太陽

「ふぅ……」

小さくため息をつきながらは立ち上がった。

ずっとしゃがんだままで、食べられる野草を探したり採ったりしていたのだ。
折り畳まれたままになっていた足や腰にはさすがに少し疲労の気配が出ている。
立ったついでに深呼吸をしながら伸びをすると楽になった。

今日はこの森での野宿となる。
買い置きの食料もあるけれどそう多くはないので、皆で手分けして食べられそうなものを探しているところなのだ。

摘んだ山菜は大きめのレジ袋いっぱいになっている。
野草は火が通ると嵩は減るし味の好き嫌いも分かれたりもするけど、湯掻くだけでも食べられるのは手軽だし食べないよりはましというものだろう。

そのまま軽くストレッチをしていると木々の上の空が目に入った。

朝から重たそうな灰色の雲に覆われていた空は、今もどんよりと曇ったままで、降るんじゃないかと思うだけで気が滅入る。
時間的にはまだ移動しても良さそうだったのに、早々と野宿の準備をし始めたのはこの天気のせいだった。

(どうか、降りませんように……)

祈るような気分になっている時、

ー!」

少し離れた場所から名前を呼ばれた。
聞こえてきた方を見ると、声の主が手を振っている。

「悟空、何か見つかった?」

確か、悟空は『木の実かなんか探す』と言っていたはずだ。

三蔵と悟浄は川で釣りをすると言っていた。
面子的に釣果はあまり期待できない……なんて言ったら二人は怒るだろうけど、はっきり言ってあの二人は釣りには向いていないと思う。
そして、八戒は水を汲んだり火をおこしたりと煮炊きの準備をすることになっていた。

「うん! いいモン、見つけた!」

の問いかけにそう答えた悟空は満面の笑顔で

「そんで、手伝って欲しいことがあるんだ。ちょっと来てよ」

と、手招きしながら続け、は野草を入れた袋を持ち、小走りで悟空の傍まで行った。

そのまま『こっちこっち』と案内する悟空についていくと、程なく、その場所に到着した。

「ほら! あれ! スゲぇだろ?」

そう言いながら悟空が振り上げた手で指し示したのは一本の木だった。
木には珍しく、この季節だというのにたわわに果実を実らせている。

「試しに一個食ってみたら、美味かったんだ!
俺が登ってもぐから、は下でキャッチしてよ」

悟空は既に味見済みらしい。
初めて見る果物だけど、鳥や虫が食った痕跡があるものもあるので、たぶん、食べても大丈夫だろう。
それに、こっちの実の方が野草より味も腹持ちも良さそうだ。

「うん。落とす時は一つ一つでね」

が答えると、悟空は『おう!』と、請け負って早速、木に登った。

色付いて熟していそうな実を悟空がもいで落とし、は下でそれを受け取る。
そんな作業を続けながら、は必然的に悟空を見上げ続けることになっていた。

『これ、美味そう』とか『あっちのが熟れてんな』とか独り言を言いながら実を選んでいる悟空はにこにこ笑っていて、とても楽しそうだ。
見ていると、なんだか、こっちまで嬉しくなってくる。

さっき、一人で空を見上げた時には憂鬱な気分だったし、今も悟空の向こうに見える空は曇ったままなのに、この気持ちの変化はなんだろう?

そんなことを考えていて、ふと思った。

(……悟空の笑顔ってお日様みたい……)

明るくて、暖かくて、元気をもらえる。
見られない時はなんだか寂しくて、沢山の人にいろんな影響を与える。

四人と一緒に旅をするようになって、はなんとなく感じていた。

俺様な三蔵と軟派に見えて実は苦労性な悟浄と少し天然の入っている八戒。
それぞれに性格の違う三人の真ん中にいて皆を繋いでいるのは、たぶん悟空だ。
悟空の存在が、あの四人をまとめている。

三蔵と悟空の関係は親子のようだし、悟空と悟浄はまるで兄弟だ。そして八戒と悟空は教師と生徒みたいに見える。

言っても皆は否定するだろうけど、あの三人は悟空のことが可愛いのだ。

(私もだけどね)

可愛くて、ちょっと心配で、和む。弟がいたらきっとこんな感じなのだろう。

誰にとってもかけがえのない存在。
それが悟空なのだと思う。

ー! 落とすからなー!」

「はーい」

落とされた実を受け取った次の瞬間、

「きゃ!」

短い悲鳴をあげて、は転んでいた。
足元に落ちていた他の実を踏んでしまったのだ。

大体の落下地点を予測して移動し、あとは反射神経でキッャチするという行為をしていたわけで、その間、当然、視線は上に向いたままになっている。

足元へと払われる注意は皆無となっているのだから、起こるべくして起こった事態だった。

「大丈夫か!? ?」

悟空が掛けてくれている声は聞こえていたけれど、足首に走った激痛に、は声を出すことも動くこともすぐにはできなかった。

? どっかケガしたのか?」

がなんとか上体を起こす間に悟空は木から降りてきていた。

「……足、捻っちゃったみたい……」

は答えてうなだれた。

戦闘中なら傷を負うのも仕方ない。
でも、こんなドジでケガをしてしまうなんて……

「そっか……皆のところに戻ろ? そしたら八戒に治してもらえるし」

たぶん、悟空はもっと沢山、この実をとっておきたかったはずだ。
それなのに『戻ろう』と言ってくれる優しさが嬉しくもあり、申し訳なくもある。
でも、今はそうするしかなかった。

「……うん」

俯いたままで頷いたの視界にふいにオレンジ色の布が現れた。

顔を上げると、目の前に悟空の背中がある。

「悟空?」

不思議に思って声を掛けると、の前にしゃがみこんだ悟空が顔だけで振り向き、

「足、まだ痛ぇだろ? おんぶしてやるよ」

そう言って笑った。

(……悟空も、しっかり『男の子』なんだね)

をおぶって歩く悟空の背で揺られながら、はそんなことを思っていた。

最初は遠慮したのだけれど、正直、足は痛かったし、『俺が手伝ってもらったせいでもあるんだから』と言われて、その言葉と気持ちに甘えることにしたのだ。

悟空は両手が塞がってしまうので、果物や山菜の入った袋は背負われたが悟空の肩から胸に回した手に持っている。

悟空の背中は三蔵や悟浄に比べると小さいけれど、背負われてみると意外と大きく、と食料を軽々と運ぶ様子はなんだか頼もしかった。

ケガをしたことで凹んでいた気分も、悟空と他愛ない話をしているうちに浮上してきている。

笑った拍子に思わず身体が動いて、密着度が増した。

ふわりと鼻に届いたのは、たぶん、悟空の匂い。

(なんか、悟空って……お日様の匂いがする……)

空は相変わらず曇っているし、日没の時間が近づいてますます暗くなってきていたけれど、の気持ちは明るかった。

本物は遠すぎて手は届かないし眩しすぎて直視できないけれど……

たちの『太陽』はすく傍できらきらと輝いている。

end

Postscript

HOME