Dropped words

「ひま〜〜」

天を仰ぎながら発せられた悟空の呟きと、悟浄が吐き出したタバコの煙が後ろへと流れていった。

一行が乗ったジープは森の中の一本道を走っている。
木々の隙間から見える空はよく晴れていて暑そうな天気だが、枝葉が日差しを遮ってくれているし走行中は風を受けるので暑さを感じることはなかった。

まあまあ快適ではあるのだ。
この手持ち無沙汰さえなければ。

いつもなら、そろそろ暇を持て余した悟空と悟浄が舌戦の一つも始めようかという頃なのだろうが、今日はそういうわけにはいかなかった。

咥えタバコの悟浄がからかい口調で言う。

「それにしても……よく寝るよな。コイツら」

退屈している二人の間でが、八戒の隣の助手席で三蔵が、眠っているのだ。

悟浄の声量が控えめだったのは、寝ているが悟浄にもたれているからだろう。
うつむいた顔はよく見えないけれど、触れている箇所から規則的な呼吸が伝わってくる。
体重の掛かり具合からみても熟睡中のようだ。

「仕方ありませんよ。昨夜があれでしたからね」

返す八戒の声には多少の同情が含まれていた。

昨夜、真夜中を過ぎた頃に襲撃を受けた。
そう強くもない雑魚ばかりだったが、数だけは多かった。
暗い森の中で大勢の相手をするうちに一行は散り散りになってしまい、それぞれに敵を片付けた後で合流するまでに時間がかかってしまったのだ。

八戒に言われるまでもなく、悟浄も悟空もわかっている。

一番、追っ手が多かったのは経文を持っている三蔵だったろうし、戦闘力や体力に劣るがその三蔵に付いて行くのは大変だっただろう。

三蔵は起こすと後が面倒だし、疲れているに違いないはゆっくり休ませてやりたい。

だから、暇つぶしの会話も一言か二言で済ませて、大人しくジープに揺られている――そんな時だった。

「あれ?」

悟空がそれに気づいた。

「なあ、、なんか言ってね?」

悟浄には何も聞こえなかったが、悟空がそう言うのならそうなのかもしれないと思った。
なにせ悟空の五感の鋭さは犬並みだ。

が起きてしまえば、寄りかかられるというささやかな倖せもそこで終わる。
悟浄は名残惜しさを感じながら

「起きたか?」

そう声を掛けてみた。
しかし反応はない。

?」

再度、呼びかけながら首から上だけを動かして、うつむけたの顔を覗いてみたが目を覚ましたようには見えなかった。

「まだ寝てんぞ?」

「じゃあ寝言かな?」

それぞれに視線をやったの口元は微かにだが動いている。

「こりゃ、確実に寝言だな」

「なんて言ってんだろ?」

二人して耳を澄ませてみたが、もごもごむにゃむにゃと口の中だけで呟いているような声はよく聞こえない。

「何してるんですか、二人とも」

呆れた声音で八戒が諫めたが、二人はまだの顔に耳を近づけて聞き取ろうとしている。
声がくぐもっているだけでなく、エンジンの音や風の音が邪魔しているので尚更わかりにくいのだ。

「おやめなさい。眠ってる女性の寝言に聞き耳を立てるなんて悪趣味ですよ」

再びの諫言に、二人が顔を見合わせて肩をすくめた時――

「お……り」

の口から比較的大きめの声がこぼれた。

「あ! 今のはちょっと聞こえた!」

「おお! 聞こえた!」

「真ん中の部分はわかんねえけど最初が『お』で、最後が『り』だった!」

「だな。言葉の長さ的には……全体で四文字くらいか?」

「うん! そんな感じ!」

小声ながらも盛り上がっている二人に、八戒はそっとため息をついた。

(『小人閑居して不善をなす』っていうのは当たってますねぇ……)

しかしも三蔵も目を覚ましていないのだから、退屈しのぎに喧嘩をされるよりはまだマシだったかもしれない。

「えぇ〜っとぉ……『お』で始まって『り』で終わる四文字の言葉、だろ?」

「はぁァー? あんま思いつかねーなー」

はまた深く寝入ってしまったようだし、後ろの二人の興味の対象は『どんな寝言なのか』から『何と言ったのか』ということに移ったようだ。
いろいろと推測し始めたのは新しく見付けた暇つぶしだろう。

「えーと、『おにぎり』だろー? 『おいなりさん』だろー?
『大盛り』に『おかわり』〜!」

「食いモンばっかじゃねぇか! 二つ目は文字数オーバーだしよ」

「あはは、悟空らしいですね」

そう短く笑って八戒もこの会話と推理に参加した。
つまり八戒も退屈していたのだ。

「食べ物でしたら、他に『おごのり』とかですかね?
あ、あと、お汁粉のことを『おすすり』ということもありますよ」

「猿じゃねーんだから、食いモンはねえって!」

「じゃあ、他になにがあんだよ?」

「そーだなー……『押し売り』、『お飾り』、『おざなり』……
あとは……ああ! 『お泊り』な」

「……最後のが悟浄らしいですね……」

その後も三人は――といっても大半は八戒だったが――様々な言葉を出して推論を続けた。

『おしぼり』『お祈り』『お決まり』『お隣』『おおとり』『おしどり』『大入り』『大喜利』『鬼百合』『おこもり』『大ぶり』『お参り』『お下がり』『お叱り』『お湿り』『納まり』『おだまり』『お余り』『おっとり』『おりおり』

思いの外、多くの単語が出てきたが、どれもが決め手に欠け『これだ』というものがない。
寝言というものは意味不明なものも多いという事はもちろんわかっているが、感覚的にの寝言としてはしっくりこないのだ。

あれこれと言い合っていると

「――てめぇら、さっきから、うぜぇんだよ」

うんざりしたような様子で三蔵が口を開いた。

三蔵の寝起きの悪さを承知している三人は声のトーンを落としたが、今の三蔵はそこまで不機嫌でもないらしく、言葉を続けてきた。

「そいつが言いそうなことなんざ、高が知れてるだろうが」

いつから起きていたのか、事の成り行きも知っているようだ。

「え? 三蔵、わかんの?」

「じゃあ、言ってみろよ」

「是非、教えて欲しいですね」

自分たちが三人で考えてもわからなかった事を大した事ではないふうに言われ、若干気色ばんだ悟空、悟浄、八戒に向かって、三蔵はあっさりと言い放った。

「せいぜい、『おかえり』ぐらいのもんだろ?」

((( それがあったか! )))

聞いた瞬間、三人とも、それが正解だろうと直感した。

当てた三蔵に対して素直に称賛する気にはなれないが、反論すれば負け惜しみと取られるだろうし、たとえ無視しても悔しがっての事だというのは明白だ。

「……うん、なら言いそうだな」

「ええ、らしいと思います」

「……どんな夢、見てたんだか」

当たり障りのないセリフを返しながら、三人は妙な脱力感を覚えていた。

――が夢の中で『おかえり』と出迎えたのは誰だったのだろう?――

(……どうか)

(できれば……)

(願わくは……)

――自分たちも含めた『四人』でありますように――

静かになった三人がそれぞれにそう願っている頃、三蔵は心地よい睡眠を手に入れていたのだった。

end

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