Test  存在理由

四人が改めての中にある激しさを知ったその日。

宿に戻ったは着替えるとベッドに横になった。

としては買出しの手伝いくらいはしたかったようだが、『とにかく今日はおとなしく寝てろ!』と四人に口を揃えられてしまっては、うなずくしかなかったようだ。

結果、悟浄は一人で買出しに行き、三蔵は『安心したら腹減った』と空腹を訴え続ける悟空の煩さに耐えかねて、先に二人で食事に出ていた。

八戒はに付き添いながら本を読んでいる。

傍で何もせずにじっとしていられるだけだと、は『余計な面倒を掛けている』と自分を責めてしまうだろう。

八戒は『静かにゆっくり読書が出来て嬉しい自分』を演出していた。

「ねぇ。八戒……」

呼びかけられて、八戒は読んでいた本から顔をあげた。

「どうしました? 喉でも渇きましたか?」

「……私、ここにいてもいいのかな……?」

視線を天井に向けたまま、つぶやくように言ったの言葉に、フラッシュバックする深い霧に包まれた森。

その気持ちはよくわかる。

何故、自分に訊いてきたのかというその理由も察しがついた。

悟空や悟浄に訊けば『あたりまえだろ』の一言で済んでしまうだろう。

三蔵には訊くことが怖いのだ。

『無理についてくることはない』と言われた後だから。

そして、好きだから――

八戒は本を閉じて言った。

「僕も同じことを三蔵に訊いたことがありますよ」

「え?」

はかすかに首を動かした。

「『くだらねーな』って言われましたけどね」

は少し笑って言った。

「……なんか、三蔵らしい気がする」

「そうそう。
『無理にこの旅に付き合うこともない』って言われたこともあります」

「本当に?」

「ええ。でも、僕は僕の意思で、旅に加わっているんです。
あなたもそうでしょう?」

「うん……
わがままでも、自分勝手でも、みんなと一緒にいたいって思う……」

「僕は、あなたがいてくれて、とても助かってますよ」

「でも、私、妖怪を殺すこともできないのに……」

「まだきれいな手を無理に汚す必要はありません。
それに、千の妖怪の血を浴びると人間も妖怪になってしまいますよ」

「言い伝えでしょ?」

「本当です……僕がそうです」

大きく首を動かし、驚きの表情を浮かべたの瞳が八戒をみつめた。

「怖いですか?」

「そんなことあるはずないでしょ!
……そりゃ驚いたけど『ただの言い伝えじゃなかったんだ』って、そっちの方にびっくりした程度よ?」

は少し大きめの声で、八戒の質問を否定した。

「ありがとう」

「『どうりで強いわけだわ』って妙に納得しちゃった……
そっか……八戒もそうだったんだ……」

「『八戒も』って……」

「悟浄のことは最初からわかってたし、悟空も普通の人間じゃないんだろうなっては思ってたよ」

今度は八戒が驚く番だった。

「ほら、私、お寺やお坊さんに縁のある生活してたでしょ?
だから、妖怪と人間の間に命を授かった子供は赤い髪と目を持って生まれるとか、古来より金晴眼は吉凶の源とされている、とかって話は聞いたことがあったの」

言われて、なるほどとは思っても、予想外のことに言葉がなかなか出てこなかった。

「でも、そんなの私にはどうでもいいことよ。
八戒は八戒だし、悟空は悟空、悟浄は悟浄でしょ?」

「そうですか。知ってたんですか……」

「うん。初めて皆を見かけたときはびっくりしちゃった。
三蔵は額にチャクラがあるし、八戒は車に変身できる竜を連れてるし……
『すごい取り合わせの人たちだなぁ』って」

(……本当に、いろんな意味で油断のできない人ですね……)

もし、自分が妖怪であることを知って動揺するようだったら、突き放した方がいいと思っていた。

しかし、八戒の嘗試に対するの反応は予想を超えるものだった。

「僕はあなたのことを『三蔵一行』の一員だと思ってますよ。
あなたがジープに乗っていたいと思うのなら、僕にとっての『がここにいていい理由』としてはそれだけで十分です」

「……ありがとう」

がいてくれて一番助かってるのは僕ですからね。
悟浄は僕が言っても聞かないことでもあなたが言えば聞いてくれますし……
保育士が増えて嬉しいんですよ」

「ふふっ」

やっと、いつもどおりの明るい笑顔を見られて、八戒は安心した。

この笑顔を支えてやりたいと思う。

……仲間として。

やがて、悟浄が買出しから、三蔵と悟空が食事から帰ってきて、八戒は『の分も帰りに何か買ってきますね』と言い残し、悟浄と食事に出た。

悟空が『風呂、入ってくる』と部屋を出て行くと、必然的に三蔵との二人きりになる。

は助けてもらったお礼も言ってないことに気付いていたが、どう声をかければいいのかわからなかった。

口を開けば、その前の貧血の原因になったことにも触れざるをえなくなるだろう。

皆に心配をかけてしまったことは悪かったと思う。

けれど、自分なりの思いを貫きたくてやったことだった。
間違ったことをしたとは思いたくなかった。

「目ぇ、開けたまま寝てるのか? お前は?」

いきなりそう言われて、少し驚いた。

「起きてるよ……ちょっと、ぼーっとしてた」

「そりゃ、血のめぐりが悪いんだろ?」

「ひどっ!」

そう言いながらも笑ったの目の前に何かが突き出された。
近すぎて、焦点が合わない。

「なに?」

「これでも飲んでおけ」

受け取ってみると、三蔵が差し出していたのは鉄分の効率的な吸収を謳った栄養ドリンクだった。

(買ったの? 三蔵が?)

「なんて顔してやがる?」

「……びっくりして……でも、嬉しい! ありがとう!」

そういえば、帰ってきてから三蔵は、この部屋では一本もタバコを吸っていない。

気を遣ってくれていることが嬉しかった。

にはそのドリンクが、ここにいていい許可証のように思えた。

リンゴ味のそれは思っていたよりも飲みやすく、美味しかった。

倖せな甘酸っぱさだった。

end

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