Don't leave me alone.-5
翌日も朝から、建物内を調べたり、ホテルの従業員や昨日の老婦人に話を聞いたりしたが、特に収穫はなかった。
昼食の後、八戒が金色の小さな鍵をテーブルの上に置いた。
「八戒、これ何? 鍵だよな?」
「どこの鍵かはわかりませんが、食器棚で見つけたんです」
雨続きの湿気で開閉がしにくくなったカトラリーの引き出しを一度外して入れなおそうとしたら、奥板の裏側に小さな釘が打ちつけてあり、そこにかけてあったという。
「明らかに隠してあったわけね。クサイな」
「……この模様はどこかで見たな」
持ち手の部分の模様には確かに見覚えがある。
「あ! もしかしたら!!」
の頭の中で、昨夜感じた違和感と目の前の鍵が繋がった。
「何かわかったの?」
「ちょっと来て!」
そう言っては鍵を持って立ち上がり、歩き出した。
「おい! 引っ張るな!」
「どうしたんです?」
「昨夜、皆の声を聞いて部屋から出た時、不思議に思ったのよ。
私がいた部屋はどっちの部屋とも隣り合ってるのに、悟空の声は部屋の中にいた時より、ホールに出た時の方が大きく聞こえたの。
壁の厚さはどこも同じはずなのに」
言いながら歩くに続いて、全員でホールの鏡の前に立っていた。
「もしかしたら、右奥の部屋と左奥の部屋は、本当は隣り合ってないのかもしれない。
何かあるとしたら、ここしか考えられないわ!」
がパンと手を置いた鏡に全員の視線が向けられた。
「そういやー、事の発端もこの鏡だったな……」
そして鍵の持ち手の模様は、鏡の枠の中にも使われているものだった。
枠を調べると装飾の一部が外れ、取っ手のような形状になり、その陰に鍵穴らしきものがあった。
「開けますよ」
鍵が回り、カチャリと音を立てる。
取っ手を引くと鏡全体がドアになっていた。
中からひんやりとした空気が漏れる。
「暗いな」
ライトを手に進んだそこは途中から階段になっていた。
突き当たりにもう一つ、ドアがあった。
ノブに手をかけると回る。鍵はかかっていないらしい。
入ってみると、その部屋は小さく、埃臭かった。
天井近くに明り取りの窓と換気口がある。
元々は貴重品を隠す為の部屋だったのかもしれないが、住人がいなくなってからは納戸のような使い方をされたのだろう。
衣装箱や本の束、家具等が雑然と置かれていた。
「この絵、あの子供の家族かな?」
悟空が見つけた肖像画には四人の人物が描かれていた。
髭を蓄えた白髪の紳士と若い男女、そして、栗色の髪の男の子。
「やっぱり、この女の人、に似てねえ?」
「だな。父親の方は三蔵とはちっとも似てねーけど」
「でも、髪は金髪ですね……」
「そんなことより、あのガキを捜せ」
「…………いたよ……」
四人が絵を見ている間にが開いた一番奥の大きな衣装箱の中。
……干乾びた、子供のミイラ。
「こんなところで、ずっと待ってたの……? ……ひとりで……?
……寂しかったね……」
怖がることも、気味悪がることもなく、
静かに話しかけるの目は慈愛に満ちていた。
「「「「 ………… 」」」」
「ちゃんと見つけたよ……
だから、もう、ママやパパのいるところに行きなさい……」
がそっと頭を撫でると、その小さな体はサラサラと崩れ、塵となって消えた。
「「「「「 ! 」」」」」
しばらくは誰も口を開けなかった。
「……済んだな」
沈黙を破ったのは三蔵。
その視線の先の左手からは枷が消えていた。
「この部屋のことは黙っていましょう」
「……そうだな……」
「、大丈夫?」
「……うん……」
枷の消えたの右手首には痣が残っていた。
小さな手の形。
母親の手を離すまいとしていたのだろう子供の必死さが、いじらしかった。
部屋を出てドアを閉め、ホールに出て鏡を戻した。
ホールの窓から見ると、初日の夜からずっと降り続いていた雨が止んで、雲の切れ間から日の光が漏れていた。
「あ、天使の梯子……」
「、何? それ?」
「雲の切れ間から太陽の光が漏れて、スポットライトみたいになってることを『天使の梯子』って言うのよ」
「ふーん」
(あの梯子を使って天に昇ったあの男の子が、ちゃんとパパとママに会えますように……)
少女趣味かもしれないが、はそう祈らずにはいられなかった。
その夜、八戒とは並んでキッチンに立って夕食の準備をしていた。
鏡の鍵も、あった場所にもどしてある。
「ずっと何も手伝えなくてごめんね」
「いいんですよ、状況が状況でしたからね。
ずっと三蔵と一緒で大変だったでしょう? 雨でしたし」
「……うん、正直、しんどかった」
は苦笑しながら白状した。
「でも、三蔵なりにいろいろ気を遣ってくれてるのはわかってたし……
最初の夜は雷もすごかったから、あの時、一人じゃなかったのは良かったかなって思う」
(もしかしたら、それは三蔵にとっても同じことだったのかもしれませんけどね)
八戒はあの朝の二人の寝顔を思い出していた。
雨嫌いと雷嫌いが寄り添いあって……
と繋がれたのが自分じゃなかったのが少々惜しく感じられた。
「雷が怖い時はいつでも、僕のところに来てくれて構いませんからね」
が一番頼りたいのは三蔵だろうと思いつつも言ってみた。
「うん、ありがとう」
笑顔で素直に答えられて、少し意地悪な気分になった。
「明日、出発すれば、また野宿になるでしょうし、今夜はゆっくりお風呂に入ってください」
途端にの顔が赤くなり、恨めしそうな目で睨まれた。
「……八戒も悟浄も面白がってたでしょう……」
「そんなことありませんよ」
「声が笑ってるー!!」
「さ、準備ができましたから、皆を呼んできますね」
怒った時のの顔を思い出した八戒はそう言って、逃げた。
食事の後、入浴剤を入れた湯船に浸かりながら、はこの三日間のことを思い出していた。
(たまたま着いた街で、たまたま入ったホテルに幽霊がいて、その子の母親がたまたま私に似ていて、父親も三蔵と同じ金髪?
…………出来すぎてるわね……)
ちゃぷりとお湯を掻いたら、右手の痣が目に入った。
(でも、もし最初にこの手を掴んだのが、三蔵じゃなかったらどうなってたんだろう……?)
両親に別れて欲しくなくて、母親にそばにいて欲しかったあの子は救われていただろうか?
もし、自分たちがここに来なかったら、あの子はこの後もずっと、一人で待ち続けることになっていたのだろうか?
(……あの子にとっては良かったのかもしれないわね……)
自分にとっては良かったのか、悪かったのか……
判断に苦しむところだ。
思い出す度に赤面する。
薄いカーテン一枚隔てただけで浴びたシャワーや、初日の夜の事。
落雷に驚いて、思わず三蔵にしがみついてしまった。離れた後、どんな顔をすればいいのかわからなくて、三蔵の身体があたたかくて……三蔵も突き放すことはしなくて……
そのまま眠ってしまった。
朝、目が覚めたら目の前に三蔵の胸があって……驚いた。
前にも一度、似たようなことがあったけど、あの頃とは自分の気持ちが違う。
(こんなに好きになっちゃって……どうしようね……)
表面にわかりやすく出さないけれど、三蔵は、とても優しい人なのだと思う。
三蔵なら、あの子が姿を現した時に、力で強引にどうにかすることも出来ただろう。
でも、そうはしなかった。
術を解いてくれたのも、今、ジープに乗せてくれているのも、自分の我侭でしかないのに、それを許してくれている。
(三蔵の……皆の役に立ちたいな……)
何が出来るかわからないけれど、自分に出来ることをやっていこう。
皆に対して恥ずかしくない自分でいるために……
胸を張って、皆と一緒に立っていられるように……
ラベンダーの入浴剤の薄紫色のお湯の中で、そう思った。
end