Present for you

謝恩セール中の商店街の人で賑わう催し物広場で、その四人は少なからず人目を引いていた。

恐らく旅行者であろう彼らは美形揃いの上、紅い髪だったり、小さな竜のような生き物を連れていたり、その小さな身体のどこに入るのだろうというほど大量の買い食いをしていたりと、それぞれに一人でいたとしても目立つであろう特徴を持っていた。

さらに、紅一点の美人は、さっき広場の一角で行われている福引抽選会で、当たりの鐘を鳴らされたばかり。

注目するなという方が難しいのだった。

その当人たち――悟空、悟浄、八戒、の四人――は、 周囲からの視線など全く気にすることなく、軽食用のテーブルで相談事をしていた。

「で、どうします?」

「もう、パーッと使っちまおうぜ」

「だから、その使い方をどうするかってことでしょ?」

「全部、食いモンでいいじゃん!」

「「「 却下! 」」」

この町に着いて昼食を摂り、宿を決めた後、三蔵以外の四人で買い出しに出かけた。

セール中だという商店街では買い物をするたびに金額に応じて福引券を貰い、必要な買い物を済ませたところで数えてみると、丁度、四回、抽選できる枚数が集まっていた。

そこで、四人で一度ずつ引いてみたところ……悟空と悟浄は参加賞のポケットティッシュ、八戒は六等のタオル、そして、が……

特等を当てたのだ。

思いがけない幸運に、皆、喜んだが、問題はその賞品だった。

福引の賞品はこの商店街の商品券だった。

金額としては決して小さくはなかったが、この町でしか使えないのなら、ひととおりの買い物を終えた自分たちにとってはあまり使い勝手がない。

ビール券、図書券等のどこでも使える金券に替えるという手もあったが、場所によってはそれも使えない場合もあるだろうし、この商店街の活性化のためのものなのだから、と考えると少し躊躇われもした。

悟浄と八戒とが使途を考えている横で、『全て食料に』という案を却下され、買ってもらった大量のおやつも全て平らげた悟空は、つまらない気分で辺りを見回した。

広場には福引の抽選以外にも子供向けのゲームのコーナーや、いくつもの屋台があり、なかなか盛況だ。
そしてやっぱり悟空は人々が持っている食べ物に目がいってしまう。
ダメ元で言ってみた。

「なあー! ソフトクリーム食いたい!」

「お前、まだ食うつもりかよ?」

「あ、でも、ソフトクリームなら私も食べたい」

「……しょうがないですねえ……悟空、これで最後ですよ?」

も食べたいと言ってくれたのがラッキーだった。
悟空は大喜びでお金を貰って、早速買いに行った。
二つ買って、両手に一つずつ持って、皆のいるテーブルに……

! 買ってき――うわっ!」

近づいたところで、悟空は何かにつまずいて転んでしまったのだ。

ソフトクリームをしっかり握った両手は上にあげたままで、胸から着地した根性はさすがだったのだが

「きゃっ! つめたっ!」

聞こえたの声に顔をあげると、悟空の持っているコーンの一方から振り出されてしまったアイスが見事にの側頭部に命中していた。

「ああっ! ごめん!」

「なにやってんだよ!? 猿!」

「とにかく何か拭くものを!」

「……今日の私って、よっぽど引きが強いのね……」

さっきもらったばかりのティッシュやタオルで拭いて、なんとか落ち着いたけれど、結局、ソフトクリームは無駄になってしまったし、服にも少し付いてしまっていた。

周りの人にも笑われてしまったし……一陽来復ということだろうか?

拭いたのに髪や顔はベタベタする。このままでは気持ち悪いのでちゃんと洗いたい。
は貰った商品券を八戒に渡し、使い道は三人に任せて先に帰ることにした。

が部屋に戻ると、三蔵の機嫌はそこはかとなく悪かった。

たぶん、帰りが遅くなったのが気に入らないのだろう。
はまずそれを詫び、お茶を入れながら出掛けている間のあれこれを報告した。

「くだらねえ……余計な事してるから面倒ごとが増えるんだろうが」

確かに福引なんてしなければ、商品券の用途に悩むことも、頭でソフトクリームを味わうはめになることもなかっただろう。

しかし、は、ソフトクリームの一件を話した時、三蔵が一瞬、吹き出しそうになったのを見逃してはいなかったし、それで若干、機嫌が治ったらしいことも感じていた。

「はい、ごめんなさい」

はそう謝って、着替えを手にユニットバスに入った。

シャワーを浴びながら、そのうち皆も帰るだろうと思っていたのだけれど、洗った髪を乾かし終わっても三人は戻ってこなかった。

今日の宿では2−3の部屋割りだけど、皆だったら、宿に戻れば商品券をどんなふうに使ったかくらいは報告してくれるはずだ。

(八戒も一緒だから大丈夫だと思ってたんだけど……探しに行った方がいいのかなあ? でも三蔵は『放っておけ』って言うに決まってるし……)

がそんなふうに悩んでいるところで、やっと三人が帰ってきた。

「ただいまー!」

「遅くなりましたー」

賑やかに部屋に入ってきた三人は買出しの荷物以外にも、大きな紙袋を持っている。

! ほら、オ・ミ・ヤ・ゲ!」

悟浄に渡された紙袋を受け取ったが中を覗くと、綺麗にラッピングされた箱をいくつか入っていた。

「『お土産』?」

不思議そうな顔をしたに、三人が口々に言う。

に似合いそうなもん、買ってきたんだ!」

「あなたが当てた商品券ですし、たまにはこんな買い物もいいでしょう?」

「開けてみろよ。絶対、気に入っから!」

「えー!? いいの?」

は驚いたが、素直に嬉しかった。

さっそく一番大きな箱のリボンを解き、シールやテープを剥がして包装を開く。
箱から出てきたのはチャイナドレスだった。
その色は色の白いには似合いそうだったし、の好みにも合っていた。

「うわー! きれい……」

満面の笑みを浮かべてため息まじりに言ったに三人も笑顔になる。

「着てみてよ! 俺、がこれ着たとこ見たい!」

「あ、それから、着替えんのはアッチの部屋でな」

そう言った悟浄がチャイナを持ったの背に手を回して移動を促す。

「えっ?」

「せっかくですから、ちょっとした趣向を用意してみたんです。
大丈夫ですよ。嫌な思いをさせることはありませんから」

戸惑うに簡素に説明した八戒も、件の紙袋を手に取りながら『こちらへ』と手で示す。

「え? 『趣向』って? えっ?」

こうしては別室へ連れ出され、室内には三蔵が一人、残された。

(なんだってんだ? 一体……)

三蔵はイラつきながらタバコに火を点けた。

存在を丸無視されたことも、を連れて行かれたことも気に食わない。

あの三人が何を企てているかなんて興味はないし、どうせくだらない事だろう。
誘われても乗ってやるつもりなどないが、しかし、自分だけが蚊帳の外というのは面白くない。

そして、一番苛立たせられるのが、そのくだらないであろう企みが何なのか、が今どういう状態になっているのか、気にならないと言えば嘘になるという事実に対してだった。

実に胸クソの悪い時間をハイペースの喫煙で紛らわしながら過ごし、しばらく経った頃、部屋のドアが開いた。

「さあ、、早く入ってきてください」

「えー!? だって!」

先に部屋に入った八戒が開いたままのドアに向かって呼ぶが、は何故か躊躇っている。

「いーじゃん、せっかく綺麗にしてもらったんだからよ」

悟浄もドアのところまで来て言うが、はまだ顔を見せない。

「恥ずかしいよぉ〜!」

『恥ずかしい』? なにが? 三蔵のイラつきが増していく。

「いいから! ほら!」

「なんだか知らんが、お前ら――」

三蔵が言おうとした文句が途中で止まったのは、悟空に背中を押されながら、やっとが部屋に入ってきたからだった。

悟空が口でつけた『ジャーーン!!』という擬音は三蔵の耳には入っていなかった。

たぶん初めて見るの姿がそこにあった。

チャイナを着て、姑娘風の髪型をしたの顔は綺麗にメイクアップされていた。

シャドウやマスカラのアイメイクが目をさらに大きく見せ、白い肌にピンク系のチークや口紅が良く似合い美しい顔立ちをより華やかに彩っている。

アップにした髪は首筋をすっきりと見せているし、耳に揺れる金色のイヤリングもいいアクセントとなって、輝きを加えていた。

金糸で細かな刺繍が施されたロングチャイナは生地の深い瑠璃色が短袖から伸びる腕やスリットから覗く足の白さを際立たせ、身体のラインにフィットしたデザインがのスタイルの良さを引き立てている。

同系色のミュールを履き、アンクレットをつけた足元は足首の細さを強調させていた。

街中にいたならば、誰もが目を奪われてしまうであろう佳人がそこにいた。

三蔵は何を言おうとしていたのかどころか、さっきまでのイラつきも忘れてしまっていた。

指先に挟んだままになってしまったタバコの先から灰が落ちる。
しかし、それにも気付かなかった。

「なあ、三蔵! キレイだろ?」

「元がイイから磨き甲斐もあるってモンよ」

悟空と悟浄の声で我に返った三蔵は

「……何、企んでやがるのかと思えば……」

と、言いながら、タバコを灰皿で揉み消した。
他にどんなリアクションをすればいいのかわからなかった。

「この宿のお嬢さんにも協力をお願いして、お化粧してもらったんですよ。
これも宿のご主人からお借りしました」

八戒が手にしたポラロイドカメラを持ち上げながら言い、

「皆で、写真撮ろうぜ!」

「あ、一枚は俺とのツーショットな」

悟空と悟浄もはしゃいだ声を上げた。

「ねえ……どうかな……?」

恥ずかしそうに少し俯いたがはにかんだ顔で上目がちに訊いてきたが、残念ながら三蔵にはこういう場合に言うべき言葉の持ち合わせがない。

「……杭にも笠」

口から零れたのはその一言だった。

とたんにの表情が変わり、その背後で八戒もギョッとしたような顔になった。

「あっ、そう! そうよね。三蔵に期待する方が間違ってるのよね」

三蔵の言葉に『わからない』というような顔をした悟空と悟浄も、の反応からそれが褒め言葉ではないことを察したようだ。

は三蔵にくるりと背を向け、

「写真、撮って〜! 写真!」

と、三人に笑った。

(……ヤケクソみてぇな笑顔だな……)

(これは、やっぱり、怒ってるんですよね……?)

(なんか、怖えぇ……)

三人はそれぞれにの中にある三蔵に対する怒りを感じとってはいたが、そこには触れなかった。
皆、やぶへびは避けたかったし、自分が可愛かった。

部屋で写真を撮った後は、そのまま宿の食堂に行き夕食を摂った。
その頃にはの機嫌も幾分か持ち直していたし、食堂でも人目を引いていたが悟空、悟浄、八戒の三人には誇らしく思えたものだが、三蔵は静かに不機嫌だった。

、これ、静かに見てください」

食堂を出て部屋へと廊下を歩いている時、八戒がにそれを手渡した。

『静かに』と言われた意味がわからなくてが見上げた八戒は唇に人差し指を当てている。

は不思議に思いながら手の中のものを見た。

それはさっき撮った数枚の写真だった。

が一人で写っているものが五枚。
とそれぞれのツーショットが一枚ずつ。

ツーショットのものは、悟空とは頬をくっつけあうようにしていて、悟浄には肩を抱かれ、八戒とも腕を組み、ジープは腕に抱いて、誰もとびきりの笑顔だったが、三人に引っ張り出されるようにして渋々撮った三蔵とのものは、二人の間には距離はあるし、三蔵はいつにも増した仏頂面な上、も拗ねたように明後日の方向を向いていた。

宿のご主人にカメラを返す時に撮ってもらった全員での一枚も、三蔵は端でムスッとしている。

見ているうちにさっきのムカついた気分が甦ってきただったが、最後の一枚を見て、思わず八戒を見上げた。

「これ……?」

小声で訊いたに八戒はこっそり教えてくれた。

を見た瞬間の三蔵ですよ」

それを聞いて、はまじまじとその写真を見つめた。

アップで写っている三蔵は、目を見開き、口も少し開いている。
驚いているような、放心しているようなその表情は初めて見るものだった。

「こんなふうに、あなたに見惚れてたんですよ」

八戒に言われて、とても照れくさかったが、それ以上に嬉しかった。
こんな証拠写真があるのなら、三蔵に口でどんなことを言われても、笑って聞き流すことができる。
その写真での機嫌は全快した。

「三蔵には内緒ですよ?」

「もちろん」

こんな写真があることを知ったら、三蔵は破り捨ててしまうだろう。
ポラロイドだからこの一枚しかないのだ。
写真は全部、八戒に預かってもらうことにした。

部屋に戻ってからも、三蔵の機嫌は低空飛行のままだった。
テーブルに座り、が淹れた茶を飲んでも、それくらいでは治まらない。

あの連中が買い出しに行ってから、イラつくこと面白くないことが目白押しだ。

出掛けたがなかなか戻ってこなかったとも、あの三人が企てたことも、自分だけが部外者にされてしまったことも、気に食わない。

何よりも面白くないのが、まだ自分の知らないの姿というものがあった事。
そして、それが自分以外の者の目に晒された事だ。

あの三人も宿の者も手放しの褒めようだったし、それがまんざらでもなさそうだったにもムカついた。

写真なんぞに引きずりだされたのも本意ではなかったし、その時ののあてつけるような振る舞いにも神経を逆撫でされた。

がそんな態度をとったのは、自分があんなことを言ったせいなのだとわかってはいるのだが、自分のこんな性格はも知っているはず。
あれくらいのことで腹を立てる方が狭量なのだ。

三蔵は自分のことは完全に棚に上げ、全てのことをのせいにしてイラついていた。

そのは今、ユニットバスの中で化粧を落としている。

何故か機嫌が直っているようで、それが不気味でもあり、何か理由があるのかと勘ぐりたくもなる。
勘気が解けたのは結構なことだったが、それがさらに三蔵の居心地の悪さを増していた。

こんな気分を解消するには……

簡単だ。
自分しか知らないの顔を増やせばいい。

三蔵がそう自分だけの企みに気を取り直していると、洗顔を終えたが出てきた。

「あー! さっぱりした!」

そう言って笑う、化粧を落とし結っていた髪もといたは見慣れたいつもの顔だ。

ただチャイナを着ているという点だけが違ったが、確かに、たまにはいい趣向かもしれなかった。

いつ、どう仕掛けてやろうかと策略を巡らせる楽しさを味わいつつ、を眺めていてそれを発見した。

「おい、それはなんだ?」

刺繍の色に混じっていて今まで気付かなかったが、の右肩、チャイナの合わせ目の辺りに刺繍とは違う形のものがあった。

「『それ』って?」

は何のことだかまだわかっていないようだ。
三蔵は立ち上がっての傍まで行き、それに手を伸ばした。

「何か付いてたの?」

指先の軽い力で簡単にとれたそれはシールだった。
おそらく、包装に使用されていたものがなにかのはずみで付いてしまったのだろう。

三蔵の指先に移ったそれに二人で注目してしまい、三蔵はきっかけをつかんだ。

リボン結びの型をした金色のシールにはエンボス加工が施され、中央には文字が浮かびあがっている。

――Present for you――

「そうか、なら、貰ってやる」

「え?――」

状況を把握できていないに構わず、その顎を捕まえて口付けた。

さあ、堪能してやろう。
自分だけが見られるの姿を。

――たっぷりとな――

end

Postscript

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