髪
朝、食事に行く前の宿の部屋で、は鏡に向かって悪戦苦闘していた。
「あー、難しいなぁ……」
いびつな編み目にため息をついて解く。
昨日のことだ。
ジープに揺られながら髪型の話になった。
は後ろで一つに束ねていることが多いのだが、八戒に言われたのだ。
『同じところでばかり結ってると、その部分が薄くなっちゃいますよ』
冗談っぽく笑いながらの言葉でも、八戒が言うと怖い。
それで、たまには違う髪型にしてみようと思ったのだった。
邪魔になるのは嫌なので、後ろで一本の三つ編みにしたいのだが、どうも不恰好になってしまう。
編んでは解いての繰り返しだ。
三蔵はそんなを呆れた気分で見ていた。
もう10分以上もこの調子だ。
「出来ねえのならするな」
「違うの! ちっちゃい頃は自分でおさげにしてたんだから、ちゃんと編めるの!
でも、後ろって見えないし、手も動かしにくいんだもん……」
言いながら、はまた髪を解いて、櫛で梳かすところから始める。
三蔵はため息をついての後ろに立った。
「貸してみろ」
「え?」
「動くな! 前を向いてろ」
状況を理解できなくて困惑するの髪を三蔵はあっという間に綺麗に編んだ。
鏡に写った自分の後姿を見て、は愕然としていた。
三蔵が、自分の髪を結ったのだ。
しかも三つ編みで、こんなに上手に!
「…………」
あんぐりと口を開けたまま鏡を見つめているに三蔵が声を掛けた。
「礼の一つもねえのかよ」
「……あんまりびっくりして、言うの忘れてた………ありがとう……」
「フンッ」
「でも、なんで三つ編みなんて出来るの?」
「そんなことはどうでもいいだろう」
「えーっ、気になるーっ! 教えてよ」
「そのうちな」
「あー、おざなりな返事……教えてくれないのならいいもん!
皆に報告しちゃお! 『三蔵が編んでくれたのよ〜』って」
「あいつらには言うな!!」
「ど〜しよ〜っかな〜?」
「……チッ」
軽く舌打ちした三蔵は、まだ憎まれ口を叩き続けそうなの唇に噛み付くように口付けた。
「んっ!」
予想外の反撃にジタバタともがくだったが、力でも技でも三蔵には敵わない。
解放された唇からは甘い吐息しか出てこなかった。
「言おうとしたら、人前でも同じ事するぞ……?」
「……じゃあさ……『そのうち』でいいから、ちゃんと教えてくれる?」
「ああ」
「だったら、内緒にしておいてあげる」
その返事に三蔵がフッと笑った時、部屋のドアがノックされた。
が慌てて三蔵から離れる。
ドア越しに八戒の声。
「二人とも起きてますか? 朝食に行きますよー?」
「はーい!」
返事をしながらドアに向かったの背で三つ編みが揺れた。
end