Become good
打ち粉をした台で饅頭の生地を捏ねていたはふと傍らに目を向けた。
テーブルの角を挟んだ斜向かいに座って両手で頬杖をついている悟空は、大きな瞳をきらきらと輝かせ期待に満ちた眼差しで作業を見守っている。
その様子が微笑ましくて、つい、悪戯心が起きた。
「そんなに見られてたら、なんか緊張しちゃうよ」
手を止めて、わざと苦笑めいた笑顔を作って言うと、
「あ……ごめん。つい、面白くて」
悟空はそう言いながら頬杖から顔を上げ、心持ち背筋を伸ばした。
そんな反応にはまた笑ってしまう。
「謝んないで。冗談よ。ごめんね」
そうペコリと頭を下げて、は作業を再開させた。
今日の昼過ぎくらいに着いた町で取れた宿が自炊も出来るタイプのものだったので、悟空のリクエストでおやつに肉まんを作っているのだ。
そういう時、出来上がるのが楽しみで、出来立てを食べたくて、悟空がにくっついているのは毎回の恒例となっていた。
調理する手元をじっと見られるのは確かに緊張することだけど、いい加減、慣れてもきている。
「そっか、よかった〜!」
安心したように笑う悟空の素直さにの心が和む。
(うーんと美味しいお饅頭、作んなきゃね)
は生地を捏ねる手に力を込めた。
「はい、生地はこれでひとまずOK〜!」
いい具合に捏ねあがった生地をラップで包んで休ませ、その間に中身のあんを作る。
ネギだの椎茸だのといった材料をハイスピードでみじん切りにしていくに悟空がため息をつきながら言った。
「スゲェ〜……!」
「すごくないよ。こんなの慣れだもん」
「俺さ、長安に戻ったら、料理おぼえたいなあとか思ってんだけど、そんなに出来る気がしなくってさ」
そうか、悟空も食べるだけじゃなく、作る方にも興味が出てきたのか、と、思うと作業を見る目の熱心さにも納得がいく。
料理の先生はたぶん八戒になるのだろうけど、自分にも出来ることがあるのなら手伝いたい。
応援するつもりで言ってみた。
「大丈夫! 悟空にも出来るよ。
誰だって最初はゆっくりしかできないけど、やってくうちに上手くなってくものだもん」
「そうかなぁ? 『誰だって』って言うけど、悟浄の作るモンなんかヒデェぜ?」
「え? 悟浄も料理作ったりするの?」
悟浄が台所に立っている姿なんて想像できない。
にとってはとても意外なことだった。
「たまに。ごった煮ラーメンとかだけど」
「『ごった煮』……」
頭にパッと思い浮かんだのは、食すのには勇気がいりそうなシロモノでなんともコメントしがたく、は言葉をおうむ返しにすることしかできなかった。
「量は多いから食べるけどな……
だから、料理できないのって俺と三蔵だけで……
でも、料理できると食いたい時に食いたいモン食えんじゃん?
だから、旅が終わったら覚えたいなって……」
悟空の言う事はいちいちもっともだった。
「うん、確かに、自分で作れると食べたい時に食べたいもの食べられるね……
そっか、やっぱり三蔵って料理できないんだ」
「うん。三蔵が台所に立ってるとこなんて見たことない」
「そもそも三蔵には『自分で調理する』って概念がなさそうよね」
「あー! そんな感じ、そんな感じ!」
「もし作ったとしても、出来上がるものの味が心配だし」
「三蔵、『みかくしょーがい』だからなー。
刺身にもマヨネーズつけるし。
三蔵が料理するとなんにでもマヨネーズ入れそうじゃねえ?」
「入れそうで怖いね〜!」
「でも、その割に鍋奉行なんだよな」
「不思議よね。お寺じゃすき焼きやしゃぶしゃぶは出ないでしょうに」
「ほら、悟浄にはよく『生臭』とか言われてんじゃん。肉も魚も食うし」
「お酒も飲めばタバコも吸うし?」
「そうそう! あと、妖怪も殺しまくってるし」
「それでも『最高僧』の『三蔵法師』ってのがすごいよね」
「俺、三蔵が坊さんらしいとこなんて数えるくらいしか見たことねえぞ?」
「それでも見たことはあるんだ?」
「うん。やっぱ、寺に一緒に住んでたんだしさ。
でも、三蔵が執務室に入っちゃうと一人で遊びに出たりとかもしてたからなあ」
「お寺での三蔵ってどんな感じだったの?」
「今とあんま、変わんねえよ?
偉そうだったし、寺の坊さんにも『うるさい、死ね』とか言ってたし……
あ、でも、今の方がなんか伸び伸びしてる感じはあるかな?」
「ふぅん。そうなんだ〜」
「その頃から、ハリセンではよく叩かれてたな。
さすがに銃はぶっ放さなかったけど」
「あははは!
一応『最高責任者』なんだし、お寺のトップ自ら壁を破損させるのはマズいでしょう」
いつの間にか、話題は料理のことから三蔵のことに移っていた。
この二人にとってそれはとても自然なことで、料理の話よりも話が弾むのも当然のことだった。
みじん切りにした材料と挽肉を混ぜ合わせる時も、小分けにして丸く伸ばした生地であんを包む時も二人は三蔵の話で盛り上がった。
「あれ? 具がなくなったけど皮はまだ残ってんじゃん。どうすんの?」
いい具合に湯気が上がるせいろに肉まんを並べているに悟空が訊き、
「ん〜? それはねー」
返事をしながら、せいろに蓋をしたは冷蔵庫からそれを取り出した。
「これを包むの」
が手にしたものを悟空が覗き込む。
銀色のバットの上、ほぼ同じ大きさに丸められた餡子が行儀良く並んでいた。
「あー! 餡子か〜!」
食べられる種類が増えたと笑顔になった悟空に
「そう、あんまんも作りま〜す!」
そう宣言して、は早速、餡子を生地で包み始めた。
が、
「三蔵、餡子好きだもんな」
『わかってるよ』という顔で言われて、一瞬、グッと言葉に詰まった。
「そ、それだけで作ってるわけじゃないよ? 八戒だって食べるし……
それに一番沢山食べるのは悟空じゃない!」
恥ずかしさを誤魔化そうとすると、無意識のうちに早口になってしまった。
これではむきになって言い返しているようだ。
なのに悟空はニコニコと笑っていて、はますます恥ずかしくなった。
「うん。俺、いっぱい食べたいからさ、作ってよ。」
からかうこともせず、優しい声で言う悟空の笑顔はお日様のようだ。
「うん……美味しく作るから、待ってて」
は素直に頷くことができた。
甘い餡子と一緒に大好きな気持ちも包み込もう。
大切な人たちに、特別な人に、美味しく食べてもらえるように。
――美味しくなぁれ! 美味しくなぁれ!――
せいろから上がる湯気の向こうに、これを食べる皆の顔を思い浮かべながら、は手を動かし続けた。
end