一緒に
その森の中はやたら蒸し暑かった。
歩いているだけなのに汗が噴き出してくる。
「しっかし、あちーな、おい」
「暑いし、腹減ったし、もう最悪ー!」
「あれだけ降った後でよく晴れましたからねえ」
「ああ、なるほど。
地面に染み込んだ雨水が蒸発して、この湿度ってわけね」
「口じゃなく足を動かせ、足を!」
野宿の夜に降りだした激しい雨の中、探してやっと見つけた雨宿りのできる場所は大木の下だった。
ろくに眠ることもできないままやっと朝を迎えたが、鬱蒼と茂った草木はジープを使わせてくれないだけでなく、足の進みをも悪くさせ、ただでさえ高い不快指数を更にあげていた。
纏わりつく湿気に悪態をつきながら歩き続ける。
しばらくしてようやく道と言えそうなものに行き当たった。
これで歩かずにすむし、風に当たれば気化熱で暑さもしのげるだろう。
やれやれという気分で変身したジープに乗り込もうとした時だった。
「あれ? ?」
悟空の声で、前方にいた三人が振り向くと、後ろを向いた悟空の更に数メートル後にがいた。
体力に劣るが遅れてしまうのは仕方ないが、この時のは立ち止まっていた。
俯き加減で、右手を右目に当て、左手も顔の近くにある。
そして、右の頬に一筋の涙。
四人が固まっているとが顔を上げた。
「あ、目にゴミが入っちゃって……」
はそう右目をこすりながら笑顔を作り、小走りで追いついてくる。
「待たせてごめんね」
「ゴミが入ったからってこすっちゃいけませんよ」
「うん。でも、もう取れたから」
そんなやり取りの後、気の抜けた四人と右目が少し赤いを乗せて、ジープは走り始めた。
「なあメシは? 腹減ったよぉー」
走り出して少し経った頃、悟空が空腹を訴え出した。
簡単な朝食以来、何も食べていないのだから当然といえば当然。
「残念ですが、食料はもうありません。
夜までには町に着くと思うのでそれまで我慢してください」
「ええ〜〜! 飢え死にしちまうよー!」
「デケェ声出すな、猿。が起きる」
「え? ……あ、、寝ちゃったんだ」
悟空が横を見ると、は悟浄にもたれて、くうくうと寝息を立てていた。
「昨夜はほとんど眠れなかったからなー」
「その上、あの暑さの中、あの悪路を歩き通しでしたからねえ」
あれには皆、辟易していたのに、は『暑い』とか『疲れた』とかの不満は一言も口にせず、『休もう』とも言わず、自分たちの後ろを付いてきていた。
先を急ぐ気持ちが強くて、つい、自分たちのペースで歩を進めてしまっていたから、には大変だったはず……
深く寝入っているらしい顔を見ながら、悟空は呟いた。
「……さっきさ、を見た時、びっくりしたんだ」
「泣いてんのか――って?」
「それもあるけど……なんか、が光ってるみたいに見えてさ」
「なんだ。お前もか」
「確かにあれは、ちょっとドキッとしましたね」
あの時、立ち止まったに木漏れ日のスポットライトが当たっていた。
雨上がりの水分を含んだ空気の中、の身体は金色に光っているように見えたのだ。
「こんななんでもねえ時に珠の力を使うわけねーってわかっちゃいるんだけどよ……」
泣いているように見えた。
光っているように見えた。
だから、四人とも、一瞬言葉を失い、動きまで止まってしまった……
「でも、僕たちが変に意識しすぎていると、まで気にしてしまうようになるでしょう。
珠の力の使用を防ぐ方法の一つとして、の心の安定を保つということが考えられますから……」
「余計な事は言わなくていい――ってか」
「ええ。悟空も、いいですね?」
「うん。わかった」
それまでずっと、タバコを咥えたまま黙っていた三蔵は、煙を長く吐き出して、短くなったタバコを投げ捨て
「寝る。起こしたら殺すぞ」
それだけ言って目を閉じた。
『誰』を『起こしたら殺す』のかをはっきり言わないのが三蔵らしかった。
その夜、一人ずつ取れた宿の部屋で三蔵は日中のことを思い返していた。
立ち止まっているを見たあの時、三蔵も不測の事態かと肝を冷やした。
めったなことでは発動しないはずの力だと頭ではわかっていたはずなのだが……
改めての抱えている問題のやっかいさを認識した。
珠がなければ生きてはいられない。
しかし、珠の力を使えば身体に多大な負担がかかり命にさえ関わってしまうという矛盾。
更にその力の強大さゆえに自分の意思でコントロールすることが不可能とくればやっかいこの上ない。
もし、こんな珠と関わることがなければ、は普通に生活できていた。
に術をかけ、その人生を大きく変えてしまった者に嫉妬に似た感情さえ抱いてしまう。
しかし、それがなければ、自分がと出会うことはなかったのだ。
珠の力が暴走してしまった時の、悟浄と八戒の言葉が甦る。
『誰と何処にいても、の中に珠がある限り、使っちまう危険はあるってコトだよ』
『事情を知らない人の前で使ってしまったら、それがどんな結果になるかわかりません』
……最高僧の肩書きを持つ自分と、人でも妖怪でもない三人。
言うならば、この四人だったからこそ、出会った頃のの境遇や、珠の力の発動といった事態にも対応できたのかもしれなかった。
『が力を使うのは俺たちの事、大事に思ってくれてるからだろ?』
『要は覚悟の問題です』
『他に大事なモン見つけられちまうのも癪だしな』
「……フン」
思い出して自嘲した。
本当に癪な話だ。
三人の言うことが尤もだと思うなんて。
珠の内在を含めた全てがという存在なのだ。
だとしたら……少なくとも、がそう望む限りは……
――生きていこう……一緒に――
end