タバコ
宿の部屋。
悟浄はベッドに寝転んで、食事も入浴も済ませた後の、寝るまでの空白の時間をもてあましていた。
大部屋だったなら悟空をからかってヒマを潰すこともできるのだが、今夜は全員が一人部屋だった。
出掛ける気にはなれない。
テレビもラジオも無いような古い宿しかない村には夜遊び出来るような場所もなかった。
手持ち無沙汰にタバコを取り出し火をつける。
ジッポの蓋が立てる乾いた音が部屋に響いた。
微かにオイルの臭いの混じる一服目を長く吐き出して、ふと、自嘲した。
『もぉ〜! 寝タバコはダメって、いつも言ってるでしょ〜!』
そう怒るの姿が目に浮かんだのだ。
(へいへい。わかってますよ〜……)
起き上がって移動した。
壁際の床に座り込んで、足元に灰皿を置いて、壁にもたれた。
そういえば
『タバコ、止めようと思ったこととかないの?』
『まったくねーな』
いつだったかそんな会話をしたことがあった。
『身体に悪いってわかってるのに……』
『それでも吸いてーモンなのよ。ちょっとくらい毒があるモンの方が魅力的だろ?』
『……よくわかんないよ』
『「必要悪」って言葉もあんだろ?』
『それは、この場合、絶対、ちょっと違う!』
一連のやりとりを思い出して笑って、『これは重症だな』と、思った。
ほとんど吸わないまま短くなってしまった一本目をもみ消して、二本目に火をつける。
口にすることが出来ない言葉を飲み込むように、有害な煙を肺まで送り込んだ。
身体に悪いとわかっていながら止められない。
苦しいだけなのだとわかっていても止められない。
『片思い』はまるでタバコのようだ。
(でも、今更、他のになんか変えられねーしなー……)
さっきの分を取り戻すように、じっくりと味わった。
(コレが気に入っちまってんだから仕方ねえか)
燃え尽きた灰を落としながら、いつかこの想いも燃え尽きる時が来るとするのなら、それまでは呑み込み続けるのもアリかと思った。
(やっぱ、止めらんねえな……)
そして、また、ハイライトの青いケースに手を伸ばした。
すぐ傍にいんのに、絶対に手を出せねえ状態ってのは、この上ねえ毒だよなぁ……
end