雨

宿の部屋から出たは廊下に悟空を見かけて声を掛けた。

「悟空、こんなところでどうしたの?」

窓ガラスに両手を当てて、空を見上げていた悟空が顔をこちらに向ける。

「んー、ヒマだから宿の中一周して来たんだけどさ。よく降るなぁって思って」

「うん、そうだね……」

昨夜から降り続いている雨に足止めを食らっている。

「三蔵と同じ部屋じゃなくて良かったよ」

「……機嫌悪くなるもんね……」

「雨そのものは嫌いじゃないんだけど、やっぱ、さ」

この宿では全員が一人部屋だった。

機嫌が悪い時の三蔵は放っておくに限るが、だからといって気にならないわけでもなかった。

「私も雨はあんまり嬉しくないな……」

「だろ? あの不機嫌さはカンベンして欲しいよなぁ」

「それもあるけど……」

「三蔵のことだけじゃなくて?」

「雷って、大抵、雨とワンセットでしょ?」

「あ、そっか。、雷怖いんだもんな」

からかうようにキシシと笑う悟空に

「怖いんじゃなくて、『苦手』なの」

わざとむきになったように言い返した。

雨も雷も必要な自然現象だということはわかっている。
でも、ダメなものはダメだ……

「……そういえば、八戒も雨の夜はダメって言ってたな」

「八戒も?」

「うん。なんか古傷が疼くんだって」

「……そうなんだ……」

風に吹かれた雨粒がガラス窓を叩く。

「早く晴れるといいのにな……」

「うん……」

二人が見上げた灰色の空からは次々と無数の雫が落ちてくる。

晴れるまでいかなくても、せめて止んでくれれば……

「あ、でも、明日は大丈夫だと思うよ」

「なんで?」

「見て……西の方の空が明るくなってきたでしょ?」

「ホントだ! 良かったあ!」

嬉しそうに笑う悟空につられても笑っていた。

「あのね、宿の調理場を借りて何かおやつ作ろうと思ってたんだけど、何がいい?」

「え? おやつ? えーと、えーーと……美味けりゃなんでもいい!!」

「……悟空らしい答えだねぇ……」

歩き出した二人の背後。
さっきまで見ていた窓の外の雨は少し雨脚を弱めていた。

大好きな、大切な人たちを苦しめる雨。

でも、止まない雨はない。

ぬかるんだ道でも進んでいけるのは、いつか必ず日が差すことを知っているから。

end

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