Don't leave me alone.-4
その日、日中は特に変わったことはなかった。
午後から雨も小降りになったので、八戒と悟浄が街に情報集めと買出しに行った。
夕食の後、五人でダイニングのテーブルに座り、今までにわかった事を元に、この建物にいる「何か」について考えていた。
本日、判明した事、その1 ――このままでは出発は不可能――
ホテルに滞在の延長を伝えた時、本館に空き部屋ができたことを知らされ、その方が安眠できそうなので移ろうとした。
しかし、が離れを出ようとすると、枷が絞まるのだ。
何度試しても同じだった。
どうやら、をここから出したくないらしい。
何が起こるかわからない場所だ。
動きが制限されている三蔵とを二人きりで泊まらせるわけにはいかない。
このまま離れに連泊させてもらうよう頼んだ。
本日、判明した事、その2 ――この建物の最初の持ち主について――
・時期としては今から百年ほど前の出来事
・ホテルの元となった館を建てたのは成功した実業家
・この離れは息子夫婦の新居として建てられたが、その後、離婚
・息子夫婦が離婚した直後、その子供が行方不明に
・息子は失意のうちに早世
・跡継ぎがいなくなって家系は断絶
八戒と悟浄の聞き込みの結果、以上のことがわかった。
幸いにも話を聞いた人の中に、当時、祖母がここの使用人をしていたという老婦人がいたのだ。
「黒幕がこの離れに思いを残している人だとしたら、息子さんでしょうか?」
「何者にせよ、に執着する理由がわからんな」
「別れた相手に似てるとかじゃねーの?」
「だったら、三蔵と枷で繋げるなんてことしないと思いますよ」
「それもそうか。わざわざ他の男となんてなー」
「……たぶん、行方不明になったって子供だと思う」
「なんで?」
「今、思い出したの。
鏡に引き込まれそうになった時、最初に私の手を引っ張ったのって、小さな手の感触だった」
「そういう事はもっと早く言え」
「だから『今、思い出した』って言ったでしょ?
あの時はパニクっちゃってんだから仕方ないじゃない」
「まあまあ。
そう言われてみれば、確かにここで起きる怪現象は子供の悪戯じみてますね」
「そうだよ! 人の体に墨、塗ったくるなんてさぁ」
「ポルターガイストってのも、散らかしまくって片付けねーガキって感じだな」
「三蔵たちにはそういったことはなかったんですか?」
「……これだけで十分、怪現象だろうが」
三蔵は左手の鎖をジャラジャラと鳴らした。
「ガキの悪戯にしちゃタチ悪いよな」
「……うん。でも、これ以外は別に何もなかったと思うよ」
「こういった場所での怪現象は愉快犯的なものか、そこにいる人間を追い出す為のものだと思うんですけど、のことは引き止めたがってますよね」
「……私に用があるんだったら、直接、はっきり言いにくればいいのよ」
「?」
「……だんだん、腹、立ってきた……」
「「「「 ………… 」」」」
四人の前で、が怒りの感情を露わにしたのは初めてだったかもしれない。
美しい顔立ちからいつもの穏やかさが消えた表情にはなかなかの迫力があった。
この24時間で相当なストレスが溜まっているらしい……
深夜、建物中に、悟浄、八戒、悟空の悲鳴混じりの笑い声が響き渡った。
「だーっ!! うぜぇ! やめろーっ!!」
「あははっ!! あー! もういい加減にっ!!」
「うひゃ! うひゃひゃっ!! どこ触ってっ! うひゃー」
……三人は体中を無数の手にくすぐられていた。
目を覚ました三蔵とが部屋を出た時、は一瞬、何か違和感を覚えた。
が、それは目の前の光景にかき消されてしまった。
無数の足。
太ももの中程から上は霞んで消えている裸足の足がホール内を走り回っている。
「ベタだな……」
「うわー、気持ち悪い!!」
普段なら悲鳴の一つも上げるのだろうが、いい加減頭にきている分、却っては冷静だった。
軽く息を吸い込んだが、声を張り上げる。
「やめなさいっ!!」
ホール内の足と、三人をくすぐっていた手の動きが止まった。
「私に何か、用があるんでしょう? だったら、ちゃんと出てきて言いなさいっ!」
次の瞬間、足と手は消え、三人が部屋から出てくる。
そして、の目の前には子供が立っていた。
パッチリとした目の可愛らしい顔立ちをした、栗色の髪の五、六歳の幼児だった。
はしゃがんで、その子と目線を合わせた。
「どうしてこんな悪戯するの?」
「しらないひとは、いらないの」
「これもお前の仕業か?」
三蔵が手の枷を示すと、子供はコクリとうなずいた。
「どうしてこんな事したの?」
「ママとパパに、さよならしてほしくなかったの」
三蔵とは思わず顔を見合わせた。三人も同様。
「私は君のママじゃないし、この人も君のパパじゃないわよ?」
「でも、そうおもったんだもん!」
強い口調で開き直られて、唖然とした五人は返す言葉を見つけられなかった。
「まってたの。ママとパパがいっしょにきてくれるの、ずっとまってたの。
いちどパパがきたけど、ママがいなかったから、かくれてたら、みつけてくれなくて……
ママだったらすぐにみつけてくれるのに……
そしたら、もう、パパもきてくれなくて、ママとパパとぼくのうちなのに、しらないひとばっかりくるようになって……」
「だから悪戯して追い出してんのか?」
「だって、ここは、ぼくのうちだもん!」
「ねえ、僕たちは、君のことを『行方不明になった』って聞いてるんですけど、今、どこにいるんですか?」
「ずっと、ここにいるよ。でも、だれも、きづいてくれないの」
「三蔵もも、お前の親じゃないって、もうわかってんだろ?」
悟空の言葉にその子は泣きそうな顔でうなずいた。
「だったら、もうこれは外せ」
「だめ! まだ、だめ……」
子供は、三蔵の迫力にもめげず、頑なに首を振る。
は優しく訊ねた。
「私にどうして欲しいの?」
「……みつけて。ぼくを、みつけて……」
その子はを見つめながらそう言って、スーッと姿を消した。
「あ……消えた……」
「……やっぱり、子供でしたか……」
「ガキの一途さってのはうぜェよな……」
「こっちはいい迷惑だ」
「子供が親を恋しがるのは当然でしょ? まだ、あんなにちっちゃいんだし……
それであの子が満足するんだったら、見つけてあげなくちゃ……」
考えてみれば、ここにいる男たちは皆、親の愛情というものに縁が無いのだった。
にしても父親の記憶は無いし、母親も既に亡くしている。
『子供が親を恋しがるのは当然』というの言葉は誰にとっても重かった。
その後、各部屋をくまなく見て回ったが、子供が隠れていそうな場所は見つけられなかった。
時間も時間だったので、続きはまた明日ということにして寝た。
三蔵とが『パパ』と『ママ』……そう思うと、悟浄はおもしろくなかった。
(なんで、俺じゃいけなかったわけ?)
八戒もその人選を不思議に思っていた。
(また、一番、親には似つかわしくない人を……)
悟空は……そういう事に思いを馳せることなく眠っていた。
三蔵はのお人好しさに少々呆れていた。
こんな目にあって腹を立てていたくせに『見つけてあげなくちゃ』とも思うらしい。
子供を叱り付けた時の迫力と話を聞いてやっている時の優しさの落差にも驚いた。
(女ってのは、不思議な生き物だな……)
そしてはあの男の子の事を考えていた。
あんな小さな子供が、両親が離婚して母親と離れて、死んでなお思いを残して、百年もずっと一人で待ち続けている。
そう思うと可哀想でたまらなかった。
もし成仏できたら、きっと、あちらで母親や父親にも会えるに違いない。
(絶対に、見つけてあげるからね!)
そう決心した。