Accidents ある日の午後
旅の途中、町と町の間の山林を走っていた一行は流れのきれいな河原を見つけ、ここで少し遅めの昼食と休憩をとることにした。
悟浄は土手に寝そべってタバコをふかしながら、買い置きの食材で食事を作る八戒との様子を見るとはなしに見ていた。
ここ数日、の三蔵に対する態度がなんとなくおかしい。
避けているというほどではないが、どことなくぎこちない気がする。
そのくせ、時々、三蔵の後ろ姿にもの問いたげな視線を送っていたりするのだ。
……これは、気になる……
の気持ちが三蔵に向かってるのは判っている。
本人は気付かれないようにしているつもりなんだろうが、根が正直な分、よく観察していれば丸わかりだ。
気付いてないのは悟空くらいだろう。
あの三蔵が女に興味を持つなんてあり得ないと高をくくっていたが、それが間違いだった。
本人にその自覚があるのかは謎だが、今や三蔵もに対して特別な感情を抱いていることは確かだった。
同じ女に惹かれているのだ。悟浄にはそれが良くわかった。
(あの野郎、なんか言うか、するか、しやがったのか?)
目の前の、のどかで平和な光景とは裏腹に、悟浄の心中は複雑だった。
(これからは三蔵の動きにも注意しねーとな……)
食事の支度をしながら八戒と話しているの笑顔が目に入る。
(これを独り占めさせてやるつもりなんてねーからな)
とりとめのない話をしながら八戒を手伝うは、することができてホッとしていた。
何もせずジープに乗っているだけだと、つい考え込んでしまう。
『好き』だなんて、言うつもりのなかったことを言ってしまった。
三蔵があんなことするから……
言ってしまった後も、言葉での返事はなかった。
ただ、唇を塞がれただけ……
(あれはどう受け取ればいいのかな?)
同情や、その場の雰囲気に流されてで、ああいうことをする人じゃないと思う。
しかし、三蔵のキャラ的に『もう言うな』という意味にもとれそうで……
あの後、素っ気無く『戻るぞ』と言った三蔵の後ろについて宿に帰った。
そして翌朝からはいつもどおり……まるで何も無かったみたいな態度。
なんだか、あの夜のこと全部、夢だったんじゃないかという気がしてくる。
でも……唇が感触を覚えてる……
(ねぇ? 私、あなたのこと、好きでいてもいいの? 三蔵……?)
他の四人からは少し離れた場所で三蔵はマルボロを燻らせていた。
食事の用意を手伝っているが、チラリとこちらに視線をむけ、戸惑うように目を伏せる。
あの夜以来、何度も繰り返されていることだった。
実のところ、三蔵も戸惑っていた。
思いに流されるまま、あんな行動をとってしまった。
の言葉によってもたらされたのは「喜び」や「嬉しさ」といった感覚だった。
何故、嬉しかったのか、その理由にも気付いてはいる。
それは、今まで自分には不必要だと背を向けていた感情。
しかし、この気持ちをそれと認めてしまえば、いつか抑えがきかなくなる。
そうなったら……今のままではいられない。
きっと、を変えてしまう。
その時、は旅の同行を望むだろうか?
……自分に笑ってくれるだろうか?
あれ以来、は三蔵に笑わない。
いや、おそらく笑えないのだ。
笑顔を作っていても、その瞳には困惑の色が浮かんでいる。
自分以外の者には躊躇なく向けられる笑顔に、理不尽とはわかっていてもイラついてしまう。
そんな自分の態度がますますを戸惑わせていることも、ちゃんとわかっている。
抜け道のない堂々巡りにはまったようで、ひどく胸クソが悪い。
(、そんな目で見るな。俺はお前を不安にさせたかったわけじゃない)
「食事の準備ができましたよ」
八戒の声に皆が集まってくる。
少ない品数で白熱する悟空と悟浄のおかずの取り合いに、それを治める三蔵のハリセン。
いつもどおりのように見える賑やかな食事風景の中、八戒は内心、溜息をついていた。
(あーあ、三蔵もも何やってんでしょうね。
ギクシャクしちゃってるのバレバレですよ?)
この前の宿で夜中に二人でどこか行っていたようだった。それ以来だ。
何か進展があったのは確実として、それでお互い、どんな態度で相手に接すればいいかわからなくなっているというとこだろう。
初心というか、不器用というか……
今時、中学生でももっとサバサバしているだろうに。
はたから見る分にはおもしろいが、三蔵の不機嫌のとばっちりをくらうのは避けたいし、三蔵はともかく、のことは放っておけない気分だ。
影の保護者としては悩むところだった。
(さて、どうしたもんでしょうね……)
三蔵とのことになんて何も気付いていない悟空は一人、平和だった。
食事は済んだものの、あの程度では到底満足できない。
「食い足りねー。魚でもいねぇかなあ?」
川の中を覗きながら言うと、
「悟空、育ち盛りだねぇ」
傍で食器を洗っているが笑った。
この後も運転をしなければならない八戒に休憩してもらうため、後片付けはが引き受けたのだった。
「でも、仕方ないよ。次の町までまだ二日はかかるらしいし。
今、食糧がなくなったら後は絶食になっちゃうよ?」
「だってさー」
反論しようと川面から顔を上げて悟空はそれを見つけた。
「おおっ!! あっちの岸の木、なんか実がなってる!」
大喜びで飛び乗った川岸の大きな岩がその拍子にグラリと揺れ、転がった。
「うおっ!?」
「え!?」
バシャーーン!!
派手な水音をたて、悟空は川の中にしりもちをついた。
「うわっ! 冷てー!!」
胸まで浸かって、思ったほど深くなくて良かったなどと思っている悟空に、三人が慌てて声をかけた。
「悟空! 早く退け!!」
「、敷いちゃってます!!」
「溺れちまうだろ! 早く退け!」
見ると、悟空がしりもちをついているのはの背中の上だった。
うつ伏せでもがくの顔の辺りからはブクブクと気泡が溢れている。
「ああっ!! ごめん!」
悟空は慌てての背中から腋の下に腕を回して抱え起こした。
「ぷはっ!!」
全身ずぶ濡れになったが咳き込みながら大きく息をする。
「ひどいよ、悟空……」
「ごめん! わざとじゃないから!!」
「わざとだったら、もっと怒ってる……」
「、大丈夫か?」
「うん、なんとかね」
川底に沈んだ食器を拾いながら答えるは笑顔で、四人は安心した。
「後は僕がしますから」
「ごめんね。休ませてあげたかったのに……」
「いいんですよ」
そんなやりとりをしてジープに向かうの背中を悟空はじっと見ていた。
腕の中にすっぽり納まった細い身体の感触がまだ残っている。
「って、すっげえ、柔らけえんだな……」
小さく漏らした悟空のセリフに二人が反応する。
「悟空?」
「……なに色気づいてんだよ?」
「なっ、悟浄と一緒にするなよ!」
そう言いつつも、悟空の顔は少し赤らんでいる。
「俺、着替えてくる!」
プイっと背を向けた悟空を二人はやれやれという表情で見送った。
着替えの入った荷物に手を伸ばそうとして、悟空は一瞬、固まった。
その目に入ったのは、ジープの陰で着替えているの姿。
慌てて後ろを向いたが、一瞬の光景は目に焼きついてしまっていた。
男のものとは違う、小さくて、丸みのある白い背中。
そのわきから少しだけのぞいていた、ふくらみの輪郭。
そっとその場を離れたが、胸がすごくドキドキしている。
「なんだよ、悟空。着替えるんじゃなかったのか?」
「濡れたままだと風邪をひきますよ?」
「だははっ! バカは風邪ひかねーだろ!」
悟浄と八戒が近付いてきたので、悟空は慌てて振り返った。
まだが着替え終わってなかったらそちらへ行かせるわけにはいかない。
ジープの陰から出て来たの姿が見えてホッとした。
しかし、それと同時にさっき見たものが目に浮かぶ。
(……なんか、様子が変だな……)
自分のバカ発言に腹を立てない悟空が悟浄には不思議だった。
「悟空? 顔が赤いですけど、まさか、本当に熱でも出たんじゃ?」
「うわぁっ! なんでもない!!」
ブンブンと頭を振る悟空の様はとてもなんでもないようには見えなくて、悟浄と八戒は顔を見合わせた。
悟空の胸のドキドキはまだ治まらない。
(本当に、俺、どうしちゃったんだろう?)
どうやら悟空の中でに対する意識が変化し始めた模様……
end