不安

目の前に飛び散る紫色の破片。
昇ったばかりの月の光にキラキラと輝きながら舞う無数のかけら。
その中に見つけた赤い珠。

咄嗟に手を伸ばして――三蔵はハッと目を覚ました。

宿の一室。身体を起こしているのはベッドの上。すぐ隣にはの寝顔。

鼓動も息も激しい。たかが夢を見ただけだというのに……

(……何故だ……?)

こんなに傍にいるのに、いつも微かな不安が付き纏う。

失うことを恐れているのか?

時折蘇る、砕け散り欠片として舞ったアメシストの光景。
消し去ることのできないあの時の衝撃に苛まされる。

『お前を殺すのは俺だ』と、あんな約束をしたのは、『自ら生命を絶つような真似はするな』と、それを言い聞かせるためだった。

だが、同時に自分が思いたかったのかもしれない。

『俺が殺さない限り、コイツは生きている』と……

しかし、言葉なんて不確かなものを信じることなどできない。
触れて、その存在を確認せずにはいられない。
身体を繋いでいる間しか、捕まえている実感が持てない。
だから、啼かせて泣かせて、が意識を飛ばしてしまうまで、止められない……

……今夜も、そうだった。

起きた拍子に跳ね飛ばした毛布。
暗い部屋の中に白く浮かび上がるの身体。
三蔵の方に顔を向けて横臥している肩が呼吸に合わせて上下する。

寒そうに見えて、毛布を掛けてやりながら、自分も横になった。

柔らかなそれを腕に抱き込めば、ぬくもりと穏やかな拍動が伝わってくる。
その確かさをもっと感じたくて、強く抱きしめた。

「……ん……」

苦しかったのだろうか? が目を覚ます。
しかし、腕の力を緩めることはしなかった。

「……どうしたの?」

少し掠れた眠そうな声。

「何が?」

「なんか、辛そうな顔してるよ?」

「そうか? ……気のせいだろ」

「……心配なことでもあるの?」

「ねえよ」

ぶっきらぼうな即答に、はただ微笑んで、三蔵の背に手を回した。

自分の弱さも、身勝手さも、罪も、全てを赦し、包み込むような白い腕。

これを失くしたくないと、改めて感じた。

「…………強がる人ってさ、自分が本当は強くないって知ってるんだよね」

「何が言いたい?」

「ただ、なんとなく言いたくなった私の個人的見解よ」

「それで?」

「それって悪くないと思う。
『自分の弱さを認められるくらい強い』って言うのかな?」

「…………」

「自分の弱さを知ってるからこそ、ちゃんと強くなれるんだと思うから……
……ねえ、私、少しは強くなれたかな?」

「……さあな……」

何もかも、見透かされているような気がした。

「疲れてるんだろう? くっちゃべってねえで、とっとと寝ろ」

「ん……」

目を閉じたが、やがて寝息を立て始める。

三蔵は自嘲した。

を守るために強くあろうとすればするほど、失くすことへの不安が増す。

『自分の弱さを認められるくらい強い』

そういう『強さ』もあるのだとしたら、この不安もいつか受け入れることができるのだろうか?

があんなことを言ったのは、こんな自分を受け入れてくれているからか?

(敵わねえな……)

は自分にはない種類の強さを持っている。

今までずっと、自分がを守っているのだと思っていた。
しかし、自分こそがに守られているのかもしれないと……

ならば、この不安に耐えることで強くなってみせよう。

腕の中に眠る、その唇に誓いのキスを落として、目を閉じた。

end

Postscript

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