視線
には最近、不思議に思っていることがあった。
ふと、それを感じて辺りを振り返る。
でも、それらしい人は誰もいなくて、だけど、決して気のせいではなくて……
街中で、森や山の中で、昼夜を問わず、時たま感じる――視線。
「ねえ……今、誰かに尾けられてる、なんてことないよね?」
ジープでの移動中、皆に訊いてみたのだが……
「へ?」
「なんだよ、いきなり」
「『尾けられて』……ですか?」
「何の冗談だ?」
一様に面食らったような答えしか返ってこなかった。
「なんかね、ここのところ、やたらと誰かに見られてるような気がして……」
「そうか? 俺、全然わかんねえけど」
「俺も、別に、妖気や人の気配は感じねえぜ?」
「僕も特に気付いたことは何もありませんが……」
「気のせいだ」
自分よりもずっと、妖気にも人の気配にも敏感な四人がそういうのだから、『尾けられてる』の線はないのかもしれないが、しかし……
「気のせいじゃないよ!」
言った口が思わず尖る。
「いつも同じ視線だもん」
――同一人物に見られている――
それはにとって間違いなく事実だった。
「……『同じ視線』っつったってさ……」
「ええ、こちらはジープで移動してるんですよ?」
「人間がこの速度についてこられるわけねえし、妖怪だったら気配でわかる。
あり得ねえ」
悟浄や八戒や三蔵の言う事はわかる。
でも、はいまいち釈然としなかった。
「が嘘ついてるとは思わねえけどさ、俺にもわかんねえもんはわかんねえし……
見られてるって、どんな感じで?」
悟空に訊かれて、今までに視線を感じた時のことを思い出す。
「うん……嫌な感じは……しない……かな?
……不思議には思うけど、怖いとか、気味が悪いとかは思わない……」
そう、感じるのは、穏やかな、優しい視線だ。
「じゃあ、きっと、悪いものではないんですよ」
「だな。お前の『嫌な感じ』って勘は当たっから」
「それがねえんなら大丈夫だって」
「……害のあるもんじゃねえんなら、もう気にするな」
気にならないと言えば嘘になるけれど、確かに悪い感じを受けるものでもない。
それに段々、回数も減ってきている。
とりあえず話は聞いてもらえたし、気になっていたことを吐き出せて少しすっきりもした。
「うん……そうする」
そう返事をしては流れていく風景に目を向けた。
ここ最近、いろいろあったから、少し神経質になっているだけなのかもしれない。
景色でも見て気分を変えよう。
そう思ったのだ。
ジープは丁度、林を抜けたところで、草原を貫く一本の道に差し掛かる。
淡い緑の中のところどころに咲いている花が可愛い。
自然に顔がほころんで……ふっ、とは後ろを振り向いた。
また、誰かに見られているような気がした。
だけど、やっぱり、周りには誰もいなくて、でも、まだ視線を感じる気がして……
(……誰か見守ってくれてる人がいるのかな?)
なんて思いながら、なんとなく上空を見上げた。
高いところに薄い雲がある空は青く澄んで、なんだかいつもより綺麗に感じた。
(ありがとう……今日も、皆、元気です)
誰とも知らない視線の主に向けて、声には出さずに口の中で呟いた。
何故だかわからないけれど、礼を言いたい気分だった。
そして、バカ話を始めた悟浄と悟空に加わる。
もう、気にしないことにした。
蓮の花の咲く池の傍で、その人物は楽しげな笑みを浮かべていた。
「……俺の視線に気付くとはな……」
ずっと見ていたが、あの四人はそれに気付くことはなかった。
しかし、あの女は見られていることを感じたらしい。
恐らくは、先日、珠の力を暴走させた名残と、その時に夢を使って会話したことの相乗効果で、観音の神気に対する感覚が一時的に過敏になっているのだろう。
さっき、最後に空を見上げた目線が自分のそれとしっかり合っていたのには、正直、少し感心させられたが、徐々に薄れていっているようだし、やがては感じなくなるだろうから放っておいても別に構わない。
「まったく、おもしれえよ」
実際、奴等があの女を拾ってからは、見る楽しみが増えた。
(今は、退屈してる暇なんてねえだろ? 金蝉……)
かつて、退屈に心を蝕まれていた甥の顔を思い出す。
不変の物などつまらない。
あの女を触媒に奴等が変わっていく様子をこれからも見せてもらおう。
だから……
(その女、大事にしとけよ? お前ら)
そして、せいぜい楽しませてくれ。
end