初めて
ググーッキュルキュルキュル……
身体の中から響く音で、悟空は目を覚ました。
ジープの後部のいつもの場所。野宿の森の中。
時刻はわからないけれど、半分に折ったパンケーキのような月が空に浮かんで、夜を淡く照らしている。
(腹減ったなあ……)
買い置きの食料で簡単に済ませた夕食では足りるわけがない。
だからといって荷物を漁って残っている食品を全部食べたとしても足りないし、明日の朝、大目玉を食らうことは確実。
結局、我慢するしかないのだ。
ため息をついてがっくりと垂れた頭を戻す拍子に隣で寝ているの顔が目に入った。
毛布を羽織って、行儀良く座ってシートにもたれ、カクンと俯いている横顔は下から覗き込むようにしなければよく見えないけれど、髪を後ろで一つに束ねたうなじが夜目にも白い。
うっかり見惚れてしまった目を逸らして、ふと思った。
(……この格好って息苦しくないのかな?)
思い返してみれば、がジープで眠った時はいつも、いつの間にか悟浄に寄りかかっていて、別に不自然に感じたこともないのだけど、今、こんな風に眠っているところを見ると、どちらかに身体を傾ける癖があるというわけでもなさそうだ。
(それって、やっぱ……)
――悟浄がこっそり自分に寄りかからせてたってこと……? ――
そう思って、悟空はやっと、ずっと悟浄に出し抜かれ続けていたことに気付いた。
たぶん、今夜はよりも先に悟浄が眠ってしまったのだろう。
(エロ河童……)
越しに見える紅い頭に毒づいた後、思い当たった。
(でも、寄っかかるとこが後ろしかないのって、確かに寝づらそうだな……)
今は止まっているからいいけど、ジープが動いている時はどうしても不安定になるだろう。
その二つの比率がどんなものかはわからないけれど、悟浄がを自分に寄りかからせるのは、スケベ心だけでなく、ゆっくり眠れるようにとの気遣いもあるのかもしれない。
(じゃあ……)
この場合、取るべき行動は一つ。
そっと伸ばした手が……途中で止まった。
悪い事をするわけじゃない。むしろ親切のつもりだ。でも……
すごくドキドキする。
躊躇って微かに震える指先を一度ギュッと握り締めた。
開いた手でそっと触れた細い肩を、少しずつ、少しずつ、起こさないように気をつけながら、ゆっくりと自分の方に引き寄せる。
の体は無抵抗に傾き、悟空に当たって止まった。
(うわーーっ! うわーーーっ!!)
見えるわけではないけれど、顔が真っ赤になっているのが自分でわかる。
柔らかい感触と重みが心地よい。
野宿の夜なのに、肩に乗った頭からはいい匂いがした。
今までに感じたことのない緊張で身体はガチガチに固まっている。
バクバクと打ち続ける心臓の音で、を起こしてしまうのではないかと本気で心配した。
しばらくの間、軽くパニクった状態が続いていた悟空だったが、の穏やかな寝息を聞いているうちに落ち着いてきた。
くっついているから、というだけじゃなく、なんだか温かい。
ちょっと後ろめたくて、少し胸が苦しくて、でも、とても嬉しくて……
くすぐったいような不思議な気持ち。
<照れくさくて首を傾けると、の頭にコツンとぶつかった。/P>
フワフワした気分で、そのまま目を閉じる。
(こんな気持ちになれるんなら、もっと早くこうしとけば良かったな……)
好きな人と寄り添って眠ることがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
には他に好きな相手がいることは知っているけど、その相手が誰なのかも知っているけど、それを思えば少し胸は痛むけど……
触れ合った部分から伝わるぬくもりが気持ちよくて、少なくとも今は、それだけで満足だった。
胸がいっぱいになった悟空は空腹も忘れていた。
の寝息につられるように意識も遠くなってくる。
(おやすみ、……)
心の中で呟いたら、『おやすみなさい』と微笑むの顔が見えた気がした。
end