦闘は、ものの十分もしないうちに終わった。
「あー、もう、無駄にハラ減った〜!」
「このクソ暑い中、手間とらせやがって」
「……一人、逃がしてしまいましたね」
「雑魚だろ? どーってことねーよ」
「皆、お疲れ様ー」
戻ってきた四人にが声を掛ける。
笑顔を作ってはいるが、声に力はない。
(脱水症状を起こしかけてるのかもしれませんね……水はもうありませんし……)
数分のこととはいえ、今のにとって、このタイムロスは厳しいだろう。
「町まで急ぎますから、もう少し頑張ってくださいね」
「急ぎすぎて事故ったりするなよ」
「……私は大丈夫だから、気をつけて……」
は言ったが、やはりその声は弱々しい。
(どこが大丈夫なんだよ?)
悟浄はの肩をそっと押して、
「いいから横になってな」
そう促した。
そして、は
「うん……」
不甲斐ない思いの中で目を閉じた。
町に入り買い求めた飲料水を飲むと、の症状は少し落ち着いた。
宿でとれたのは一人部屋と四人部屋。
一人部屋のほうをにあてがった。その方が静かにすごせる。
十分な水分を摂り安静にしていれば、明日には元気になるだろう。
八戒が夕食を運んだときも、まだ食欲はないようだったが、顔色はだいぶ良くなっていた。
夜。
顔に風を感じては目を覚ました。
(窓は閉めたはずなのに……)
不思議に思いながら窓の方に目をやると室内に人影が見え、は跳ね起きた。
(妖怪!?)
月の逆光に照らされた二つの影は耳がとがっている。
「三蔵一行が連れている女は、お前だな?」
一人が訊いていた。
通り魔的にではなく、明らかになんらかの意思を持ってを狙っているらしい。
「誰それ? そんな人知らないわ」
はとぼけてみせたが、もう一人の妖怪が口をはさんだ。
「いいや、間違いない。昼間、俺が見たのはコイツだ」
(そういえば、八戒が、一人逃がしたって言ってた……)
「おとなしくしてりゃ、痛いめにあわずに済むぜ」
下卑た笑みを浮かべ、一人が近づいてきた。
「ふざけてんじゃないわよ……」
は呟き、ベッドの上に立ち上がると、その妖怪の横っ面に回し蹴りをくらわせた。
人間の女と油断していた妖怪は大きく体勢を崩した。
テーブルと椅子が倒れ大きな音をたてる。
「このアマ!」
妖怪の顔色が変わる。
は妖怪たちを睨みつけた。
身体はまだ本調子ではない。
たかが二人とはいえ、妖怪と戦える状態ではなかった。
だが、やるしかなかった。
短剣を構えたに妖怪が飛び掛る。
身体を拘束しようとする腕に切りつけ、あるいは噛み付き、必死で抵抗した。
振りほどいて逃げようとしたところで、後ろから、束ねていなかった髪をつかまれてバランスを崩した。
足を踏みしめて転倒を避ける。
「ははっ、捕まえたぜ」
「おい、まだ殺すなよ。
その女を人質にして経文を持ってこさせるんだからな」
「っ! 冗談じゃないわ!!」
は手にしていた短剣で、つかまれている部分の髪を切った。
「人質になって、皆の足ひっぱるくらいなら、喉かっ斬って死んでやる!!」
振り向きざま妖怪の鳩尾に思い切り拳を打ち込む。
相手が前傾姿勢になったところで首の後に肘鉄をくらわせた。
妖怪はそのまま倒れこむ。
これで、あと一人。
その時、部屋のドアが蹴破られた。
「、伏せろ!」
考える間もなく、身体が反射的にその声に従っていた。
ガウン! ガウン!!
が身体を起こした時、妖怪は既に屍と化していた。
「大丈夫か?」
立ち上がるに悟浄が手を貸す。
「うん。怪我はしてないよ……皆の方にも妖怪が来た?」
「いいえ。どうやら彼らの目的はあなただったようですね……
念のため、今夜は僕らの部屋で休んでもらえますか?」
「うん」
四人部屋の方に移り、灯りの下でを見た時、四人は驚いた。
腰まで届こうかというほど長かった髪がバサバサになっている。
「……その髪、あの妖怪たちにやられたのか?」
(……悟空、そういうことを、そんな単刀直入に訊くなんて……)
(『髪は女の命』っていうだろ? ちっとは気遣えよ! バカ猿)
「ううん。掴まれたから自分で切ったの」
八戒と悟浄の心配をよそに、はあっさり答えた。
「大丈夫よ。髪なんてすぐに伸びるわ」
そう言いながら、笑顔さえ浮かべている。
「ちゃんときれいに切りそろえてあげますから」
「うん、お願い。でも、明日でいいわ。今日はもう遅いし」
「短い髪もきっと似合うぜ」
「ふふっ。ありがと。悟浄」
「早く寝ろ。まだフラフラだろうが」
「うん。今日はくたびれちゃった……あ、忘れてた!
……助けてくれて、ありがとう」
の言葉に三蔵は唇の端を上げ、三人は満面の笑みで応えた。
その後、はすぐに眠ってしまった。
四人はそれぞれに思い出していた。
廊下を挟んだはす向かいの部屋から聞こえた大きな物音。
そして、わずかだが確かな妖気に、の身に危険が迫っているだろうことを知った。
部屋のドアを蹴破る前に聞こえたの言葉が状況を知らせた。
『人質になって、皆の足ひっぱるくらいなら、喉かっ斬って死んでやる!!』
それが脅しやハッタリではないことは、今までのの行動から明らかだ。
他人を傷つけることに対しては抵抗があるようだが、その対象が自分だった場合、はなんの迷いも躊躇いもなく致命傷を与えてしまえるだろう。
(何、バカなこと考えてんだろう?)
(アイツらしいといえばアイツらしいがな……)
(……そんなことさせてたまるかよ)
(自殺されるなんて、二度とごめんですよ……)
普段は温厚で穏やかなの中に秘められた激しさ。
牛魔王サイドにの存在が知られたら、今日のような事が多くなるだろう。
プライドの高い紅孩児はを人質にとるような真似はしないだろうが、他の刺客や賞金稼ぎの連中は手段を選ばない。
(((( ……できるだけ、一人にはさせない方がいいな…… ))))
誰も、この美しい花を散らせたくはなかった。
end