The night before それは初めての
side A 三蔵
――眠れやしねぇ……――
降り続く雨の音がうるさい。身体を起こしてタバコに火をつけた。
もう五日は続いている雨に足止めをくらっている。
三蔵は酷くイラついていた。
タバコをもみ消した拍子に隣のベッドに目をやれば、はよく眠っている。
穏やかな寝顔。
見ていると少しだけ雨音が遠ざかる気がする。
しばらくそのまま見つめていた。
すると……
身じろぎしたが寝返りをうち、こちらに背を向けた。
カッと頭に血が上った。
その理由は自分でもわからない。
ただ、身体が勝手に動いていた。
の毛布を剥ぎ取り、肩を掴んで仰向けに返す。
「……ん……?」
眠そうな声をあげた唇を塞ぎ、舌をねじ込んだ。
沸いた頭のままで、ただを求める。
が痛みに悲鳴をあげても、止めることも抑えることもしなかった……
……凶悪な衝動を終わらせたのは体力の限界だった。
しかし、あれだけ何度も貫いて穿って、啼かせて泣かせたのに、まだ満たされない。
に覆い被さって荒い息をつきながら、苦いイラつきに奥歯を噛み締める。
唐突に、ふわりと抱きしめられた。
「大丈夫……ずっと、そばにいるよ……怖がらないで……心配しないで……」
かすれきった声が耳に届く。
思わず顔を上げた。
わかった気がした。
背を向けられただけでキレてしまった理由も、いくら抱いても渇きが癒えない理由も。
きっと、抱きしめられることでしか、この欠落感は埋められないのだ。
抱きしめるだけでは足りない。
喪失への恐怖が、自分を狂わせる。
目を閉じたの意識はもう飛ぶ寸前のようだったが、唇からその呟きが漏れた。
「……愛してる……」
初めて聴いた言葉だった。
それを聴いた瞬間、求めていた充足感に包まれた。
そして、意識が眠りの中に吸い込まれていく。
腕の中のぬくもりと鼓動の確かさが誘う穏やかな安らぎだった。
side B
突然、外的な力に身体の向きを変えられて、は深い睡眠から呼び覚まされた。
「……ん……?」
状況を理解するどころか、まだ目もよく開けられない。
いきなり唇を塞がれ、口の中にマルボロの香りと味が流れ込んだ。
意識を覚醒させるのは「愛撫」と言うには程遠い三蔵の動き。
大きな手に、痣になるのではないかと思うほど、強く掴まれる。
肌に落とされた唇は、噛み跡を残していく。
「痛っ! や! 三蔵!! 痛いっっ!!」
訴えても、を蹂躙する動きは治まらない。
逆に悲鳴に煽られるように激しさを増した。
……飢えた獣に捕らえられ、生きたまま喰われていく獲物の気分だ。
痛みを伴う求め方をされているせいだろうか?
いつもなら三蔵の手に、唇に、瞬く間に奪われてしまう理性が、今夜は残っている。
(いつもと逆だね……)
が「痛い」と言えなくなったことに、三蔵は気付いているだろうか?
いつもの、の反応を見て楽しんでいるような余裕が、今の三蔵にはない。
強引に進入し、激しく揺さぶってくる三蔵の顔が、泣きそうな表情に見える。
(雨のせい? それとも……)
何に飢えているのか、何に乾いているのかは、わからないけれど……
(それを癒せるのなら……私を、全部あげる……)
息もできないくらいにきつく抱きしめられて、まるで、雷の夜に三蔵にしがみついていた自分のようだと思った。
確信に満ちた直感。
――三蔵は何かを恐れてる――
他人に弱みを見せない人だから、こういう形でしか表せないのかもしれない。
(……だったら……付き合ってあげる……)
どんな三蔵も受け入れる。
どんな三蔵も全身で受け止める。
それで壊れても、構わない。
何度も気が遠くなりそうだった嵐のようなひとときがようやく終わりを告げる。
覆い被さるように倒れこんできた三蔵の、荒い息に激しく上下する背中に腕を回した。
(……まだ、動かす力が残っていて、良かった……)
「大丈夫……ずっと、そばにいるよ……怖がらないで……心配しないで……」
(……声が出せて、良かった……)
啼いて泣いて、声はすっかりかすれてしまっていたけれど、伝えられて良かった。
「もし、死んじゃっても、三蔵のそばにいる……
光みたいに、水蒸気みたいに、空気の中に溶け込んで、あなたを包むから……」
(大サービスで、初めての言葉を言ってあげるね……)
「……愛してる……」
(なんとか意識を保てていて……良かった…………)
そう思ったところまでは、覚えてる。
それは、初めて、雨の音を聞きながら彼女に触れた夜。
それは、初めて、その言葉を彼に伝えた夜。
……明日、起こることを、まだ誰も知らない……
end