いい気持ち
飲み終わったお茶の湯呑みを片付けていたは、聞こえた異音に振り向いた。
宿の二人部屋なので、音は三蔵が立てたことになる。
新聞を読み終えた三蔵が、椅子の上でストレッチでもするように肩や首を動かしているのだが、その度に、ポキポキ、ゴリゴリと音が鳴っているのだった。
「三蔵……すごい音してるよ?」
思わず笑いながら言ってしまったに
「それがどうした?」
返された三蔵の言葉には多少の不機嫌さが混じっている。
「肩、凝ってんじゃない? 揉もうか?」
機嫌をとるつもりで言ってみたが、
「いらん」
短く断られた。
どうやら年寄り扱いをされているようで癇に障ったらしい。
(そういうとこが、却って笑えるんだけどね)
笑ってしまうとますます不機嫌にさせてしまうので堪えた。
「遠慮しなくていいから」
言いながら、三蔵の座った椅子の背後に回り、その肩に両手を置く。
「おい! いいっつってんだろうが!」
「いいじゃん。揉んであげるって! ……結構、凝ってるじゃない」
否定のセリフは無視して揉み始めると、三蔵は何も言わなくなった。
つまりは、まんざらでもないらしい。
「私、肩揉みは割と上手なのよ。昔はバイト先でもよく揉んであげてたんだ」
「……年寄り扱いするな」
とうとう口に出して言った三蔵には小さく吹き出してしまった。
慌ててフォローをいれる。
「違うって! 雇い主のおじさんやおばさんの肩もよく揉んでたけど、子供たちだって、マッサージしてやると気持ちよさそうにするのよ」
「いい加減なこと言うな」
「本当だって!」
そんな会話をしながら肩から背中にかけてと揉んでやる範囲を広げようとしただったが、椅子が邪魔だった。
「ね、ベッドにうつ伏せになってみて?」
「あん?」
「肩の筋肉は背中にかけての大きな三角形なのよ。全体をほぐしたいんだけど、椅子が邪魔なの」
言うと、三蔵は面倒くさそうな顔をしたが、それでも、ベッドに移動した。
もう拒絶するつもりはないらしい。
は三蔵の広い背中を、指先や関節を使いながら丁寧に揉みほぐしていった。
(……こんな三蔵って初めてかも?)
今の三蔵は無防備でにされるがまま。
シチュエーションは全く違うが、ベッドの上ではいつも三蔵に好きにされてしまっている身としては、なんだか気分が良かった。
すっかり大人しくなっている三蔵というのも珍しくて、少し調子に乗ってしまう。
少し移動して三蔵の足の方に向かった。
「……こんなのはどう?」
訊きながら、投げ出された足の裏を踏んで、少しずつ体重をかけていく。
「……悪くねえな……」
その返事に気をよくして、それを続けた。
(私、今、三蔵を踏んでる……これって、スゴくない?)
マッサージの為の行為とはいえ、三蔵の足の上に立っている図というのは、客観的になってみれば、なかなかシュールかもしれなかった。
「ねえ、気持ちいいでしょ?」
しばらく踏んでから声を掛けてみたが、返事はなかった。
聞こえてくるのは規則的な呼吸音だけ。
(寝ちゃった?)
そっと、ベッドを降りて見ると、三蔵は既に眠っていて、は声を抑えながらクスクス笑った。
部屋の灯りを消して、自分のベッドに入って、ふと思いついた事に、また笑いがこみあげる。
……この手は、『今夜はちゃんと眠らせて』って時には使えるかもしれない……
end