Riddle 降参
とにかく退屈な午後だった。
ここ数日、襲撃もなんのトラブルもアクシデントもない旅は平和そのもの。
町から村、村から町へと移動するだけのジープの上では次第に会話のネタも尽き、古今東西やしりとりといった、くだらない暇つぶしにもいい加減飽き飽きしていた。
『じゃあ、なぞなぞとかしてみる?』という悟空の提案は、『くだらねえ』と三蔵に一蹴され、悟浄にも『猿が出す問題じゃーなー』と言われたが、『まあまあ。いいじゃないですか。どうせ、退屈してるんでしょう?』という八戒の言葉に救われ、テンションの上がらない気の抜けた空気の中、悟空と悟浄の間で、小学生レベル、中学生レベルの出題と返答が繰り広げられていた。
ちなみにが加わっていないのは、その前からずっと、居眠りをしているからだ。
二人の低レベルなやりとりを聞きながら、八戒は
(……今、後ろで一番賢いのは、ですかねえ……)
などと、思っていた。
だんだんとなぞなぞのネタも尽きてきて、徐々にイラだってきた二人の声は自然と大きくなる。
「だぁっ! だからお前の出す問題はくだらなさすぎんだよ!!」
「なんだよ!? 悟浄だって人の事言えねえじゃん!」
(……ん……?)
この声で目を覚ましただったが、まだ状況は理解できていなかった。
「……目クソ鼻クソだな」
「そこまで言っちゃ悪いですよ、三蔵。せめて『ドングリの背比べ』とか……」
「何気にムカつくこと言ってんよな、おメーら」
「……何の話してるの?」
「ああ。、起きちゃいましたか。なんでもありませんよ。いつものことです」
「なあ、、おもしろいなぞなぞ知らねえ?」
悟空にそう訊かれて、やっと、大体の状況の把握はできただったが、急に言われても思いつかなかった。
「なぞなぞ〜? ……あんまり知らないからなあ……」
「じゃあ、こういうのはどうです?」
それまで悟空と悟浄の出題のお粗末さに参加を見合わせていた八戒だったが、が加わったことで一度くらいこの暇つぶしに手を貸してやろうかという気が起きた。
八戒の出題――
『ある森に人食いライオンがいました。一人の旅人がライオンに出くわし、食べられたくない一心で、必死に命乞いしました。
するとライオンは「では、今、俺が何を考えているか当てられたら見逃してやろう」と言いました。
結果、旅人は無事に生きて森を抜けることができました。
旅人は何と答えたのでしょう?』――
「ええ〜〜!?」
「ハァ〜?」
いきなり大幅にグレードアップした問題に悟空と悟浄が間の抜けた声をあげる。
そしては
「私、それ、聞いたことあるかも……
『ライオンのパラドックス』……だっけ?」
と、申告した。
「ああ、ご存知でしたか。じゃあ、悟空と悟浄の二人で考えてくださいね。
町に着くまでに正解できたら、なんでも奢ってあげますよ」
「え? マジ?」
「喜ぶな! 猿!! オメーに解けるわきゃねーだろ!」
「それにもう、町は見えてきてるじゃない。八戒も人が悪いよ」
「……からかわれてる事もわからねえ奴に解ける問題じゃねえな」
そんなことを言っている間にもジープは進んで行き、どちらからもまともな回答の出ないまま、町に着いてタイムアウトとなった。
宿探しと買出しをしながら街中を歩いている間も、悟空は『奢ってもらい損ねた』と悔しがっている。
他の三人は聞き流していたが、スルーされていることも含めてだんだん可哀想になってきたは言ってみた。
「じゃあ、今から私が出すクイズに正解したら、肉まん作ってあげる」
「え? 、本当?」
途端に期待に満ちた笑顔を見せる悟空の反応は現金なほど。
「うん。今日は無理かもしれないけど、次に宿の調理場を借りられる時にね」
そして
の出題――
『畑に大根が九本、植わっていました。
昨日、二本抜いて、今日、三本、抜きました。
あとはいくつあるでしょう?』――
「えっとぉ、9ひく2ひく3だから……四本!」
「なわけねーじゃん! バーカ。それじゃ、ただの算数だろ?」
「違うの? ?」
「うん。『四本』じゃ不正解」
「僕、わかりましたよ」
あっさり言った八戒に悟空が慌てて声をあげた。
「あー! 八戒、声に出さないで! 俺、自分で考えるから!!」
クスクス笑いながら『じゃあ、八戒、こっそり教えて』と言ったの耳元に八戒が口を寄せ、耳打ちする。
「ピンポ〜ン♪ 正解〜!」
「割と初歩的な引っ掛け系の問題ですね」
「なあ、。答えは一から九までのどれかなんだろ?」
「うん。でも理由まで当たってないとダメよ」
「え〜〜!? ムズいよぉ!」
結局、宿に入るまでの間には正解することはできず、悟浄にバカにされ少々ふて腐れた悟空だったが、『自力で解けるまでタイムリミットは設けない。
正解したらご褒美はいつでも作る』というの言葉に機嫌を直した。
買出しを片付けて夕食を摂り、部屋が二つとれた宿にいつものように2−3に分かれて入り、入浴を済ませれば、後は自由時間。
がテーブルでお茶をすすりつつ読書をしていると、
「おい」
向かいに座っている三蔵が声を掛けた。
「なに? お茶のおかわり?」
そう聞き返しながら立ち上がったところで、また言われた。
「答え教えろ」
「へ? なんの?」
唐突な内容に一瞬何のことかわからなかったが、すぐに思い当たった。
「あ、ひょっとして、悟空に出したクイズ?」
「…………」
問いかけにも応えず、ムスッとした顔で視線を外す三蔵に、は堪えきれずに笑い出してしまった。
「なんか、今夜はいつにも増して口数が少ないなって思ってたら、まさか、ずっと考えてたの? それで、わかんなくって、降参?
……確かにあれは言葉の罠があって、考えるほど思考の呪いにかかっちゃう問題だけどさ。
三蔵って結構、生真面目なんだ〜!」
負けず嫌いな三蔵の意外なセリフに、思わずキャラキャラ笑ってしまっただったが、プライドを捨てて白旗を揚げた相手にそれはマズかった。
「……ずいぶん、楽しそうだな」
低く低く響く声が聞こえて、やっとは自分が犯した愚挙に気付いたが後の祭りだった。
「あっ! ゴメン!! べ、別にバカにしてるわけじゃなくて!
なんか、『可愛いな』とかって思っちゃって」
「『可愛い』……」
ゆらりと立ち上がった三蔵がおうむ返しに呟く。
「いや、だから、この場合の『可愛い』は『愛おしい』と同義語っていうか、意外な一面が見られて嬉しいっていうかっ」
慌てたはフォローを入れているつもりだが、何を言っても自分の首を絞めるばかり。
ゆっくりと迫ってくる三蔵から逃れるように後ずさりをするの足がベッドにぶつかって止まるのと、三蔵の手がに届くのは同時だった。
「きゃっ! ゴメン! ごめんなさぁいっ!! 本っ当にごめん!! 謝るからぁっ!!」
捕らえられた腕の中でもがきながら謝るが、ぐいぐいと締め上げられてしまう。
「苦しいっ! ギブ! ギブ! 降参!!」
なんとか動かせる手で三蔵の身体をバンバン叩きながら言うけれど、
「それで済むとでも思ってんのか?」
この程度の謝罪では許してくれる気はないらしい。
「きゃあーっ!」
再び悲鳴をあげながらベッドに押し倒されたが、完全降伏するのは時間の問題……
end