Tea time  大あたり

旅の途中の宿の夜。
食事も入浴も済ませた後の静かな時間。

三蔵はいつものように新聞を読んでいた。

今日取れたツインの部屋は洋風な造りで、置いてあるのはベッドの他に横に長い楕円形のローテーブルとソファーが二つ。
二人掛けと一人掛けのソファーがあるうち、三蔵は二人掛けの真ん中にゆったりと腰を降ろし、はその向かいの一人掛けの方に落ち着いていた。

新聞から目を離さないままタバコを咥え、火を点けようとした三蔵の目がそれを見つけた。

「なんだ? これは?」

少し眉間に皺が寄った視線の先には一本のタバコ。

三蔵が指先に挟んだそれはフィルターに近い部分をぐるっと赤く塗ってあり、『あたり』の文字も書かれていた。

犯人の心当たりは一人しかない。

さっきから、三蔵がタバコに手を伸ばす度にがチラチラと見ていた理由がわかった。

「あ、引いたんだ! 見ればわかるでしょ? 『あたり』よ」

はニコニコと笑っているが、三蔵は

「で?」

としか言いようがない。

「賞品にとっておきのお茶を淹れてあげるね」

嬉しそうに言ったは読んでいた本を閉じて立ち上がる。

「茶ぐらい普通に淹れろ」

くだらないことに付き合わされてはたまらない気分で三蔵は言ったが

「だって、普通のお茶じゃないんだもん」

と、返すはまったく意に介していないようだ。

「大昔は皇帝とか大貴族しか飲めなかったお茶なんだから」

言いながらが運んできたのはガラスのティーサーバーとカップ。

しかし、サーバーの中は湯で満たされているもののまだ茶らしい色も出ていないし、底に茶葉の塊のようなものが沈んでいるだけだった。

「ほとんど白湯じゃねえか」

訝しむ三蔵に

「ちょっと見てて」

と、言ったきり、ソファーに座り頬杖をついてサーバーを見つめている。

三蔵は仕方なく新聞を畳み、件のタバコに火をつけた。

茶からジャスミンの香りが漂い始めた頃、最初は塊だった茶葉が少しずつ開き、その中から大輪の花が姿を現した。
それを見たも花がほころぶような笑顔を見せる。

が淹れたのは工芸茶だった。

皆と一緒にいる時にはしにくい買い物をした帰り、たまたま出会ったおばあさんの大きな荷物を家まで運んであげたお礼にと貰ったのだ。

まだ故郷の村にいた頃、たまにと一緒に楽しんでいたにとっては懐かしいお茶だった。

普通に淹れて出すのも面白くないので三蔵が入浴している間にタバコに小細工をしておいたのだった。

しかし、にとっては特別でも、三蔵にとってはそうでもなかった。

「これが『とっておき』か?」

確かにあたりは好みそうな趣向だが、三蔵にはこういった物を見て喜ぶような嗜好はない。

「うん! キレイでしょ?」

そう言って、がカップに注いだ茶を三蔵は口に運んだ。
ジャスミンティーの香りと味が喉を潤していく。

何かを待っているようなの表情に気付いて一言だけ言ってやった。

「……ただの茶だ」

は拍子抜けしたような顔で肩をすくめ、

「……三蔵に期待した私がバカだった」

そう大仰にため息をついてカップに口をつけた。

三蔵のことだから、大袈裟に感心したり喜んだりはしないだろうとは思っていたけれど、それでも、もう少し何か反応を示して欲しかった。

これでは、わざわざ宿からガラスの茶器を借りたり、タバコに『あたり』を仕込んだりした自分がバカみたいではないか。

悟空なら面白がってくれるだろうし、悟浄なら『へー、よく出来てんな』とか、八戒なら『綺麗ですね』とか言ってくれるだろう。

そんなふうに思っている時だった。

「おい」

三蔵がに声を掛けた。

「なによ?」

の返事が少々ふて腐れた色を含んでいても、この場合、仕方ないだろう。

「『他の奴だったら……』とか思ってんじゃねえよ」

その言葉を聞いて、の目が丸くなる。

「なんでわかったの?」

「てめぇの考えてることくらいお見通した」

の中からふて腐れた気分が吹き飛んだ。

思ったような反応を返してもらえなかったのは少しがっかりしたけれど、それをわかってもらえている事はなんだか嬉しかった。

考えていることが伝わるくらい三蔵の身近な人間になれたのだと実感できるようで、くすぐったい気持ちになった。

それで、ちょっと調子に乗ってみた。

「ね? そんなにわかっちゃうのって、それだけ私の事が好きってことでいい?」

がそう言った途端、茶を飲んでいた三蔵が軽くむせてしまったのは、どう受け取るべきだろう?

背を丸めて数度咳き込んだ三蔵が顔を上げる。

「茶で酔ってんのか? てめェは?」

虚を突かれたような表情の三蔵に悪戯心を起こした

「しっかり素面よ」

と、答え、重ねて聞いてみた。

「ねぇ? どうなの?」

面白がっているに違いないに、三蔵は一矢を報いずにいられない。

「お前が単細胞なだけだ」

「ひどーいっ!」

口を尖らせるに続けて言ってやった。

「それにな」

「『それに』?」

「てめェが俺に惚れてんだろうが」

は唖然とした。

「なに? それ? ムカツク!!」

三蔵はしれっとした顔で澄ましている。

当っているだけにはおもしろくなかった。

でも、こっちが一方的に想ってるだけだなんて思えない。

一つのベッドで寝る時、三蔵はいつだって自分を腕の中に抱き込む。
自分が抱き枕になっているような気がして、そして、そんな風に眠る三蔵のことが愛おしくなるのだ。

「ふん。三蔵だって、私に甘えてるくせに……」

カップを口に運びながら独り言のように小さく呟いたの声を

「……何か言ったか?」

三蔵の耳が拾ったようだ。

「いーえ、何も!」

ツンと答えるに三蔵は内心舌打ちする。

ジャブの応酬をいつまでも続けるつもりはないし、引き分けるつもりもない。
最初に仕掛けてきたのはなのだし、懲らしめてやらないではいられない。

ふと、思いついて、切り出した。

「こういう茶の美味い飲み方を教えてやろうか?」

「え? そんなのあるの?」

上手い具合に乗ってきた

「ちょっと、こっち来い」

そう言いながら、身体を横にずらし、ソファーにの座れるスペースを作って呼び寄せる。

不思議そうな顔をしながらも、三蔵の隣に座るの単純さが好都合。

「よく見てろ?」

三蔵は、カップの茶を口に含むと、素直に自分の横顔を見つめているの頭を掴まえて口付けた。

「ん――っ!」

驚いているの頭と顎を逃げられないように固定し、その口の中に茶を流し込んでいく。

三蔵の肩を掴んだの手には力が入っていたが、力では適うはずもなく、三蔵の口内から移動した茶はの喉に嚥下されていった。

「……美味かっただろ?」

解放して言ってやると、は顔を真っ赤にして俯いた。

「……知らない……」

そう言うのが精一杯のようだ。

「『あたり』の『賞品』だってんなら、これぐらいして欲しいもんだな」

「……ばか……」

まだ憎まれ口をきく口を再び塞いでやる。

さあ、タバコ以外にもいろいろ当てた事の褒賞を今から取り立ててやろう。

end

Postscript

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