必要
「珍しいな」
宿の浴場で汗を流して部屋に戻った三蔵はにそう声を掛けた。
部屋のテレビが点いていたのだ。
以前、は『一人で長く旅をしている間にテレビを見る習慣がなくなった』と言っていたし、実際、いつもなら茶でも啜りながら読書をしているので、確かに珍しいことだった。
「ん、ああ、テレビ? 本、読み終わったから、なんとなくね」
はそう言いながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出して三蔵に渡し、テレビを消した。
「見ないのか?」
ベッドに腰掛けて缶ビールのタブを起こしながら訊いた三蔵に、は
「うん。暇つぶしだったし、恋愛ドラマってあんまり好みじゃないし」
と答えて、三蔵と向かい合うようにもう一つのベッドに腰掛けた。
「だって『あなたがいないと生きていけないー!』なんてベタでしょ?
逆にしらけちゃって」
思い返してみると、は読む本でも恋愛がメインのものはほとんどない。
もともとそういう性質なのか、生きてきた環境の中でそうなってしまったのかはわからないが、がそっち方面に鈍いことだけは確かだ。
「お前らしいな」
なんとなくおかしくて口元を緩めると、
「そう?」
は少し首をかしげた。
「んー、そうね。
私だったら『あなたがいないと生きていけない』なんてこと言ったりしないと思う。
三蔵だって、そんなこと言われてもウザいだけでしょ?」
「まあな」
それからは、何かを思い出すような顔をしながら、話し出した。
「14の時に思い知ったの。
どんなに悲しくったって、身体は生き続けようとするものなんだって……
心は死んだみたいになって、生きてく気持ちなんて持ってないのに、声が枯れるまで泣けば喉は渇くし、食欲なんてなくても味なんてわかんなくても、無理やり口に突っ込まれた食べ物は呑み込めばちゃんと消化されて、トイレにだって行きたくなるし、切り傷は塞がって血が止まって皮膚は再生されていくの……
情けなかったぁ……
『なんだ、身体は生きようとしてるんじゃない』ってね」
雷が鳴っているわけでも酒に酔っているわけでもないのに、がこんなふうに昔のことを話すのは珍しい。
三蔵はビールを飲みながら黙ってそれを聞いていた。
「でも、しばらく笑えなかったし、話せなかったのよね。
夜、眠れないことも多かったし……だから、思うの」
「何を?」
もったいぶった言い方にのせられて三蔵は先を促す。
「もし三蔵たちと離れ離れになったとしたら……
それでも私は生きてるんだろうけど、きっと心からは笑えないだろうし、綺麗なものを見ても綺麗だなんて思えないんだろうなって」
少し俯いて視線を合わせないままに続けたは、そこで言葉を切って顔を上げた。
そして、
「だから、私が、私のままで生きていくためには三蔵が必要なの」
三蔵の目をまっすぐに見て言ったは、その後、恥ずかしそうに笑って、
「私も何か飲もうかな」
と、照れ隠しのように立ち上がって冷蔵庫に向かった。
完全に毒気を抜かれて固まってしまった三蔵は、呑み込むことを忘れて口の中でぬるくなってしまったビールを喉に押し込むことしかできなかった。
(……ざまぁねえな……)
思いがけなく聞けた愛の告白にも似た言葉。
それを言うの表情。
今、自分の胸を満たしていく感情がなんなのかは知ってる。
人がそれをなんと呼ぶのかも。
ただ、そんな自分を認めるのが癪なだけ。
それを言葉にすることなんてできないだけ……
なんだかしてやられた気分で、三蔵は、飲み干した空き缶を握りつぶした。
一番悔しいのは――
それでもの笑顔を、を、欠かせないものだと感じている自分……
end