連れて行って

――なんだろう? こんな感じ――

歩きながら、は不思議な感覚を味わっていた。

初めて来た場所なのに、なんだか懐かしい……

その日、辿り着いたのはどこにでもあるような小さな田舎町だった。
一軒だけあった古ぼけた宿に三蔵を残し、悟空、悟浄、八戒と買出しをしながらは、村に入った時から感じている奇妙な、しかし不快ではない感覚について考えていた。

既視感とは違う。
でも、こことよく似た場所を自分は知っている……そんな感じだった。

そして、畑仕事の帰りらしい男の人と擦れ違った時、『ああ、そうか』と思った。

気付かせてくれたのは、その人が肩に担いだ鍬に付いていた土のにおい。

田畑が生活のすぐ傍にあるこの村は、その規模や集落の様子が故郷の村と似ている。

目抜き通りと呼ぶには質素すぎるが間違いなくこの町のメインストリートであろう、個人経営の商店や飲食店が並んだ通りの感じや、一歩、通りを外れれば、民家の間には畑が点在する素朴な町並み。

そういったものが、懐かしさを感じさせているのだ。

不思議な感覚の原因はわかったし、それも別に悪い理由でもない。
は懐古的な気分に浸りながら買出しを続けた。

「なーんもねえ村だな」

買出しを終えて宿の部屋に戻った途端、悟浄がつまらなさそうに呟いた。
たぶん、ナンパをする場所も相手も期待できなくてテンションが上がらないのだろう。

「でも、食い物は美味そうだぜ! 帰ってきた時、なんかスゲェいい匂いしてたし!」

悟空はそう夕食への期待を膨らませ、八戒も

「この辺りは土地が肥えてるとかで、農作物の出来が良いそうですよ」

と、それにのった。

そんな会話を、は聞きながらお茶を淹れ、三蔵は聞いているのかいないのか、タバコをふかしながら新聞をめくっていた。
今日は大部屋に全員で泊まるのだ。

「この宿の食事って、農薬や化学肥料を使ってない自家製の野菜で作ってるんだって」

がお茶の入った湯呑みをテーブルに置きながら言うと、八戒が嬉しそうに言った。

「ああ、それはいいですねー! やっぱり家庭菜園は有機農法ですよ」

「あ、八戒が『家庭菜園』に食いついた」

「八戒の言う『将来の夢』だもんなー」

「家庭菜園が八戒の夢なの?」

にとっては初耳だったが、悟空と悟浄がからかうように笑っているあたり、以前にもそういう話題になったことがあったのだろう。

「ええ、僕は老後に――」

、聞いても無駄だぞ」

八戒が嬉々として話し始めた途端、それまで会話に入っていなかった三蔵が、そう遮った。

「なんで?」

が訊くと、悟浄がうひゃうひゃ笑い出した。

「確かに無駄かもなー!
、八戒の老後のヴィジョンってな、話す度に違ってんだよ」

「あ、でも、家庭菜園は絶対やるんだよな? 芋、植えんだろ? 芋!
んで、秋には焼き芋大会ー!」

「ええ、そうですよ、悟空。悟空も手伝ってくれるんですよね?」

「おお! 任せとけ!」

悟空は八戒の『家庭菜園』を楽しみにしているらしい。

はクスクス笑い出した。
年を取った皆の姿なんて想像できないけど、なんだか楽しそうだ。

「ねえ、八戒が家庭菜園なら、皆の将来の夢ってなんなの?」

何気なく訊いてみたら悟空が即答した。

「俺はでっかくなりてえ! こう、筋肉ムキムキでマッチョに!」

「……俺は先のことはあんまり考えねーけど……
そーだな、死ぬときゃ美人と一緒に腹上――」

スパーン!

そのセリフは最後まで言い切る前にハリセンの制裁を受け、悟浄は舌を噛んだ。

「くだらねぇ事ばっか言ってんじゃねえよ。
将来も何も、俺はとっとと今の任務を終らせてえんだよ!」

それぞれのあまりにそれらしい返事と一連のやりとりには笑いが止まらなかったが、

はどうなんですか?」

訊かれて、

「え? ん〜……私も特にはないかなぁ?」

そう答えながら考え込んでしまった。

「村を出てからは自分の事だけで精一杯だったし、今も旅の途中だし……」

昔はそんな事を考える余裕は無かったし、今は皆と一緒にいられるだけで倖せで、先のことはあまり意識していなかった。

「あー、一度、村に行きたい……」

フッと頭に浮かんだのは故郷の村のことだった。

「どこの?」

悟空に聞き返されて、思った事がそのまま口に出てしまったのだと気付いた。
大事な使命を負っての旅の途中なのに、失言だった、と慌てたけれど、遅かった。

「故郷の村ですね?」

がフォローの言葉を発する前に八戒が確認してきて、肯定しないわけにはいかなくなった。

もう言ってしまったことなのだ。
ここで下手に誤魔化しても、きっと、皆は気にする。
正直に言う事にした。

「うん……」

買出し中に、今いる村が故郷に似ていると気付いて、気になったのは家族の墓のことだった。

村を出る前に一度、暇乞いに行き、掃除や手入れもしたけれど、それ以来、行ったことはない。

異変の後、妖怪の襲撃を受けて、もう「村」ではなくなってしまった事はさんから聞いた。
住んでいた家も焼失してしまったらしいし、廃村になった今、どんな状況になっているかはわからない。

でも、家族は今もあの場所に眠っている。

いつか、機会があったら、行って、もう一度、手を合わせたい――

思っていたことを全て素直に言葉にして、最後に付け足した。

「でも、村を出る時に『もう二度と来れないかもしれないよ』っては言ってきたし、あくまでも『いつか、チャンスがあったら』って話」

それで話を終らせたつもりだった。

「チャンスならあんじゃねぇ?」

「うん、帰りに寄ればいいじゃん」

悟浄と悟空にあっさり言われて、少し戸惑った。

正直、西での用事が済んだ後に寄る事ができたらと、思わない事はなかったが、そんな我侭を言って皆に迷惑を掛けたくは無かったからだ。

「でも、行ったって買出しもできないのよ? もちろん宿もないし」

「その辺は前もって用意しておけばいいことですし、最初からそのつもりでルートを組めばそう遠回りにもなりません。
何も不都合はありませんよ」

「じゃ、決定な」

「良かったな、

「行く時には花とお線香も用意しておきましょうね」

そんな風に三人はすっかり盛り上がってしまい、は恐る恐る三蔵の様子を窺った。

お茶を啜っていた三蔵がその視線に気付いて、ため息をついた。

「経の一つくらいは唱えてやるが、長居はしねえぞ」

そう許可を下した三蔵はまた湯呑みに口をつけ、はやっと笑うことが出来た。

「……ありがとう……」

まだ先のことだけれど、行けた時には、そこに眠る三人に報告しよう。
この人達に出会えて、今、自分がとても倖せなことを。

の生まれた村かー……どんなとこか楽しみだな! なんか美味いもんある?」

「今はなーんにもない廃村だよ? あ、でも、もし夏に行けたら、桃は生ってるかも」

「桃?」

「うん、家の裏に大きな桃の木があったの。たぶん、まだあると思う」

「季節がずれていても、春だったら花がきれいでしょうし、葉があれば入浴剤にいいですよね」

「帰りに絶対、行こうな」

「うん、連れて行って」

「……お前ら、その前に西に行かなきゃならんってこと、わかってんだろうな?」

「「「「 はーい、わかってまーす 」」」」

声を揃えて返事をしながら、はとても嬉しかった。

早く帰りたいだろう時に寄り道をさせてしまうことになるのに、誰も反対などせず、むしろ皆の方から『行こう』と言ってくれた。

自分の我侭でしかないと諦めていた事が叶った。

具体的な『将来の夢』なんてないけれど、願うことは一つだけだ。

――ずっと皆と一緒にいたい――

今は想像できない皆の老後の姿も、ずっと一緒にいれば見ることができるだろう。

今、旅をしている理由もそれだ。

三蔵と離れたくない。
三蔵が行くのならどこにだってついていく。
ずっと三蔵と一緒にいたい。

だから、三蔵の行くところに私も連れて行って。

end

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