散歩
宿の裏庭で洗濯物を干したは気持ちよく空を見上げた。
所々に白い雲がふわふわと浮かんだ青空はよく晴れて、心地良い微風が洗濯物を優しく揺らしている。
(ん〜! いいお天気!)
大きく伸びをすると、昨夜の野宿の疲れも取れる気がした。
(えーと、あとしなきゃいけないことは……)
空になった洗濯カゴを抱えて、この後の予定を考える。
洗濯物を片付けるには乾くのを待たねばならないし、荷物の整理は買出しに行っている悟空、悟浄、八戒の三人が帰ってからの方がいい。
(……やっぱり買い物に行きたいなあ)
が洗濯をしに部屋を出た時、廊下で会った三人が買出しに行くのは知っていたけど、男の人には頼めない、男の人と一緒ではしにくい買い物だってあるのだ。
だからチャンスがあった時にはすぐ買える様に、街や村に着いた時は財布だけはいつも持ち歩くようにしている。
少し迷ったけど、部屋には戻らずこのまま買い物に出ることにした。
宿の二階の部屋では一人残った三蔵がいつものようにお茶をすすりながら新聞を読んでいる。
ことわって行っても三蔵がいい顔をしないことはわかってるし、こっそり買いたい物のことを説明するのにも抵抗がある。
それに、こんなに気持ちのいい日なんだから、少し散歩もしてみたい。
黙って出掛けたと知れたら叱られるだろうし、心配してくれる気持ちは嬉しいのだけど、過保護すぎる三蔵に対して『もう少し信用してくれてもいいのに』と、拗ねたくなってしまう時があることも事実だ。
(ごめんね。あとでちゃんと謝るから)
心の中で両手を合わせて、裏庭の垣根にある裏口からこっそり抜け出した。
……そんな自分の様子を窓から見下ろしている視線があったことに、はまったく気付いていなかった。
町に出たは、買出し中の三人に見つからないように気をつけながら目的の買い物を済ませた。
ここで帰ってもいいのだと悩んだけれど、最終的に足は宿とは反対の方向に向かってしまった。
今日は二部屋に分かれて泊まるから、三蔵と二人だけの時間は夜にもゆっくりある。
やはり、少しだけ歩いてみたかった。
好天の下、のんびりと歩く街中は平日の午後の穏やかさで、は植え込みに咲いている花を眺めたり、店先のショーウィンドウを覗いたりしながら久々の散歩を楽しんでいた。
途中で見つけた持ち帰りも出来る甘味処で薄皮饅頭を買ったのは、三蔵に食べさせてあげたいと思った純粋な気持ち半分と、ご機嫌取りに使えるかもという計算半分。
そして、その店から出た時に『あれ?』と思った。
視界の隅に白いものがチラリと見えた気がしたのだ。
そちらの方を見ても誰もいなかったから最初は気のせいかと思ったのだけど、歩いているうちにそうでもないらしいと思い直した。
意識や聴覚を後ろに集中させると、誰かに尾行されていることがわかる。
初めは敵かと緊張したけど、最初に見えたものが白かったことからもう一つの可能性に気付いた。
いずれにしろ、その正体は確認しなければならない。
は大きなショーウィンドウの中を見ているふりをしながら、そのガラスに反射している風景に目を凝らした。
そこに映っていたのは
――実に不機嫌そうな顔をした金髪の最高僧――
は吹き出しそうになったのを咳き込んだふりをして誤魔化した。
足音を立てないように歩きながら一定の距離を保ち、且つ、他人からは不自然に見えないように散歩中の旅行者を装っているようだけど、その容姿から周囲の目を引いてしまっている男の姿がそこにあった。
驚いたというか呆れたというか……
でも、無性におかしくて、嬉しくて……
追跡者に背を向けて歩き始めると、はもう、ニヤける顔を抑えられなかった。
……洗濯を終えた足で出てきたのに、いつからつけられていたんだろう?
そういえば、三蔵は自分の保護監視を命じられている。
でも、これは忠実に職務をこなしているというわけではなさそうだ。
本当に、どこまで心配性で過保護なんだろう。
(ああ、そっか……)
『保護』と言うと義務で仕方なくやっている感じがするし、『監視』と言うと冷たく厳しいイメージだけど、『見守られている』と思うと、安心で嬉しい気持ちになる。
三蔵は、言葉では何も言わないけれど、こんなふうに態度で表してくれる。
(……だから、大好きよ)
別々に、でも、二人でしている……そんな奇妙な散歩だったが、それでも、は楽しかった。
……さあ、いつ、気付いてることを教えてあげようか……?
ちなみに…………
後ろを歩く三蔵が『いつ、叱りつけてやろうか?』と袂の中でハリセンのグリップを握っていることをは知らない。
end