Don't leave me alone.-2
ダイニングキッチンのテーブルで、五人は途方に暮れていた。
聞き込みをした八戒の報告、その1 ――今までに起きた怪現象について――
・一晩中、建物内を走り回る足音がした
・ロックを外してもドアが開かず、朝まで風呂に閉じ込められた
・部屋の灯りが点いたり消えたりを繰り返した
・部屋のテーブルや椅子が動いたり、クローゼットのドアが突然開いたりした
・朝起きると、雨も降っていないのに雨漏りでもしたみたいに部屋中が水浸しだった
・夜中、枕元に大男や化け物が立っていた etc. etc.
……どれもお約束的なありきたりなものばかり。
つまり、今回は前例のない初めてのケースなのだった。
八戒の報告、その2 ――この建物について――
・ホテルの敷地と建物は昔のこの町の有力者のもの
・その家が没落した後、転々と所有者が変わった
・離れは以前よりあった模様
・十数年前に今の持ち主が買い取り、ホテルとして改装
・本館にはそういった類のものはないが、離れの怪現象はオープン当初より囁かれる
……年若いホテルのフロント係はそれ以上のことを知るよしもなく、年配の従業員はホテルの評判を落としかねない話題に口をつぐむ。
よって本日の収穫はそこまで。
あれ以来、鏡にも枷にも何の変化も起こらない。
皆、それぞれに対策を考えていたが、今の段階では完全にお手上げの状態だった。
「ここに何かがいて、『コレ』はそいつの仕業だってのは間違いねーよな?
黒幕をどうにかすりゃーいいんでない?」
「持ち主が転々としていたというのなら、ホテルになる以前から何らかの現象が起きていたんでしょうね。
没落したっていうのも気になりますし……
明日また、街のお年寄りにでも話を聞いてみます。
何か手がかりが見つかるかもしれません」
「でさあ、今夜どうすんの? 風呂とか、寝るとことか……」
悟空の疑問は誰もが考え、なかなか口に出来なかったこと……空気が固まった。
「……問題はそこなんだよなー……」
「……男同士だったら、不便なくらいで済んだんですけどね……」
「……いいよ……お風呂はもうあきらめたから……これじゃ着替えもできないし……」
「でも、、ずっと『早く風呂に入りたい』って言ってたじゃん?」
「だよなー」
「じゃあ、こうしましょう」
ニッコリと笑った八戒に、三蔵は嫌な予感を覚えた……
「……おい……」
嫌な予感は当たるもの。
三蔵はユニットバスの蓋を閉めた便座の上に座らされていた。
目隠しをされて。
「これでシャワーカーテンを閉めれば、あまり気にもならないでしょう」
(いえっ!! 十分、気になるんですけどっっ!!)
替えられる分の着替えを左手で抱えたの心の叫びも届かず、八戒はテキパキと事を進める。
「服は袖から鎖を通して、そのまま三蔵に持っていてもらうって事で。
ああ、バスタオルや着替えも持っててあげた方がいいですね。
濡れる心配がありませんし」
「ついでに右手も紐でくくって、その先を俺らが持ってるってのはどうよ?」
チャキ!
「つっ!」
三蔵が銃を構えると、の枷が絞まる。
この場合、発砲の対象は悟浄なのだがそこまでの判断はできないようだ。
「ダメですよ、三蔵、がいい迷惑です。
悟浄が言うほどのことまではしなくてもいいでしょう。
僕たちが部屋にいればいいことですから」
「……お前ら……何の心配をしている?」
「なこたぁ、決まってんだろ?」
目隠しの下の三蔵のこめかみには幾つもの青筋が浮かんでいた。
ユニットバスの入り口から少し離れたところで三人のやりとりを見ている悟空は笑い声を殺すのに苦労していた。
(三蔵、完璧に遊ばれてんじゃん! おもしろれーっ!!)
そんな悟空にが声をかける。
「悟空、三蔵の着替え持ってきてあげて。三蔵もシャワー浴びなきゃでしょ?」
「うん。わかった」
「三蔵、ごめんね。できるだけ急いで浴びるから」
本当はゆっくり湯船に浸かりたいけれど、この状況では到底無理。
悟空が戻ってきて、三蔵に着替えを渡すと、は浴室のドアを閉めた。
脱いだ服を全部三蔵に持ってもらうのは気が引ける。
畳んでドア近くの床に置き、袖が外せない上着だけ持ってもらった。
しかし、左手だけではあまりに勝手が悪すぎる。
「ごめん。ちょっと右手、使いたいから、手、伸ばしてもらえない?」
「……ほら」
面倒くさそうな声とともに、三蔵の手がシャワーカーテンの中まで伸ばされる。
軽く握られた拳。
接触事故を避けようとしてくれているのだろう。
(早く済ませなきゃ……)
はシャワーの蛇口を勢いよくひねった。
シャワーの水音は聞こえ始めたばかりだったが、三蔵は既にうんざりした気分になっていた。
(なんで俺がこんなことを……)
視界を塞がれて、着替えやタオルを持たされて……
きっと、あいつらは腹を抱えて笑っているに違いない。
しかし、これは突発的な事故のようなものだ。
より困った思いをしているだろうにあたるわけにもいかない。
視覚がない代わりに敏感になっているその他の感覚。
聴覚は室内の音を細かく拾い、左手はかかるシャワーのしぶきの一つ一つを感じ取る。
狭い空間を満たす、湯気と、シャンプーや石鹸の香り。
(にとっては悟浄じゃなかったのがせめてもだったな)
三蔵は深い溜息をついた。
交代でシャワーを浴びて浴室を出た二人は揃って目を丸くした。
二つのベッドがピッタリとくっつけてある。
「……?」
「……どういうことだ?」
「だって間が開いてたら、どっちかが寝返りうてば片方が落ちちゃいますよ」
「そんじゃ何? 三蔵サマは一つのベッドに二人で寝るつもりだったわけ?」
「……殺す!」
「銃はダメですよ、三蔵!」
「そうだよ! が痛がるだけだろ?」
「っ……チィッ!!」
「じゃ、僕たちももう休みますんで」
「二人とも、おやすみ〜!」
「、隣の部屋にいっから、なんかあったら大声出すんだぞ」
「てめェと一緒にするな! エロ河童!!!!」
三蔵が投げつけたハリセンは閉まったドアに当たって落ちただけだった。
は溜息をつくことしかできなかった。
八戒や悟浄の言動は理に適っている部分もあるが、ただ単に面白がっているだけのようにも見える。
(ここぞとばかりに、三蔵にささやかな復讐をしてるって気がするのよね……)
「寝ようよ……? ……もう今日はな〜んにも考えたくない……」
「……そうだな」
二人とも、心身ともに激しく疲労していた……
その頃、隣の部屋では日頃の鬱憤を晴らした二人が満足感を味わっていた。
「知りませんよ? 三蔵をあんなに怒らせちゃって。
最後なんて魔戒天浄でもかましかねない勢いだったじゃないですか」
「お前だって、面白がってたじゃんよ?」
「当然でしょう?
三蔵をおもちゃにできるチャンスなんて滅多にありませんからね」
やはり日々の行いというのは大事なようである。
「まあ、冗談はともかく、早くなんとかしないといけませんね」
「だな」
三蔵に細やかな気遣いなど期待できない。
が三蔵に想いを寄せているらしいことには二人とも薄々気付いているが、三蔵の気持ちはわからない。
恋人同士になれているならともかく、今の状況はには辛いだろう。
「俺らにもなんか仕掛けてくっかもしんねーし? 今夜は相手の出方を見てみるか」
「悟浄って取り憑かれやすそうですからね、気をつけてくださいよ」
「やーめろって。お前が言うとこえーよ」
「ん? 今、何か光りましたね」
少し間をおいて遠くからゴロゴロという音が聞こえた。
「雷……か。こりゃ雨も降るな」
三蔵とにとって、今日はつくづく厄日らしい。