Don't leave me alone. 拘束
そもそもタイミングが良かったのか、悪かったのか……
しかし、偶然も重なれば必然……
数日の野宿が続いた後、やっとたどり着いたその街は、五年に一度の祭りの最中だとかで大層な賑わいだった。
行く宿はどこにも部屋はなく、高台にある最後の一軒のホテルのフロントでも、返ってきたのは『生憎と本日は満室になっております』という、今日何度も聞かされた言葉だった。
「なんとかなりませんか?」
食い下がる八戒に向けられるのはフロント係の申し訳なさそうな表情と買出しをしながらここまでやってきて疲れてロビーのソファーに座っている悟浄と悟空、そして三蔵の『なんとかしろ』という無言の圧力。
一緒にフロントの前に立っているは八戒に同情したくなった。
「あのー、あそこに見えるのは客室ですか?」
窓越しに灯りの点いていない建物を見つけたが何気なく訪ねると、
「離れでございますか……?」
フロント係の顔色が微妙に変わった。
「部屋があることにはあるのですが、最近は使用されていないのです」
「何か問題でも?」
「申し上げにくいのですが……
お泊りになられるお客様によっては、ご不快な思いをされる場合がございまして……」
目を泳がせながらの歯切れの悪い返事に八戒とは顔を見合わせた。
「オプション付きってことかな?」
だらりと下げた両手首を見せながら小声で言うに八戒も頷いて同意する。
「は大丈夫ですか? 怖くありません?」
「あんまり、いい気はしないけど……私、霊感ってないから」
「じゃあ、決まりですね」
「うん」
二人にとっては出るか出ないかわからない幽霊よりも、今夜も野宿になってしまう場合の悲惨さの方が怖かった。
行程的にこの街の後はまた数日の野宿を覚悟しなければならない。
祭りの人ごみの中、夕食を済ませた後にも関わらず出店や屋台で買い食いに走りたがる悟空を叱り付けながら、ここまでやってきた三蔵の不機嫌さを更に上げてしまうのも避けたい。
は早くお風呂に入りたかったし、八戒もベッドで眠りたかった。
「「 構いませんので、そこに泊めてください 」」
「しかし……」
「大丈夫です。一応、お坊さんも一緒ですから」
幽霊がいるとして、頼るのなら僧侶である三蔵だろう。
八戒とはそう高をくくった。
しぶるフロント係をなんとか説得すると彼は支配人らしき人物と相談し、やがて四つの鍵を差し出した。
「こちらが玄関の鍵で、後はそれぞれのお部屋のものになります。
左手に一つと奥に二つの計三つ、ツインの部屋がございます。
ユニットバスは各部屋についておりますので。
右手の部屋はキッチンになっておりまして、食器や調理器具も備え付けてあります。
建物ごとお客様方のご利用となりますので、ご自由にお使いください」
こうして、今夜の寝床を確保することができた。
離れの玄関に入るとまず、広いエントランスホールの奥の大きな鏡が目に入った。
枠に豪華な装飾が施された四角い鏡はその両横にある部屋のドアとほぼ同じサイズ。
それがホールをより広く見せる効果があるようだ。
ホールの中ほどにはもう一つの部屋とその向かいの壁にキッチンのドア。
ホールを囲むように四つの部屋が配置されているらしい。
ひととおり見て回ると、最近は使われていないということだったが掃除や手入れは行き届いているようだ。
キッチンもダイニング付きの広いものだった。
いわく付きとはいえこれを格安で使えるのは有難い。
オプションの話をすると、三人とも鼻で笑った。
誰にとっても宿に泊まれることの方が重要だったのだ。
が一人で左奥の部屋を使い、三蔵と悟空が右奥の部屋、八戒と悟浄が左手の部屋を使うことになった。
「やっとお風呂に入れる〜♪」
鼻歌交じりのが部屋のドアを開けようとした時、何かが手を引っ張った。
見ると、右手の指が付け根まで鏡の中に吸い込まれている。
( え? )
目を疑っていると、ズッと手首まで引き込まれた。
「きゃあぁぁっ!!」
ドアに手を突いて抜き出そうとするが、引かれる力の方が強い。
悲鳴に振り向いた三蔵が見た時には、肘の近くまで鏡の中に埋まっていた。
「なっ!!」
訳がわからないが、緊急事態であることには違いない。
後ろから左手での腕を掴み、右手での腰を支えた。
しかし、の腕は捕まえている三蔵の手もろとも鏡の中に吸い込まれ続ける。
他の三人もやってきて、その光景に愕然とする。
「てめえら、なに見てる!? 手伝え!!」
三人もの左腕や、三蔵の身体を掴まえ引っ張った。
しかし、男四人がかりの力でも敵わない。
「嫌っ! いやぁぁっ!!!」
もう肩まで引きずり込まれているはすっかりパニックを起こしている。
自身、左腕の肘近くまで引き込まれている三蔵は舌打ちしながら銃を取り出した。
ガウン!
放たれた銃弾は鏡を壊すことなく、中に吸い込まれていく。
そこから波紋のように広がった円がの腕のある場所まできた時、二人の腕が一気に抜けた。
「「「「「 うわあぁぁっっ!!!!!! 」」」」」
反動で五人の身体は後ろに倒れこむ。
「……いってぇー」
「あいたたたた……」
「三蔵! 早く退け、重えよ!」
「その前に! 俺の上から退け!!」
しかし、はそれどころではなかった。
「……何? これ……?」
鏡から出てきたの右手首には黒い金属の枷がはまっていた。
そこから伸びている鎖を目で辿ると、同じような黒い枷に行き着いた。
それが付いているのは自分のものではない手首……
白い袖に包まれた
――三蔵の左手――
「えぇーーーっっっ??」
の絶叫がホールに響いた。
「……これは……また、面妖な……」
「……これがこの建物のオプションってこと?」
「俺に訊くなよ……」
「「 ………… 」」
五人揃ってホールの床に座り込んで、目の前の状況に困惑していた。
三人の会話も当の二人の耳には入っていないようだ。
ただじっと、互いの手首を繋ぐ鎖に視線を注いでいる。
その長さは40cmくらいだろうか?
「……頭、痛くなってきた……」
ようやく口を開いたの思考回路はショート寸前らしい。
「それはこっちのセリフだ……」
実際、三蔵は額に手を当てている。
この枷にはどこを探しても鍵穴らしきものが見当たらなかった。
三蔵が銃で撃つには至近距離過ぎて腕まで撃ち抜きかねない。
他の者に撃たせるとしても射撃の腕に不安が残る。
せめて鎖だけでも切れたらと、三蔵が銃を握った時
「つっ!」
が悲鳴を上げた。
「「「「 どうした? 」」」」
「枷が絞めつけてくる……」
の右手は血管が浮き上がり、枷より先の部分がみるみる変色していく。
このままでは骨まで砕けるのではないかという勢いだ。
三蔵が銃を下ろすと枷は緩んだ。
がホッと溜息をつく。
その後、三蔵が銃を構えると枷がしまり、下ろすと緩むということが数回繰り返された。
「これって、どーゆーこと?」
「『外させない』ってことでしょうか……?」
「ただの枷じゃないってか?」
「だとしたら、これは術か念によるものだな」
三蔵は真言を唱えようとしたり、札を使おうとしたり、いくつかの方法を試したが、やはり、枷が絞まり、外れる前にの手を千切ってしまいそうになる。
「チッ! どうあっても邪魔するつもりか……」
「あー、もう……どうなってんのよぉ……」
は泣きそうな声でそう言うとがっくりと頭を垂れた。
極秘に片想い中の相手と利き手が繋がっているなんて、いくらなんでも心臓に悪すぎる。
しかも今の三蔵の機嫌は最悪だ。
「……僕、ホテルの人にこの建物のことを訊いてきます」
「とりあえずさ、椅子にでも座らねえ?」
「そうしようぜ。俺、ケツ、冷たくなってきた」
三人の言葉に、やっと三蔵とも立ち上がる。
二人を繋いだ鎖がジャラリと音を立てた……