Dinner time
その時、ふと頭をよぎった違和感も、そこに並べられているものに目を落とした途端、忘れてしまった。
「うわ〜……食べるのが勿体ないみたい」
が思わず呟くと
「そう言いながら、もう箸を取ってるじゃねえか」
呆れたような三蔵の声が返ってきた。
今日の宿はいつもより少し豪華だった。
辿り着いた町が湯治場として有名な場所で、宿といえば温泉目当ての客をターゲットにしたいわゆる『くつろぎの宿』が主だったのだ。
高級過ぎずボロでもない平均的な宿を選んだつもりだったが、それでも普段泊まっている宿よりランクは上だ。
部屋へと案内してくれた人が温泉と食事が売りだと言っていたが、なるほど、先に入った温泉は女湯でも広くて源泉掛け流しでとても気持ちが良かったし、部屋の居心地も良い。
そして、この食事だ。
夕食は会席料理のコースということで、今、運ばれてきたのは前菜と椀物、お造りなのだが、前菜だけでも五種類あるのだ。
これは次の料理が運ばれて来るまでに食べておかないとテーブルに皿を置けなくなってしまうだろう。
二部屋に分かれて泊まることになった時、食事は一緒でも構わないと伝えたのに、宿の人がそれぞれの部屋に運ぶと言った理由がわかった。
確かに、この品数での五人分なんて、運ぶのも並べるのも大変だろう。
「――美味しい!」
箸をつけるのを躊躇いたくなるくらい綺麗に盛り付けられていた料理は食べてみると味も申し分ない。
はすっかり嬉しくなって、たまの贅沢を楽しむことにした。
だが――
「最初から飲みすぎじゃない?」
は煎茶をもらったが、三蔵は冷酒を飲んでいる。
差し向かいで酌をしているのはだが、少しピッチが速い気がした。
「茶を飲むための『懐石』と違って、この『会席』は酒を飲むためのものだからな」
「料理はまだあるんだから、ペース考えて飲まないと酔っ払っちゃうよ?」
「別に構わんだろう」
三蔵は飲むのが当然だと思っているらしい。
実際、二人共もう入浴は済ませているので、後は寝るだけだし、食べているのも寝るのも同じ部屋なのだから少しくらい飲みすぎても大丈夫ではある。
「まあ、そうだけどね」
そう、この話題を締めながらは、いつもとはどこか何か感覚が違うのを感じていた。
料理はその後も適度に間隔を開けて運ばれてくる。
焼物、揚物、酢の物、それらのメニューを味わいながら話題にもして、は気付いた。
思い返してみれば最初に『いただきます』と手を合わせた時から漂っていた違和感の原因に。
二人で食事をしている。
だからだ。
『いただきます』と挨拶をした声の数が、食事中の会話の数が、普段より断然少ない。
それが違和感となっていたのだ。
三蔵と二人でお茶を飲んだり、おやつを食べたりするのは、にとって、既にほぼ日常となっている。
しかし、二人きりで食事をとることなど、今までほとんどなかった。
この旅に加えてもらってから、食事といえば、いつも五人だった。
たとえ宿で部屋が別だったとしても、食事は食堂だったり同じ部屋に運んでもらったりで一緒だった。
(……あれ?)
――三蔵と二人でごはんを食べるのは初めてかもしれない――
そう思った瞬間から急に、はなんだか恥ずかしくなってきてしまった。
(なんで……?)
自分でも変だと思うけれど、一度、意識し始めてしまったら、もう、どうしようもない。
努めて普段どおりにしようと思うけど、どうしても口数は少なくなってしまう。
助け舟となったのは次に運ばれてきた料理だった。
『特選牛を使ったすきやき風鍋』という説明で出された鍋物が、三蔵の中の鍋奉行を出座させたのだ。
「肉としらたきを近くに置くんじゃねえってんだ」
「こんな小さな鍋なんだから仕方ないじゃない」
固形燃料を使う小さな卓上コンロにのっているのは、一人分の食材が納められている小さな鉄鍋だ。
具をどんな配置にしたって近くには変わりない。
「肉が固くなるだろうが」
酒がすすんでいるせいもあるのか今日のお奉行はいつも以上にうるさそうだ。
「だったら、三蔵の分のしらたきは私の鍋で預かるから」
「卵は黄身だけ入れるモンだ」
「はいはい、余分な白身は私が引き取ります」
三蔵をなだめながらあれこれとかいがいしくしているうちに、は感じていた気恥ずかしさを忘れていた。
そんな自分に自嘲する。
(なんだかんだいってもね……)
――三蔵に何かしてあげられることが嬉しい――
それが正直な気持ちだ。
(皆がいたら、『甘やかしすぎ』とか言われちゃうかな?)
――でも、今は二人だから――
(たまにならいいよね?)
――食事と一緒に二人きりの時間も味わおう――
季節の炊き込みごはんと香の物が運ばれ、食べ終わった鍋が下げられた時、世話を焼くだしがなくなったと少し残念に思ってしまったことは内緒だ。
(ああ……私って、やっぱり……)
――やっぱり、三蔵のことが好きなんだなあ……――
そう、再確認してしまったことはもっと内緒だ。
おそらくはとても貴重な、二人での食事の時間はもう終わりに近づいている。
さあ、デザートはなんだろう。
end