Flowers 花泥棒
何気ない会話の中で、とりとめのない旅の日常の中で、時々、ハッとすることがある。
の笑顔に。
そして、その時、の隣や視線の先には大抵、三蔵がいるのだ。
(ちょっと妬けちゃいますね……)
恋をしている女が可愛いというのは古今言われてきたことだけど、出会った頃に比べては本当に綺麗になったと思う。
三蔵を愛して、三蔵に愛されて……
(たいした人ですよ、本当……)
昼過ぎに着いた町で、買出しや荷物の整理を済ませて、宿の一人部屋でくつろいでいた八戒は、そんな風にのことを考えている自分に気づいて戸惑いを感じた。
一瞬、頭をよぎったことを、まさか、と打ち消した。
入れ替わりに脳裏に浮かぶのはなくしてしまった人の面影。
忘れられない人。
そして、今、目の前にいる人。
見た目、花喃とは似ているところなんて、全くと言っていいほどないなのだけれど……
共通点をあげるとすれば、優しさと慈しみに溢れた人だということ。
外界を遮断し、誰も受け入れず、笑う事さえなかった卑屈な自分を、その深い慈愛で変えてくれたのは花喃だった。
口では突き放すような事を言っても、困っている人を見ると手を貸さずにはいられない人だった。
は、とにかく人が好いのだ。
行動の全てが善意に基づいているような気すらしてしまう。
敵と言えど殺せないのは、異変さえなければ共存していけた相手だと知っているから。
襲撃を受けた後はいつも悲しそうな顔をしている。
自分たちが生き残るのと引き換えに失われた命を密かに嘆いているのだ。
(ああ、それから……)
表面は穏やかな割りに芯は強いところとか、言いたいことは言うところとかも似ている。
花喃は遠慮なく何でも言っていたし、自分が正しいと思った時は折れることはなかった。
は一応、遠慮しつつも『だって』と始めてしまうのだ。
無意識のうちに小さくクスリと笑って、ふと我に返った。
(僕は、何を……)
二人の似ているところを探して、なんだというのだろう?
は旅の仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない。
が旅に加わった当初、支えてやりたいと思ったのは、妹を心配する兄のような気分になってしまったからで……
第一、今はもう、には三蔵がいる……
結局、いろいろと考えてため息ばかりついていることに気づいて、自嘲した。
「キュウ?」
小首をかしげて声を掛けてきたジープに笑顔を返す。
「大丈夫ですよ。なんでもありません……
散歩でもしてみようかなぁって思うんですが、一緒にどうですか?」
「キュウ!」
少し外を歩いてみよう。
そうすれば、少しは気分も換わるかもしれない。
答えの出ない問いなら、考え込むのはやめておこう。
自然に答えが見つかるときまで……
その散歩の帰り道、八戒は大きな花束を抱えていた。
人の視線を集めてしまっていることに内心苦笑しながら散らさないように、揺らさないように気をつけながら歩く。
肩にとまっているジープがクンクンと鼻をならした。
「いい匂いでしょう?」
「キュ〜」
「たまには花を愛でるのもいいもんですね」
色とりどりの花束に心まで明るくなったような気がして、少しだけ足を速めた。
部屋に戻った八戒は宿から花瓶を二つ借りて生けた。
その一つを自分の部屋に置く。
(これは貴女に……)
どこか自分と似た、困ったような笑顔が浮かんで目を閉じた。
もう一つの花瓶を抱えて部屋を出る。
その人の目線に花が来るように持ち方を調整してノックした。
ドアが開いた瞬間の驚いたような笑顔に、してやったりな気分。
「八戒?」
「部屋に飾りませんか?」
差し出した花瓶をは目を細めて見ている。
「どうしたの? これ?」
「さっき散歩中に、道で転んだ方の手当てをしてあげたら、御礼にっていただいたんです。その方の家が花屋だったんですよ。
なんか、いっぱいもらっちゃったんで、お裾分けです」
「いいの? ありがとう!」
言いながら受け取ったは満面の笑みを浮かべている。
「綺麗……んー、いい匂い」
無邪気に喜んでいる姿は、自分の中にある形のはっきりしない感情を刺激して、ひどく複雑な気持ちになってしまった。
なくしてしまった笑顔は取り戻せないけれど、その代わりに、せめて、今ある笑顔を大事にしたいと思ってしまうのは偽善だろうか?
しかし、花をもらった時、に見せてやりたいと思った事も、喜んでもらえて嬉しい事も、この笑顔をずっと見ていたいと望んでいる事も事実だった。
――ねえ、三蔵……『花泥棒は罪にならない』って知ってますか?――
end