可愛い
「ふぅ…」
昼過ぎに着いた宿で洗濯をして、裏庭に干し終えて、はホッと一息ついた。
天気もいいし風もあるから夜までには乾くだろう。
空になったカゴを抱えて宿に入ろうとした時、その人影に気づいた。
「買出し終わったの? 悟空」
裏口のステップに腰掛けているのは悟空だった。
「うん、さっき帰ってきた……」
「どうしたの? なんか元気ないね」
「んー? ……あのさぁ……」
「うん?」
は悟空の隣に座った。
「……俺ってやっぱ、バカなのかなぁ……?」
「え?」
「そりゃあさ、八戒や三蔵に比べりゃ全然、物知らないし、勉強だって嫌いだけど、こういっつも『バカ』だの『猿』だの言われてると、たまには落ち込みたくなるっつーか……」
「ああ……うん、傷ついちゃうよね……」
三蔵や悟浄が悟空のことをバカ呼ばわりするのは年中行事だし、傍目には親愛の情のように見える時もあるのだけれど、さすがに当人にとってはそうではないらしい。
悟空には珍しくスネてしまっているようだ。
「さっきだってさ、見慣れないモンがあったから『コレ何?』って聞いたら、三蔵は『そんなモンも知らんのか』って怒るし、悟浄は『食えるぞ、食ってみろ?』なんてからかうし……
八戒が教えてくれなかったら、本当に口に入れるとこだったんだぜ……」
「……悟空は可愛いね」
思わず笑いながら言ってしまったが
「までバカにすんのか?」
と、返されて
「してない! してない!!」
慌てて両手を振った。
「『素直だなぁ』って思っただけ。それに、女が言う『可愛い』は褒め言葉なんだよ?」
「……言われても褒められてる気なんてしねえよ」
「ごめん。男の子だもんね……」
隣でため息をつく悟空に謝って、は続けた。
「前に八戒から聞いたんだけど、みかん使って算数の勉強した時、6ひく2がゼロって、理由が『皆で食うから』って言ったことあったんだって?」
「……そんなこと……あったかなぁ……?」
「算数の答えとしては間違ってるかもしれないけど、私は、そういう悟空の考え方、好きだよ」
「そうか?」
「うん。世の中って、絶対的に正しい決まった答えがある事って少ないからね。
人それぞれの考え方とか願いとかあるし、立場が違えば出てくる答えも違うでしょう?
大事なのは自分が信じられると思ったものを信じることだと思うよ」
「信じること……」
「そう。そしてね、それには知識とか教養とかは特に必要じゃないのよ。
自分にとって何が一番大切なのか、自分がどうしたいのか、それさえわかってればいいの。
悟空は、ちゃんとわかってると思うよ」
「そう……かな?」
「凝り固まった常識や思い込みで、物事の本質が見えなくなってる人って多いから……」
「そうなのか?」
「うん。素直な気持ちでまっすぐに物をみつめられるのって才能だし、すごく素敵だと思う」
「へへっ!」
どうやら、気を取り直したらしい。
照れくさそうに笑う悟空を見ながらは思った。
(『そんなとこが可愛い』なんて言ったらまたスネちゃうよね?)
「さ、部屋に戻ろう? 洗濯したら、ちょっとお腹すいちゃった」
「そうだ! さっき美味い肉まん買って来たんだ! の分もあるから食おうぜ!!」
「うん」
食い気優先な悟空を再び『可愛い』と思ってしまったが、立ち上がりながら、さりげなくの手にあったカゴを持ってくれる優しさはなかなかにポイントが高い。
そのうち悟空は『可愛い』という形容詞を使いづらい『イイ男』になるだろう。
その成長を見守れたら、と、願うだった。
end