Rest  〜another side of "Indian Summer"〜

よく晴れた穏やかな午後だった。

「ん〜!」

両手を大きく広げて伸びをするの口から無意識のうちに声が漏れる。
そのまま深呼吸をして、息を吐き出しながら見上げた空は青く、雲もほとんどない。

「このお天気なら、夕方には乾くよね?」

干し終わったばかりの洗濯物と空を交互に見やってつぶやきながら、は今現在の平和を噛み締めていた。

昨夜は野宿だった上に敵襲まであって大変だったし、物資の不足で朝食らしい朝食が摂れなかった悟空と戦闘中に最後のタバコを失くしてしまった悟浄の口喧嘩はいつも以上に騒がしかったし、お昼の少し前にこの町に着くまで、はとても落ち着けるような状況ではなかったのだ。

でも、早めのお昼にと入った食堂の料理は美味しかったし、そこにあった自販機でハイライトも買えたし、宿もすぐに見つかって部屋も二つ取れたし、こうして洗濯もできた。

晩秋のわりには暖かい気持ちのいい日差しだから、買出しに出かけた悟空と悟浄と八戒の三人も、散歩気分で楽しんでいるかもしれない。

そして、一人で留守番をしている三蔵は、新聞でも読んでいるはずだ。
部屋を出る前にお茶を淹れた湯呑みはきっともう空になっているだろう。

(おかわりを淹れてあげなくちゃね)

は足取りも軽やかに部屋へと向かった。

「ただいま〜! 今、お茶のおかわり……」

元気よく部屋に戻っただったが、三蔵へと向けた声はだんだんと小さくなり、最後の『淹れるね』の部分は口から出ることはなかった。

てっきり新聞を読んでいると思っていた三蔵の様子がいつもとは少し違ったのだ。

室内にあった大きなソファーに座った三蔵の眼鏡の奥の目は閉じられている。
新聞も広がってはいるがまるで毛布かひざ掛けかというように身体に被さっている。
状況の推測は簡単だった。

(……新聞、読んでるうちに、寝ちゃったのね……)

昨夜は安眠できたとはとても言えないし、昼食の後は眠くなるものだ。
このソファーのすわり心地は良かったし、窓から注ぐ光も暖かい。
居眠りのひとつくらいして当然だろう。

(……三蔵の寝顔ってこんなだったっけ……?)

思わずまじまじと眺めてしまったその顔は思いのほか穏やかだ。

同じ部屋に泊まることも少なくないけれど、こんな明るさの中、こんな近くでこんな寝顔を見るのは初めてかもしれなかった。

(……気持ちよさそう……)

はひどく嬉しい気分になってしまった。

――もっと近くで、もっとよく見ていたい――

起こさないように細心の注意を払いながら掛けたままになっている眼鏡を外し、新聞を取った。
そっと、そっとソファーの上に上り、三蔵の顔がよく見える位置に落ち着いた。

男の人にしては白めの肌が、キラキラと日差しを返している金色の髪が、とても綺麗だ。
瞼が閉じられていて紫の瞳が見えないのは残念だけど、睫毛も長い。
スッと通った鼻筋に、少し厚めだけど形のいい唇。
見れば見るほどうっとりしてため息しかでてこない。

垂れ目だの女顔だのとからかわれることもあるみたいだけど、今でさえこれだけ迫力のある美丈夫なんだから、これでつり目だったり雄々しかったりしたら、とんでもないことになると思う。

(……でも、いいのは顔だけじゃないもんね……)

面倒くさがりだけど、その実、真面目な努力家だってことを知ってる。
表面的なことに惑わされずに、物事の本質をまっすぐに見抜くことができる人だということも。
弱さと、それを乗り越えようとする強さを持っていることも、厳しいのは優しいからだってことも知ってる。

それから……それから、声もとっても良いと思う。

(起きたら、何をしてあげようかな?)

肩でも揉んであげたい気分だけど、年寄り扱いするなって言われるだろうな。
とりあえず、お茶を淹れて……でも、買出しにいった皆が帰ってるなら、買ってきたものによってはコーヒーの方がいいかもしれない。

そんなふうにいろいろと考えながら、の意識にも少しずつ霞がかかってきた。

ゆっくりとした瞬きを繰り返すうちに目が開いている時と閉じている時の長さが反転していく。

――あったかくて、気持ちいいね――

――三蔵が寝ちゃったの、わかるよ――

――あ〜、しあわせ――

夢うつつの中で、満ち足りた気分と素直な想いが、暖かい空気に溶け込むように広がっていく。

(……だぁ〜いすき……)

面と向かっては言えないその一言を、瞼の中に浮かんだ三蔵の顔へ放り投げて、は意識を手放した。

束の間の安眠に浸る二人を窓から差し込む光が優しく包み込んでいた。

――玉のごとき小春日和を授かりし――

(松本たかし 「松本たかし句集」所収)

end

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